何者
己が何者あるか。誰だって知りたいことだろうが、それを知るのはとても難しい。
「ヤマト君のお兄さんは……あ、えっと、先に名前を訊いてもいいですか? いちいち呼びにくいのです」
「ああ、僕は光輝だよ。光り輝く、って書く」
「なるほとなるほど。では、光輝さん。なんだか青臭いことを訊くようですが、光輝さんは、自分が何者であるのか、わかってらっしゃいますか?」
よきおみの顔は真剣。先ほどまでのおどけた感じはなくて、こちらが素に近いのかな、とも感じる。
相手が真剣ならば、僕も真面目に答えるべきだろう。
「はっきり言って、僕にはまだわからない。ものによっては自分なりの考えなんかはあるけど、自分の輪郭はいつも曖昧だな」
「へぇ、そうなのですね。意外です。光輝さんはしっかりしている感じでしたので、もっとわかっていらっしゃると思っていたのです。
少し、安心しました。
ワタクシも、己が何者であるのかわからないのです。配信を始める前にはもっとそうでした。これでも割と優等生な中学時代を過ごしていたのですが、自分が何者であるのか、自分が何をしたいのか、自分がどうなりたいのか、全くわからなかったのです。
中学までは、それでも特に気になりませんでした。周りの子も似たようなものでしたし。でも、高校生になって少し視野が広がると、自分の小ささや偏狭さが気になり始めました。
まだ自分が何者であるかなど、わかる人ばかりではありません。でも、何者かになりたくて、部活に励んだり、楽器を始めたり、おしゃれしたりしているのを見ると、焦ってしまうのです。
何者でもない自分が嫌で、何者かになりたくて、ワタクシは配信を始めたのです。
だけど……考えるほど、ワタクシには何もないのだと痛感するのです。自分が何をしたいのかもよくわかりません。これなら楽しんでもらえるんじゃないかという企画をやってみますが、結局反応は悪く……。
なんでこんなつまらない配信を続けているの? と無慈悲な言葉を残されることもあります。もっと生産性のあることをすればいいのに、と。
ワタクシには、誰かに見てもらえるほどの何かを持っていません。それはわかっているのです。でも、ずっとそのままではいたくないのです。恥をかいてでも、己の中に何かを見出だしたいのです。
だから……ワタクシは、批判も覚悟で配信をしているのです」
よきおみが締めくくり、寂しげな笑みを残す。
寂しげだけれど……僕は、よきおみがかっこいいな、と思った。
「……そっか。まだ、よきおみさんのことは断片的にしか知らない。でも、よきおみさんはやっぱりすごい人だと思う。
僕なんかは、ただ弟の代理で配信を始めただけ。自分から何かをしようなんて思ったわけじゃない。自分が何者なのかわからなくて、鬱屈した気持ちはあったのに、自分から動こうなんて思わなかった。
それに、恥をかくとか、批判されることを覚悟で、自分を見てもらうなんて度胸もなかった。そんなに怖いことをやってしまえる心の強さは、僕にはない。きっと、世の中の多くの人が持てない。よきおみさんは、とても強い人だ。
配信を始めてから思うけど、自分が主体になって何かをするって、本当に難しいよな。
でも、多くの人は、自分はやればできるとか、誰も気づかないけど自分はすごいんだとか、心のどこかで思ってる。配信を視ていても、これくらいなら自分でも簡単にできると感じてしまう。
だけど、いざやってみたら、案外自分ってたいしたことないんだよな。これくらい簡単にできる、って思っていたことが意外と難しくて、あれ? おかしいな? ってなってしまう。
よきおみさんの配信だって、アイディアはユニークだと思う。そして、気楽にやっているように見えて、実は一生懸命だし、でもその一生懸命さを悟らせないように気をつけてるんだろうな、って思った。難しいことを考えないで気楽に楽しんでほしい、っていう心遣いとかを僕は感じたよ。そういうの、誰にでもできることじゃない。
よきおみさんを批判する人がいたとしても、いちいち真に受けなくていいと思う。よきおみさんはとても難しいことをやっているんだからさ。自分で何かを作る難しさがわかる人なら、よきおみさんがすごいってこと、ちゃんとわかってるよ。
それとさ、自分を知るってことも、とても怖いことだよな。できない自分と向き合って、本気で頑張っても意外とたいしたことができない事実にうちひしがれて、何をやっても上手くいかない、って絶望して……。
それでも、自分と向き合おうとしてるよきおみさんは、本当に勇敢で、尊敬すべき人だと思う。
よきおみさんは、まだ自分が見えていないのかもしれない。だけど、必ず自分を見つけ出せる日が来る。
何に適性があるかはまだわからない。もしかしたら、配信には向かないとわかるかもしれない。それでも、他人に誇れる、立派な自分を見つけるに違いない。
だから、そんなに寂しそうな顔してないで、もっと笑っていればいいんじゃないかな。必死であがいて、戦っているよきおみさんは、自分を誇りに思っていいし、他の誰よりたくさん笑っていいんだと思うよ」
言い終えると、よきおみが泣きそうな顔で笑顔を作る。
「……やはり、光輝さんはひと味違うのです。ワタクシなどにはない、力強くて優しい言葉がその心にたくさん詰まっているのです。己が何者かわからなくても、それでも自然と何者かになってしまう人なのですね」
「……まだまだあやふやなんだけどな」
「成長の過程でそれだけなら、この先どうなるか楽しみですね。嫉妬しちゃいますけど、お話を聞けて良かったのです」
話が一区切りしたところで、よきおみがぼやく。
「ワタクシはあまり本読まないのですが、光輝さんを見ていると、本の力を感じますね。文字だけで伝わることなんてたかが知れているのでしょうが、言葉だからこそ伝えられることもあるのですね」
「うん。それは、あるよ」
「ワタクシも、少しずつでも本を読むことにします。いつかちゃんと、何者かになれるように。
それにしても、もっとお話をしたいのです。とりあえず、連絡先を訊いてもいいですか? 恋人未満の方がいらっしゃるのですから、修羅場を作るような真似はしません。ただ、できればまたお話を聞いてほしいのです」
「ああ……それくらいなら、大丈夫だと思う」
「それに、同じ地元で活動する者として、多少協力していただけると嬉しいのです。宜しければ、コラボなどもしたいのです。一緒にお昼寝したり、野良猫を追っかけたりしたいのです」
「楽しそうだな。まぁ、その辺もやってみていいんじゃないかな。具体的にはまたちゃんと考えるとしてさ」
「ありがとうございますっ。そのときはよろしくお願いします! 光輝さんがいてくださるなら、本当に心強いです!」
ニコニコの笑顔が眩しくて、同時にとても嬉しい。少しでも力になれたらいいなと思う。
それから少し話していると、翼から着信。
「……ごめん、悪いけど、ここまでかな」
「はい。わかりました。あ、出てくださって構いませんよ」
「うん。店の中だし、すぐに切るよ」
通話を開始すると、翼の元気な声。
『光輝さん! 終わりましたよ! 今どこですか? まさか、ナンパされて他の女と一緒にいるとかじゃありませんよね!?』
「……ナンパはされてないんだけどなぁ」
『けどなぁ!? え、じゃあ、まさか、本当に誰か他の女と一緒にいるって言うんですか!? どういうことですか!?』
「後で説明するよ」
『ちょっとちょっと! 今もその女はそこにいますか!? いるんだったら連れてきてください! どういうことなのか、その女の前できっちり説明してもらいますからね!』
「あ、ああ。わかった。うん」
翼が不機嫌そうに合流の場所を告げ、電話が切れる。ナンパされたわけでも、やましいことも何もないのだが、翼からしたら気に入らない状況だったか。申し訳ないことをした。
「……ごめん、聞こえてた? ちょっと、一緒に来てもらっていいかな?」
「わかりました。ワタクシも、その彼女未満さんが気になっていましたので、喜んでお供するのです」
たぶん、よきおみはその彼女未満が一人だけだと思っているのだろうな。四人が待ち構えていたらどう反応するだろう……。
ともあれ、会計を済ませてから、よきおみと共に合流場所に向かうことになった。
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