第212話 レベルアップと石窯作りの助っ人

 お手入れの恐怖はともかくとして、アリアはレベル上げを続ける前に休憩を取る事にした。そらは大丈夫だと言っているが、やはり心配なのだ。


 昼食を食べた草原に移動し、おやつの木の実入りパウンドケーキと紅茶を取り出した。

 そらときさら用のカップにも、稜真が従魔用に薄く入れた紅茶を注ぐ。以前注いだだけでお茶の味を変えたアリアだが、稜真が味が変わらないと保証してくれてからは、注いだだけで味は変わらなくなっていた。


 きさら用は大きめのマグカップ、と言うかビアジョッキのような木製カップで、きさらの手でしっかりと掴める持ち手が付いている。これはきさらが器用に前脚を使う事から思いついて、稜真が木刀を作った木工細工師に頼んで作って貰った物である。

 そらのカップは底が平らで、安定感のある形。こちらに持ち手はなく、やはり木製の物だ。


『きさら、やめてー!』

 そらの悲鳴が上がった。

 きさらもそらが心配だったのだろう。そらを持ち上げてひっくり返し、怪我がないか確認している。

「きさら。そらを放してあげて。もう大丈夫だって分かったでしょ」

「クォルゥ」

 納得したきさらはそらを敷物の上に降ろした。そらは目を回してふらふらしていたが、すぐに回復した。


「さぁ、おやつにしよう!」

 そらのパウンドケーキは、掴みやすいサイズに切り分けてある物を預かって来た。きさらの分は、丸のまま2本だ。



 おやつを堪能した後はレベル上げの再開だが、「う~ん」とアリアは悩んでいた。

 問題はアイテムボックスに入っている、氷漬けの魔物だ。これ以上氷付けの魔物が増えれば、解体に時間がかかる。


「そら。ブレスの威力を集中させる事って、出来ないかな?」

『しゅうちゅう?』

 アリアは木の枝で地面に絵を描いて説明した。

「ブレスはこうやって広がるから、魔物の全身が凍るでしょ? それを細く、一直線になるように意識してみたらどうかなって。ほら、私が槍を投げるみたいな感じで」

 昨日一緒に魚を獲ったそらには、槍の例えの方が分かりやすかったようだ。

『やって、みる』


 果たして、威力の集中に成功したブレスは、魔物の体を貫いた。何度か繰り返す内にそらのレベルも上がり、薬を飲まなくとも魔物を貫けるようになったのである。


 ──そうして何体か倒した時、そらが言った。


『もうすこしで、おぼえられそうな、きが、する!』

「それなら美味しい魔獣にターゲットを絞ろっか。きさら、魔牛を誘導してくれる? 稜真のビーフシチュー食べたくなっちゃった!」

 アリアの索敵には、草原で草をはむ魔牛の群れが引っかかっていた。

「クォン! クォルル」

『わかった、って。きさらも、あるじのビーフシチュー、たべたい、って』

 群れの方角を聞いたきさらは、意気込んで飛んで行った。



(あれ~? 索敵に引っかかってた群れの1部が、こっちに向かって来るなぁ…)


 しばらくすると、土煙と共に地面を走ってこちらに向かって来るきさらが見えた。

「クォルルルッ!」

 地響きに紛れ、きさらの声が届く。

『……おねえちゃ。きさら、しっぱいしたって、いってる』

「あはは~。そうみたいだね~」

 ここまで誘導に失敗していなかったのに、食欲に気を取られたのだろうか。


 怒った魔牛の突進は凄まじい。こちらに来る魔牛の数は30頭程か。

「稜真のスキルがあれば楽できるのになぁ。ま、広範囲殲滅スキルだと、お肉獲れないもんね。地道に頑張ろ~! そらは上から確実に、1頭1頭仕留めてね」

『はーい』

「その前にきさらに伝えて。そのまま真っ直ぐこっちに来て、私の横を抜けたら飛んで、群れの後ろに回ってって。手分けして片づけるよ~」

『わかった。いってくる!』


「さ~てと、ビーフシチューの為に頑張ろう~。ステーキとかローストビーフもいいよね」

 アリアは気負う様子もなく、大剣を構えて笑った。






 アリア達を見送った稜真は、自分のやるべき事に取りかかる。

 石窯部屋を台所の横に作るのだ。きっと揺れるだろうから、食器棚の食器が割れないように、棚ごとアイテムボックスに入れた。他にも壊れ物は用心のためにしまっておく。


 瑠璃は大切な宝物が壊れないように、飾り棚に置かれていた2つの小箱と額縁をしっかりと抱えて居間に来た。不思議そうに額縁に触れるももに、瑠璃は説明する。

「いいですか、もも。これは主のサインなのですわ」


 いたたまれない稜真は意識をそらし、他に壊れそうな物がないか確認するのだった。




 ──シプレによる部屋の増築は、少し家が揺れたくらいですぐに終わった。


 台所の奥に入り口が出来ている。石釜の熱気が来ないように、しっかりとした扉がついていた。きさらも通れる大きな扉だ。

 そこからシプレが顔を出した。

「リョウマさん。確認して下さい」

「今行きます」


 分厚い扉は、相変わらずの植物製だ。暑さに強い植物で作られた扉は熱を吸収し、夏場でも石窯の熱は台所に行かないそうだ。

 室内には作り付けの植物製の棚、同じく植物製の作業台が床からている。窓の部分の壁には四角く穴が空いている。

 石窯が入る部分をのぞいても、広々とした部屋になっていた。外へ出る扉もついている。


「充分すぎます。ありがとうございます」

「それでは、今から石釜作りにかかります。それ程揺れないと思いますから、お料理に取り掛かっても大丈夫ですよ」

「よろしくお願いします」




 稜真は居間に戻り、瑠璃と一緒に片づけた物を戻した。ももは、増築の際に埃が落ちたのが気になったのか、家中の掃除に取り掛かっている。

 次に料理の材料を取り出していると、シプレがやって来た。

「終わりましたよ」

「早すぎませんか!?」

「ふふっ、お手伝いに来て下さった方が優秀だったのです」

「お手伝い?」


「久しぶりじゃの」

「って、ご老人!?」

 シプレの後ろから顔を出したのは、長い髭と髪の厳めしい老人。大地の精霊だったのである。


「何やら面白い事をやると聞いての。わしも噛ませて貰ったのじゃ」

「それは、ありがとうございます」

 大地の精霊は穏やかに笑っており、厳めしい雰囲気は感じない。シャリウへの苛立ちのない今が、本来の姿なのかも知れない。


「これを使って美味い物を作るのだと聞いた。わしにも食べさせてくれぬか?」

「喜んで」

 ピザ作りにかかる前に、稜真は石窯の部屋を見に行った。瑠璃と一緒に台所横の扉を抜けて驚いた。


 石窯は3連になっていたのだ。

 稜真だけが使うには贅沢すぎるし、薪の消費量が多くなりすぎる。


「シプレ。予定と違いませんか?」

「大地の精霊のお陰で、薪の心配がいらなくなったのですよ」

「薪の心配がいらない?」

「魔石が窯の壁に埋め込まれていて、熱するのも魔力を流すだけでいいのです」

「こ、高性能ですね…」

 稜真は唖然とした。


 屋敷のオーブンも魔石が組み込まれていたが、高価だと聞いている。

 稜真は石窯の扉を開けて、中をのぞいた。扉は植物製ではなく鉄製で、持ち手は火傷しないように木の蔓が巻き付いている。奥行きのある石窯は、ピザならば2つ同時に焼けるだろう。3連ならば6枚同時だ。

 瑠璃ときさら、ももの食べる量を考えると、それだけの量を1度に焼けるのはとてもありがたい。


「大地の精霊は地から出ずる物、全てを支配します」

 シプレによると、魔物や魔獣の体内にある魔石もあるが、魔力の濃い土地、地中深くには自然に生じる魔石もあるのだそうだ。


「ガラスも…鉱石に含まれたんですね」

 壁に空いていた穴には、窓がはめ込まれていた。木の窓枠にガラスが入っている。窓ガラスは町で買わねばと思っていたのだが、その必要はなさそうだ。




 稜真が山へ行くのを延期したとティヨルに報せに行ったシプレは、そこで大地の精霊に会った。ちょうどティヨルの様子を見に来ていたのだ。

 大地の精霊は石の専門家だ。シプレは助言を貰おうと設計図を見せた所、興味を持った大地の精霊が、手助けを申し出てくれたと言う。


 お礼を言おうとした稜真は、大地の精霊の姿がないと気づいた。帰ってしまったのかと焦ったが、台所の扉から大地の精霊が顔をのぞかせた。

「女神の愛し子。こちらへ来なさい」

「…はい」

 女神の愛し子と言う呼ばれ方には少々思う所があるが、口には出さない。


「シプレに聞いての。竃に少々手を加えて見たのじゃ」


 台所の竃は薪で料理をするタイプの物だったが、薪を入れる部分が無くなっている。竈も魔石製に変わっていたのだ。

「こちらも魔力で火力の調整が出来るようにして、少々いじって見た」

「……」

 稜真はもう言葉もない。


 薪口があった場所がオーブンに変わっていた。そちらも鉄製の扉がついている。シプレが手を添えて、扉の持ち手を木で覆った。


 オーブンの扉を開くと、鉄製の四角いトレーも入っており、これを使えばロールケーキが作れるな、と稜真は放心状態で考えていた。丸々としたローストチキンでも焼けそうなサイズのオーブンだった。


 シプレに石窯を頼んだのは、オーブンを買うとお金がかかるから、安価に済ませようとしたのがきっかけだった筈だ。何故石窯とオーブンの両方を設置した上に、高性能な魔石製になったのだろうか。

 シプレは悪戯っぽく笑っている。オーブンについても、人の家に詳しいシプレが前もって頼んだのだろう。


(精霊って、明後日の方向に暴走する物なのかなぁ。いや、ありがたいけど…)


「……ありがとうございます」

 きちんとお礼を言いたいのだが、大地の精霊はじっとしていてくれない。

「ほうほう! 人の家とは、このようになっておるのか。興味深いのう」

 あちこちの扉を開け、家の中を見て回っている。


 人の世に関わった経験のほとんどない大地の精霊は、家の中が珍しいのだ。

「瑠璃。家の案内をしてくれるかな? 俺は急いでピザを作るから」

「分かりましたわ」


 稜真はピザに取り掛かる。昨夜の内に生地だけは大量に作っておいた。どうにも寝付かれず、気を紛らわせる為の作業だった。


(作っておいて良かったよ…)


 生地さえあれば、後はトッピングして焼くだけだ。

 丸く成形も終えているピザ生地をアイテムボックスから取り出して、トッピングを準備する。トマトソース、ベーコン、チーズ、クリームソース。ボイル済みのエビ、イカ、じゃがいも等を取り出した。


「ふふっ。ここへ大地の精霊が行くと言った時のティヨルの顔ったら、見ものでしたよ」

 シプレが手伝いながら教えてくれた。どこぞのお嬢様のように、ぷくぷくにふくれていたそうだ。


 精霊は1度行った場所なら、自由に転移出来る。最初は案内が必要だが、2度目からは自由に行き来できるのだ。瑠璃に案内されたシプレが、ティヨルの所を行ったり来たりしているように。


(その内ティヨルも来そうだなぁ。……ドラゴンは転移出来るのかな?)


「ふふっ。出来ませんよ」

 シプレには、稜真が何を考えたかバレバレだったらしい。




 焼き上がったのは、トマトソースベースのベーコンとじゃがいものピザ。ホワイトソースベースのエビとイカのピザだ。どちらもチーズがたっぷりで、香ばしく焼き上がっている。

 家の中を見て回った大地の精霊もテーブルに着き、切り分けたピザを、皆ではふはふと食べる。


「ほうほう、これがピザと言うものか」

「チーズがとろけて、美味しいですわ!」

「私も初めて食べます」


 ももは熱々のピザを皿ごと全身で包み込み、赤くなっている。熱くないのか心配になるが、ももからはご機嫌な感情が伝わって来た。

 稜真も久しぶりのピザは美味しかった。




 食後、稜真は熱々のピザを大地の精霊に預けた。ティヨルへのお土産だ。奥さん達とシャリウの分ある。──高位の精霊は、アイテムボックスのような力を持っているのだ。残念ながら、瑠璃はまだ使えない。


「女神の愛し子よ。次はティヨルを連れて来ても良いか?」

「是非いらして下さい。アリアと瑠璃も喜びます。ご老人の為にお酒を用意しておきますね」


「──ふむ。女神の愛し子には、我が名を呼ぶ事を許そう。わしの名はソルじゃ」

「はい。ソル様ですね」

「女神の愛し子にソル様と呼ばれるのは困るのぅ。白ドラを呼ぶように、呼び捨てにしてくれれば良い」

「そう言われましても…」

 神にも等しい力を持つと言われた方を、呼び捨てに出来る訳がない。


「それでは、ソルおじい様ではいかがでしょう?」

「おじい様か…。呼び捨てて良いのにのぅ。女神の愛し子にそう呼ばれるのは、なんともくすぐったい」

「女神の愛し子は止めて下さい。それこそ呼び捨てでお願いします」


 どうしても『様』を付けられたくないソルと稜真の攻防は続き、呼び方は『ソルおじいちゃん』と『リョウマ』で落ち着いた。


(ティヨルはおじい様と呼んでいるのに、どうして俺はおじいちゃんなんだろうなぁ…)






 ──アリア達は、順調にレベル上げを続けた。


 きさらは何度か誘導を失敗した。お陰でアリアときさらのレベルまで上がったのである。結局アリアは、念話を覚える事は出来なかったが、最初の目的は達成出来た。

「それじゃ、そら。よろしくね!」

『はーい!』



 稜真は夕食用のピザを準備していた。そこへ『あるじー、きこえる?』と念話が届いたのである。瑠璃ともきさらとも違う念話の声だ。


『……誰? って、もしかして、そらか!?』

『そう! そら、ねんわおぼえた! がんばった!』

『内緒で何かやるとは思っていたけど、これだったのか』

『あるじ、びっくり、した?』

『ものすごくびっくりしたよ』


 そらは余程嬉しいのか、ずっと話している。

 きさらがうらやましかったのだと。念話が出来れば、もっと主の役に立てると考えていたと。


『頑張ったね』

『おみやげ、いっぱいあるの! あ、いま、おねえちゃに、だっこされた。きさらが、とんだから、もうすぐかえる!』

『ああ。ピザを焼いて待っているよ』


 嬉しそうなそらの念話を聞きながら、稜真の口元は自然とほころんでいた。


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