第102話 湖畔の家での生活

 湖の家に戻ると、早速購入した家具を設置する。まずはアリアの部屋からだ。どこに置くかはアリアと瑠璃に任せた。


「稜真こっちに置いてみて。う~ん、やっぱりこっちがいいかな?」

「こちら向きの方が、いいのではありませんか?」

 アリアと瑠璃に言われるがまま、稜真は家具を配置する。

「う~ん。やっぱり、こっち!」

「はいはい」


 ベッドは床から生えているので動かせないから、模様替えは他の家具でしか出来ない。2人の気のすむまで移動に付き合った。

 とは言え、鏡台とサイドテーブルと飾り棚、そしてタンスの4つしかないので、楽なものだ。


 ようやく位置が決まると、稜真は瑠璃の小箱を取り出した。置いておく場所がないから、と預かっていたのだ。

 受け取った小箱を、瑠璃はそっと飾り棚に乗せた。アリアも自分の小箱を取り出して、隣に置く。

 幸せそうに小箱を見つめる瑠璃が微笑ましくて、アリアと稜真は静かに眺めていた。


 稜真は配置に悩む事もなく、すぐに設置が終わった。

 台所兼居間で食器棚とテーブルの場所を決める。食器類は洗わねばならないから、テーブルの上に出した。

 きさらは部屋に物が増えていく様子をじっと見守り、そらは自分の居場所が増えた、と椅子の背や食器棚の上に止まって、確認している。


「──そう言えば、水瓶は何に使うんだ?」

 稜真は取り出した水瓶をみて首をかしげる。ひと抱え程もある、大きな水瓶なのだ。

「主。こちらに置いて頂けますか?」

 瑠璃は台所の隅を示した。持ち上げると前が見えなくて運びにくいので、斜めに傾け、転がすようにして移動させた。


「ここでいい?」

「はい、ありがとうございます」

 瑠璃は水瓶に触れると、力を籠め始める。瑠璃の身体がほんのりと光を放った。


 こぽん…。こぽこぽ……、と水瓶から水の音が聞こえて来た。稜真が水瓶をのぞき込むと、綺麗な水がこんこんと湧き出していた。

 瑠璃は水瓶に、『水の精霊の加護』をつけたのである。


「これでこの水瓶には、いつも綺麗な水が湧いていますわ。シプレが、あるじが喜ぶと教えてくれましたの。いかがですか?」

「すごく助かるよ、瑠璃。ありがとう!」

 稜真は思わず、ギュッと瑠璃を抱きしめた。

「あ、主がそんなに喜んでくれるなんて、私も嬉しいですわ」

 頬を真っ赤に染めた瑠璃が、嬉しそうに笑った。


 料理を作る時は瑠璃に水を用意して貰ったのだが、いつも頼むのも悪いので、水の確保方法を考えようと思っていたのだ。


「わぁ、稜真ったら、プレゼントあげた時よりも嬉しそうだったりして。ちょっと悔しいかも~」

「アリアのプレゼントも、とても嬉しかったよ。今度額縁を買ってきて、部屋に飾ろうかと思っているんだ。伯爵邸とこの家と、どっちに飾ろうかなぁ」

「あ、あれを飾る、の…?」

「せっかくアリアが、頑張って作ってくれたんだからね」


「額縁? あ、そうか額縁! 買う時は私の分も買ってね」

「アリアも刺繍を飾るのか?」

「自分の作品を部屋に飾ったら、うなされちゃうもの。うふふ。稜真様のサイン飾るんだ~。屋敷の部屋には飾れないから、この家に飾ろうっと」


「俺の、サイン…を? 額縁に入れるの?」

「いい考えですわ! 寝室よりも、居間に飾りませんか? いつでも見られますもの!」

「……瑠璃、居間は止めてくれる? 自分のサインを見ながら、食事したくないよ」

「じゃあ寝室に決定! 窓を受け取りに行く時に、買って来ようね!」

「決定なんだ…。プレゼントと言えば、ケーキが残っていたよね。今晩食べようか」

「ケーキ! 嬉しいです!」




 夕食のデザートは決まったので、おかずを作る。

 今日はご飯を炊き、和食にしようと決めていた。魚を買って来たので、焼き魚にする。暖炉に火を入れて、串に刺した魚に塩を振り、火の横に刺した。

 しらすのような小魚も買った。茹でてあったその小魚を味見させて貰ったら、しらすそのものの味だったのだ。卵液に混ぜ、出汁巻き卵に仕上げる。野菜をたくさん入れた味噌汁も作った。


 稜真が料理をする隣で、アリアは水瓶の水を使って食器を洗っていた。洗い終えた食器の水気は、瑠璃が魔力で集めて流しに捨てた。


 この流しの排水口はどうなっているのだろうか。これも植物で出来ているのだ。昨日シプレにどこに流れているのか聞いた所、地下に植物の本体があると教えてくれた。

 水も生ゴミも、全て肥料として植物がくれるので、野菜の皮などは、そのまま入れればいいとの事だった。便利だが、生きた排水口とは少し怖い……。

 とりあえず、熱い物は流さないようにしようと思っている。


 食器を洗い終えると、アリアと瑠璃が相談しながら、使いやすいように食器棚に収納する。よく使いそうな物は真ん中、使用頻度の少なそうな物は上に、大きな物は下へと。

 瑠璃がふわふわと浮かびながら、上の方へ運ぶ。中央から下へは、アリアが担当だ。


「瑠璃、もう直ぐご飯が出来るから、シプレさんを呼んで来てくれる? お礼のお酒を渡したいから、一緒にご飯も食べませんかとお誘いして来て」

「分かりましたわ」


 ご飯茶碗のかわりに、カフェオレボールのような食器を購入したので、そこにご飯をよそう。焼けた魚は串から外して皿に乗せた。4人分盛った残りは、きさらの分だ。

 そらに一部取り分けて、全部きさらの小さい皿に盛り合わせた。大きい食器には生肉を積み上げた。

 きさらが言うには、魚は山でも食べていたそうだ。話を聞く限り、鮭ではないだろうか。獲れる時期になったら、山へ行くのもいいかもしれないな、と稜真は思った。




 シプレを交えて、4人で食卓を囲んだ。そらときさらは床での食事になるが、気にしてはいない。それよりも、同じ部屋で一緒に食事を取れる事に満足している。


 稜真とアリアは箸で食べていた。食事用と料理用に稜真が作ったものだ。

 瑠璃も使いたがったのだが、その小さな手には大きすぎて、食べられなかった。余りに悔しそうなので、稜真は瑠璃の手にあった箸を作ると約束した。


 シプレは食事をしながら、グラスに注いだ酒を飲んでいた。クピクピと、あっと言う間に1本空けてしまった。

「人の作るお酒は、久しぶりに飲みました。美味しいですね。リョウマさん、ごちそうさまです」

「気に入って頂けて何よりです。味の好みを聞いてから、買って来るべきだったかと思ったので」

「お酒はどれも好きです。頂いたお酒は、全部楽しみに飲ませて頂きますわ。でも、こちらでは飲まない方がいいみたいですね」


 物欲しそうなアリアを見て、シプレはくすっ、と笑う。

「……アリア」

「飲める歳まで遠すぎるよぉ」

 どれだけ酒好きだったんだ、と稜真はため息をついた。


 食後はケーキを切り分けた。大きなケーキに、きさらと瑠璃の目が輝く。普通の大きさに3人分を切り分けてから、そらの分を小さく取る。残った大きなケーキは2等分し、一方を瑠璃の皿に乗せた。

「いいのですか!?」

「瑠璃ときさらは食べてないだろう? 俺達はこの間食べたからね。シプレさん、普通サイズで申し訳ありません」

「私はお酒を頂きましたし、この大きさで充分です。ケーキを食べるのは初めてで楽しみです」


 きさらの皿に、柔らかいケーキを入れても食べにくいだろうから、稜真は直接口に入れてやる。大きなケーキも2口で無くなってしまったが、きさらは満足そうである。




「色々とごちそうさまでした。お酒もこんなに頂いて、ありがとうございます」

 ふふっ、と美女が酒瓶を嬉しそうに抱える姿は、なんとも微妙だが、喜んで貰えたのは良かった。稜真は玄関まで見送る。


「少しでもお礼になっていれば、幸いです。旅先で変わったお酒を見つけたら、お土産に買って来ますよ」

「楽しみにしています。あら? リョウマさん、ちょっと屈んで頂けますか?」

「こうですか?」


 玄関の土間から、稜真を見上げているシプレに言われるまま、少し腰をかがめる。

 悪戯っぽく笑ったシプレは、稜真の額に口づけた。


「「ああーっ!?」」


 背後からアリアと瑠璃の悲鳴が上がる。満腹でうとうとしていた、そらときさらがなにごとだ、ときょろきょろする。


「な、何を…!?」

 真っ赤になった稜真が額を押さえた。

「木の精霊の祝福です。たいした力にはなりませんけれど。それでは、お休みなさいませ」

「お休み…な、さい」

 シプレは帰って行ったが、背後のフォローはどうすればいいのだろうか。振り返るのが怖い稜真だった。




「ああいう言い方されたら、何かごみがついているのか、って思うよ、ね?」


 アリアと瑠璃は稜真を挟むように、椅子を移動させて座った。2人の頬は、ぱんぱんにふくらんでいる。2人揃ってふくれていると可愛いらしいが、そんな事は言えない。


「主は警戒心がなさすぎるのです!」

「うん! 真っ赤になったのも気に入らないの!」

 2人に詰め寄られて、稜真はたじたじである。


「そんな事言われても…。俺のせい…なのかなぁ…」

 なんとなく納得できない稜真である。納得できないが、女性2人にふくれられては謝るしかなかった。

「これからは気をつけます……」

「約束ですわ!」

「ホントに気をつけてよね!」

「…はい」


 稜真が2人をなだめると、朝食にはホットケーキをリクエストされた。

 今朝も作ったはずだが、美味しかったので明日も食べたいそうだ。お嬢様方は、フルーツたっぷりで、ふかふかのホットケーキをご所望である。




 その夜は宣言通りに、瑠璃が稜真の寝室へと新しい枕を抱えてやって来た。まだムスッとした顔をしている。

 歌の前にもう1度念押しされた。

「はは…。気をつけるよ」


 稜真は瑠璃を抱き上げると、ベッドに下ろした。そっと頭を撫でると、ようやく瑠璃の顔が戻ってくれた。


 昨日とは違う童謡を歌いながら、その小さな背をとんとん、と叩く。瑠璃は稜真の腕にしがみついて眠ってしまった。


(……今日は、宿題は諦めるか)


 幸せそうに眠る瑠璃を起こせない。

 皆で暮らせる家を作ってくれたシプレに、改めて感謝の思いがこみ上げた。──見かけによらず悪戯好きな所だけは頂けないが。


 これ以上悪戯の標的にならないように気をつけよう、と稜真は思った。




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