第165話 試験の承諾

しばらくシリアスが続きます。


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 この日の夕食は、調理しておいた料理ですませた。従魔達に癒された稜真だが、今から料理をするのは少し面倒だった。

 それに、何故かお風呂から戻って来たアリアもぐったりとしていたので、早く寝る事になった。




 稜真は1人、寝室にいた。

 そらもいない部屋は静まり返り、すでに心を決めていた稜真には沈黙が痛い。宿題をしようかとも思ったが、もしも寝不足になれば、また皆に心配をかけるだろう。


 大人しくベッドに横になり、羊を数える事にした。

「…羊が1匹…、羊が2匹……」

 何匹数えただろう。いつしかその羊が大量のスライムに変わり、めちゃくちゃに跳ね回った。一斉にこちらに向かって来られ、稜真は思わず悲鳴を上げた。


「うわっ!?」


 ──稜真が跳ね起きると、すでに朝だった。


 どうやら眠っていたらしい。鈍く重い頭をすっきりさせようと外に出た。

 朝靄あさもやに光が差し込み、湖がきらきらと輝く。


(美しいな…この世界は…)


 ゆっくりと朝靄が消え、湖の周りに生えている植物が露で輝くさまを、稜真はじっと見つめていた。

「稜真」

「おはようアリア」

 しばらく前から、話しかけようか迷う気配を感じていた。


「…おはよう」

「試験、受けるよ」

 湖に目をやったまま、稜真は言った。

「いいの?」

「ああ。命を奪う覚悟は、とっくに出来ていたんだ。それが例え人でも…ね。この盗賊は許せないから」

 稜真の決意に満ちた顔を、アリアは見上げる。

「稜真が決めたなら、私はこれ以上言わない。詳しい話はギルドで聞こうよ」

「そうだね」




 今朝の朝食は瑠璃が作ってくれた。

 昨日の内に、日持ちする食材をアイテムボックスから出してあった。料理の練習がしたいと言う瑠璃の為に、真悟が用意したのだ。卵も新鮮な物なら常温で2週間は保存できるし、野菜はシプレが提供してくれるだろう。


「火加減が難しいのです…。失敗です…」

 朝食は炊き立てのご飯、味噌汁、具だくさんの卵焼きだった。少々香ばしさが過剰な卵焼きだが、味は美味しい。

「美味しいよぉ。ううっ、お姉ちゃんとしてのプライドが~」

 ははっ、と稜真は苦笑した。


「瑠璃、美味しいよ。卵料理は火加減が難しいからね。練習あるのみ、かな」

 稜真の言葉に、瑠璃のやる気に火がついた。

「頑張りますわ! 主が帰って来るまでには、完璧な卵焼きが作れるようになるのです!──あるじは…試験、受けに行くのでしょう?」

「ああ行って来る。帰ってすぐなのに悪いね。もも、瑠璃と一緒に留守番していてくれるか?」

 ももはぷるるん、と揺れると瑠璃の肩に移動した。


「そら」

 そらは稜真の肩に乗り、ついて行く気満々なのだ。

「今回は留守番して」

 そらの冠羽がぶわっと逆立った。

『…あるじ? そら、つよくなった、でしょ? おてつだい、できる。さくてき、できるよ? ふぅって、ぶれすも、できるよ?』

「ごめん。ここで待っていて欲しい」


「…そら」

 瑠璃が稜真の肩から、そらを抱き上げた。

「一緒にお留守番しましょう? お料理の味見をお願いしたいですわ」


 しょんぼりしているそらを見るのが忍びなく、稜真は目をそらす。

 追いつめられた盗賊は、何をするか分からない。もしそらが怪我をしたら、そう思うと連れて行きたくない。──アリアときさらの心配はするだけ無駄だ。


「瑠璃。話を聞かないと分からないけど、そのまま出発するかも知れない。念話で連絡するよ」

「分かりましたわ」

『……ねん、わ…』

 そらがじっと稜真を見上げる。

『そら、おするばん、してる。あるじ、いってらっしゃい…』



 バインズへ飛び立つ稜真の脳裏に、そらの悲しそうな顔がよぎった。こんな事ではいけない、今は他に意識をやる余裕はないのだ。稜真は気を取り直して前を向いた。






 きさらを厩に預けてギルドに入ると、パメラが迎えてくれた。

「リョウマ君ごめんなさいね。あれからギルド長を説得してみたのだけど…」

「俺で力になれるのなら、やらせて下さい」

「いいの?」

「はい」


「おう、来たか。作戦を説明するから、ついて来い」

 軽く言うガルトをパメラが睨んだが、ガルトは気にせず階段を上った。

 案内されたギルドの一室には、2人の男がいた。



「待たせたな。こいつが突入役のリョウマ、そんで知っての通りアリアだ」

「稜真です」

「知っての通りって……」

「この領地の冒険者で、アリアを知らん奴はいないだろうがよ。で、伯爵家の事も知っている。この2人は、しばらく前からうちのギルド中心に依頼を片付けている。厄介な依頼も受けてくれるんで、ギルドからの信頼も厚い連中だ。──そうは見えんがな。ついでに2人ともBランクだ」


「そうは見えんって、ひっでぇな。よろしくな。俺はニコル」

 ニコルは隣の男よりは少し小柄で、素早い印象の男だ。

「私はサイラスです」

 サイラスは長身で、どこか柔らかな雰囲気の男だった。


 お互いの紹介をした後、ガルトが言った

「今回の討伐は、こいつのランクアップ試験にする」

 ニコルとサイラスは、じっと稜真を見た。その実力を測るかのような視線を、稜真は静かに見つめ返した。


「従者様の報告書は読ませて貰いました。実力的には充分でしょうね」

 サイラスはあっさり言ったが、ニコルはジロジロと稜真を見ながら周囲を回る。

「ふぅん…」

 そして、背後に回ったかと思うと殴りかかって来た。稜真は、思わずその腕を取って投げ飛ばした。

「おおっと~」

 気の抜けた声を上げたニコルは、体をひねって綺麗に着地した。


「おい、ニコル。狭い部屋で遊ぶな!」

 ガルトが言うが、ニコルは気にしない。ニッと笑って稜真の肩を抱いた。

「いいんじゃね? あんたなら任せられそうだ」

「お眼鏡にかなったのなら、何よりですよ」

 稜真は肩をすくめた。


「アリアが反撃するかと思ったんだがな?」

「おっちゃんったら。私が手を出したら、稜真の力を信じてないみたいじゃないの。稜真は大丈夫だもん。そっちの人が手を出したら、分かんなかったけどさ」

 アリアは、ちろっとサイラスを見上げる。

「──アリア様のお墨付きですか」

「サイラス、分かったならこれ以上手を出すな。リョウマを突入前に疲れさせるなよ」

 サイラスは後ろ手に隠していたナイフをしまった。



「座れ」

 ガルトにうながされ、全員がテーブルについた。

「ガルトさん。俺が断る事は考えなかったのですか?」

 パメラには受けると言ったが、ガルトにはまだ返事をしていない。パメラへの答えを聞いていたのかもしれないが、なんとなくそうは思えなかった。

「あ? 受けるんだろ?」

「はい。受けます」

 ガルトはニヤリと笑った。


「お前が断ってもアリアがいるが、お前が断る訳ないってなぁ、分かってたぜ?」

「どうしてです?」

「お前な…。依頼料の少ない仕事をあんだけ受けといて、何言ってやがる。困ってる奴がいる仕事ばっかり受けてただろうがよ。だから分かってたさ。今回の被害を聞けば、お前は動くってな」

「……結構悩みましたよ?」

 稜真は肩をすくめた。


「そこで悩まない奴は危ないからな。話を持ちかける事もしない。とにかく、今回は手抜かりは許されない」

「手抜かりが許されないのに、俺の試験にしてどうするんでしょうね…」

「マクドナフから報告が来てるぜ? Bランクの男を倒し、オークキングを1人で倒したってな。元々腕は信頼してるんだ。後は経験だけだろ?」

 なんとも食えない男である。


「昨日、アリアがいる内に報告が来ると思っていたんだが、遅れたのには理由があった。今から詳しい話をするが、ニコル、お前は先に行って、向こうの連中に伝えてくれ。突入するのは、アリア様と従者様だってな」

「ん? それだけでいいのか?」

「試験だって事は、こっちが知っていればいい。向こうの士気を落とす必要はねぇしな」

「了~解。行って来る」

「こいつ等は、作戦の説明をしてから後を追わせる。決行予定は夕方だ」

「はいはい。それじゃね~」

 軽く言って、ニコルは部屋を出て行った。


「ちょっとおっちゃん、夕方? 明るい内に突入? 聞いてないし!」

 アリアが詰め寄った。

「それは後だ。先に詳しい事を説明する」

 渋々アリアは、座りなおした。




「アリアから聞いたかもしれんが、討伐対象の盗賊は村を襲い、旅人も襲う」

 ガルトが地図を広げ、今まで襲われた場所を示した。


 この領地に住む人間は強い。元々魔物の多い土地だからだ。アリアと共に、魔物と戦う事に慣れている。


「機を見るのに長けた奴がいやがる。自分達より強い奴がいる時は、絶対に手を出さない。そいつが村を離れた隙に襲う。もしくは強い奴が1人になるように図り、集団で殺す。それが奴らの手口だ。元々村は、魔物に対する守りは固めているが、中に入り込まれて手引きされると弱い」


 ──報告が遅れた理由は、昨日新たに大きな商隊が襲われたからだ。


「昨日!?」

 アリアが上げた声に、サイラスが答えた。

「そうです。追加調査の為、報告が遅れました」

 調査をしていたのはサイラスとニコルだ。サイラスが続ける。


「奴らが襲ったのは、馬車が3台からなる大きな商隊です。商隊の生き残りは約半数。盗賊は荷物を手に入れる事を優先したのでしょう。今回、逃げた人間は追いませんでした」

 辺境の地であるメルヴィル領に個人の旅商人は来ても、大きな商隊が来ることは珍しかった。


「それと、今回連れ去られた人間がいます。奴らは今まで、人間を連れ去った事はありませんでした。例え女性だろうと、殺すか見逃すかです。商隊の者に確認した所、連れ去られたのは1人の少女と料理人だそうです」


 商隊はある村で、王都へ行きたいと言う家族を乗せた。両親と少女の3人家族だ。大雨で家と畑を失い、王都で再起を図ろうと、商隊に同行した。

 盗賊になけなしの財産を奪われそうになり、思わず歯向かった両親は殺された。少女も殺されかかった所を、商隊の料理人が庇った。


「その子は助けてやってくれ、その代わり俺が料理を作るから、そう言ったそうですよ。そして、料理人と少女は連れて行かれました。──生きているのかは、分かりません」

「生きているかも知れませんね。昨日ならば…」

 稜真は言う。

「可能性は高いでしょう。ともかく、浮かれた盗賊はアジトに全員揃っています。アジトは馬で半日の所にあります。私が案内します」


「アジトの周辺は固めてあるな?」

「はい。残してある人員で確実に。──逃がしませんよ」

 サイラスは、盗賊を1人も漏らさず倒す為に、これまで目をつむって探って来たのだ。


「話は以上だな。向こうにやった人員は、工作や斥候に長けた奴らが主で、ちょいと戦闘力が足りない。他にも人数をかき集めたが、どうにも経験もランクも低い奴しか残ってなくてな。突入する力のある奴がいねぇんだよ。中から追い出してくれりゃあ、外の人間が始末する。お前は突入して、奴らの隙を作ってくれ。──もちろん生死は問わない」

「……分かりました」

「試験官として、サイラスが同行する」


「あなた方が来てくれて助かりました。私1人が突入する予定でしたからね。──無茶を言うギルド長ですよ」

「お前ならなんとかしただろ? どんな手段を使ってもよ」

「私も死にたくないですからね。ありとあらゆる手段を使うに決まっているでしょう? ま、1人で突入する事が前提。おまけに捕らえられている人の命も救えない、最悪の手段しか使えませんけどね」

 一体どんな手を使うつもりだったのやら、薄く笑うサイラスに稜真は寒いものを感じた。


 ガルトは地図の1点を指す。アジトは自然に出来た洞窟らしい。いつから住み着いたのかは分からないが、中は掘り広げられ結構な広さがあると言う。

「正確に中の様子は分からんが、出入り口は3つ。ここと、ここ、そして正面のここだ。正面以外は逃亡用だろう。巧みに隠してあったらしい」


「──料理人の特徴は分かりますか?」

 稜真が質問する。

「あなたよりも少し上くらいの少年です。盗賊は全員壮年の男で、女性はいません」

 ならば、敵の把握はしやすいだろう。


「昨日、大きな仕事を終えたなら、アジトを出る奴はいねぇだろうさ」

「それで? おっちゃん、夕方に突入する理由は?」

 アリアはガルトを睨みつけている。


「さっき言ったろ? 人数は集めたが、慣れてない奴が多すぎんだよ。近くで見張っているのは、ニコルを始めとした手練れだが、囲む場所が広い。暗くなってからでは、手抜かりが出る可能性がある」

「だからって!?」

 アリアは納得できずに詰め寄る。明るい内は、警戒もされやすい。見つかる危険性が高いのだ。


「お前がいるなら、多少の負担は問題ないだろうが。サイラスもいるんだ」

「でも!」

「アリア」

 稜真は、静かな口調で止めた。


「経験のない奴はベテランと組ませてある。お前達が着く頃には、ニコルが配置を終えているだろう。盗賊は21人。ほとんどが雑魚だが、首領他何人か、殺しに慣れてレベルの高い奴がいる。いいかリョウマ。腕の心配はしていない。お前なら充分やれる。だが、ためらうな」

 稜真はガルトの厳しい目を正面から見返した。

「はい」と、決意の籠もった答えにガルトは頷く。


「リョウマ、ついでにアリア」

 ガルトは部屋を出る2人を呼び止めた。

「今、ここにお前等がいる事を感謝する」

 稜真は一礼して部屋を出、アリアはあっかんべーをしてから部屋を出た。






 サイラスは馬で、稜真とアリアはきさらに乗るが、飛ばずに地上を行く。空を行って警戒されるリスクを犯したくなかった。グリフォンは地を駆ける事にも長けている。馬の常歩なみあしに合わせる為、ゆっくり歩かせた。


 時間に余裕はある。稜真は、ずっと気を張っていては持たないと分かっているが、どうしても手綱を握る手に力がこもる。

 アリアは何も言わず、そっと稜真の手に自分の手を添えた。


(稜真…ごめんね。試験が盗賊の討伐になったのは、私がいたせい。気にするなって言われるのが分かってるから、言わないけど。──私が側にいるからね)


 稜真は、アリアの存在を感じていた。迷いはない。決意も出来ている。


 ──不安があるのは、自分の心だけだった。


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