第2話 仮ヒロインさん、登場?

 乙女ゲームのは、1年生の研修旅行でしょうか。それまでには、ヒロインと攻略対象者達との出逢いイベントがある筈ですが、いつきさんやみさきさんにそれとなくお聞きしましても、ヒロインとはまだ会っていないご様子なのです。


樹さんとヒロインの出逢いは、確か…大学の食堂で、困っているヒロインを助けることでしたわね。ヒロインともうお会いされたのかしら、と思っておりましたが、麻衣沙まいさのお話では、ヒロインはようです。これではいつまで経っても、出逢いがありませんわよね。道理で彼が、私の所に頻繁に来られる訳ですね。でも…何ででしょう?…そんなに私が頼りなく見えるとか…。


岬さんとヒロインの出逢いは、教室の移動時に遅刻しそうになって慌てたヒロインが、彼にぶつかるのでしたわ。これも大学内の出逢いイベントですから、別の大学のヒロインとは、出逢いはありませんわよね。フラグが折れたということかしら?

それとも麻衣沙がお話されていましたように、ヒロインが無理矢理やって来ては、イベントを起こして行くのかしら?


あれから色々と調べてみましたが、この大学に来ておられないのは、ようなのです。攻略対象である男子生徒も、お2人…お見かけしておりませんのよ。裕福な一般家庭の2年生と、ごく一般的な家庭の特待生であった1年生ですね。今年の特待生の生徒は女子生徒だけでしたので、特待生の攻略対象に関しては、この時点で設定と異なります。この攻略対象者は、堀倉学園付属大学を受験しなかったと考えられるでしょう。そして2年男子生徒も、1人目立つイケメン男子生徒がおられたので、そうなのかなあと私は思っておりました。麻衣沙が仰るには、攻略対象キャラではないそうです。…えっ?…物凄いイケメンなのに?


よくよく思い出せば、2年生の方の男性キャラは生真面目過ぎて~、というキャラでしたわね。あの目立つ2年生は、どちらかと言いますとチャラ男ですわよね。

常に女子生徒達を大勢引き連れて、移動しておりますもの。あんなキャラでなかったのは、間違いないですわよ。そう言いましたら…あのゲームの中の登場人物に、チャラいキャラがおりましたような。多分、モブキャラでしょうけれども。

まあ、この際…関係ないので、無視して置きましょうか。


そんな平穏なある日、私は1人で大学の庭園を彷徨っておりました。お手洗いに行きたくなり、麻衣沙には後から追いかけると別行動したまでは良いのですが、思い切り迷ってしまいましたわ。この大学内って、無駄に…広過ぎるんですよね?

ある校舎の角を曲がった時、前方から声が聞こえて来て、ふとそちらに目を向けますと、そこには…岬さんと、1人の派手な格好の女子生徒が一緒におられました。


私は慌てて隠れます。高校の頃、岬さんと2人で一緒におりますと、私が岬さんを誘惑したという噂を、何故かされたことがありますのよ。ですので…極力避けなければ…。勿論、麻衣沙は私を信じてくださいますし、樹さんも苦笑して「ないよね。」と、強調されましたわ。…はて?…樹さんって、幼馴染で友人の岬さんを盗られたくない、とか…。それともただ単に、似合っていないと思われているだけかも。政略的な許婚ですし、一般的に考えてもヤキモチは有り得ないですわ。それとも、樹さんは優しいお人ですから、疑っておられないだけ…かもしれません。


隠れていますと、少し大きめの声が聞こえてきます。そう言えば、岬さんと一緒にいらっしゃるのは…誰なのでしょう?…そっと顔を出して覗きますと、どう見ても茶髪に染めたと思われる癖髪(もしかしてパーマ掛けてません?)で、服装も原色系の派手な格好の女性は、私の方からは後ろ姿しか見えませんけれど、どう見ましても…ケバいとしか言いようのない女性です…。


 「ぶつかって、ごめんなさい。あの、私…授業に遅れそうになって慌てていて、それで…。」

 「…ああ、もう良いよ。俺もよく見ていなかったし。それよりも、このままではお互いに次の授業に遅れてしまう。俺は大丈夫だから、これで。」

 「…!……あ、あの…待ってください。私、次の授業の場所が分からなくて…。どうか、教室まで連れて行ってください。お願いします。」

 「……悪いが、俺も移動中なんだよ。君、見掛けたことがないから、1年生だよね?…残念だけど、1年の授業場所とは反対だから、無理だよ。ごめんね?」

 「……あっ!……待って!」






    ****************************






 如何どうやら…授業に間に合わないと、焦っていたこのケバい女性が、岬さんにぶつかってしまったのね。まるで…ヒロインとのイベントみたいですわ。そう思って眺めておりましたが、雲行きは晴天とはいかないようで。そうですわよねえ。

これが乙女ゲームでしたら、岬さんは自分が授業に遅れるのにも拘らず、ヒロインを教室まで送って行ったのでしょうけれどね。しかし、現実の岬さんは真面目ですからね。自分の授業に遅れるようなことは、為さりませんのよ。残念でしたわね、さん。…ほほほ。何て1人で気取っておりましたら、仮ヒロインがこちらを振り向いて、岬さんを呼び止めようとしたのです。


…あれっ?…あのお顔、何処かで見たような。後ろ姿もケバかったのですが、前からもお化粧をしっかりとしているお顔は、ハッキリ言って…怖いです。仮ヒロインさん、貴方ではケバ過ぎて…ヒロインには成れませんわよ。悪役令嬢ならば…ギリ成れますかしらね?


彼女は肩を落とし、1年生の校舎がある方とは逆の方向に、トボトボと歩いて行った。あの方向は、この大学の出入り口の方だと思いますけれど、授業に出ないつもりなのかしら?…それとも、また迷っているのかしら?


私も、他人事ではありませんでしたわ。2人が去ったのを見届けますと、私も走って移動致します。実は、ほどほどに運動神経の良い私は、走るのは特に得意分野でして、今迄に誰にも、徒競走やリレーで負けたことはありませんのよ。

これもと言いますか、常日頃…樹さんから逃げ惑っておりました、お陰でしょうか…。別に…樹さんに、何かされた訳ではありませんわよ。

どうしても、ゲームでの私の結末を思い出してしまい、彼を見かけると咄嗟に…逃げ出しておりましたのよ。然もいつしか、彼が追いかけて来るようになり、私は更なる恐怖心から、必死に逃げておりました。ここ数年でやっと克服し、彼を見ても冷静になりましたのよ。


そう言えば、克服した切っ掛けは…何だったかしら?…全く覚えていませんわね。大したことではなかった気も致しますけれども、何か…腑に落ちないような気もしていまして。…う~ん。彼に、何か言われたような気も致しますが…。

…思い出せないですし、まあ、いいか…。


そうして、何とか授業には間に合いましたわ。「遅い!…また迷子になっておられたのでしょう?」と、麻衣沙にお小言を頂戴致しました。流石…幼馴染さまです。

私の行動原理をよく知っておられます。…うふふふ。有難い存在ですよね。

これでも麻衣沙は、私のことを心配されておられたのですわ。彼女はちょっと天邪鬼あまのじゃくがあるのです。ツンデレタイプに近いようで、彼女は少し違いますのよ。

ツンツンしていませんもの。ただちょっと…気持ちを表現するのが苦手なだけで、デレの方もないですもの。


私はそんな彼女の態度が嬉しくて、先程拝見した光景のことを、すっかり忘れておりました。仮ヒロインの存在も。いやあ、私…子供の頃から、自分に興味の無いことは、直ぐに忘れてしまうんですねえ。ある意味では、特技なのでしょうか?

嫌なことは直ぐに忘れるタイプなので、性格が暗くならず、また乙女ゲームでの私のように捻くれることもなく、素直な性格で居られるのです。この乙女ゲームの世界でも、と思っておりますのよ。


まあ、それはさて置き、仮ヒロインと岬さんの出逢いイベントを、忘れてしまったということはですね、麻衣沙にもお話するのを忘れてしまった、ということでもあるのですわ。こういうイベントらしきものを拝見したら、直ぐに麻衣沙にお知らせることになっておりましたのに。ですが、例え覚えておりましたところで、流石に岬さんの婚約者である彼女に、告げられたでしょうか?…これが仮ヒロインではなくて正式なヒロインでしたら、悪役令嬢としての破滅に関係致しますから、忘れずにご報告したことでしょう。仮ヒロインでしたから、忘れてしまったというのもあるのですよねえ。仮ヒロインのことまでご報告して、彼女を悲しませたくないのですわ。今のところ彼女は、岬さんにはご興味がないご様子ですけれど。


私も反対の立場でしたら、聞きたくありませんもの。樹さんに興味がないと言いながらも、一応婚約者の立場ですし、私が好きな人もいませんのに、彼にだけ他に好きな人がおられるというのも、何となく良い気がしませんのよ。ですから…麻衣沙も同様だと思いますのよ…。婚約者としてずっと振舞ってきたのですから、行き成り「他に好きな人が出来ました。」とご報告されても…微妙な心境なのですわ。

『女心と秋の空』と言うことわざが、この世界でもありますけれども、それと同じで私達の心も複雑なのですのよ。


しかし、こういう考えは甘かったと、反省することになりますとは。今の私には毎日が平穏過ぎて、乙女ゲームの怖さを、のですね…。

後に、麻衣沙からお説教を受けることになるとは、露知らずの私でしたのよ。





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 次のイベントと言えば、各攻略対象者達との出逢い系イベントでしょう。

ですが、ヒロインが現れなくて、主人公いわく『仮のヒロイン』が登場です。

ヒロインかどうかまだ分からない為、主人公から勝手にそう呼ばれることに…。

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