配信、六回目 1
配信を始める直前が一番緊張する。まださほど経験もないからか、あるいはいつまで経ってもそうなのか。
昔から、人前で話をするのは好きではなかった。たくさんの目が一様に僕を見つめているのには恐れすら抱いて、できる限り誰の注目も浴びない日陰で生活していきたいと思っていた。
それが……今は大人数の前で配信をしようとしているのだからおかしなものだ。ステージに立ってのトークだったら、足が震えて立っていられず、そのまま座りこんでしまったかもしれない。そこまでの緊張がないのは、相手の顔が見えないおかげだろう。こちらを射抜くようば視線にさらされていないことで、気持ちはいくらか楽だ。
「よし……やるか」
二十一時となり、今日の配信を始める。
「こんばんは。今日も集まってくれてありがとう。ぼんやりと片手間にでも視てくれるなら嬉しい」
話し始めると、不思議なもので、緩やかに緊張が抜けてくる。うん。普段通り、やっていこう。
今日は、炎上に関する話を先に少ししておこうかと思ったのだけれど、その前に、早速ちょっとした質問がきた。
『しょうもないことかもしれませんが、相談させてくれませんか!?』
「おっと……いきなりだけど、相談か。僕は構わないけど、どうしたの?」
『ありがとうございます!』
名前はデンデン。事前に用意していたのか、即座に長文コメントが流れてくる。
『十六歳の男子高校生です! 俺、アイドルが好きなんですけど、それをよく友達にバカにされます。
アイドルなんてただの自己顕示欲の固まりだし、ファンのことを金づるとしか思ってない。愛想を良くするのは全部単なる営業活動でしかなくて、本心では、ファンをキモい非モテ童貞と見下してる。
それに、アイドルにまつわるもの全部が金儲けのシステムに過ぎないんだから、そんなものに貢ぐなんてバカバカしい。リアルの女に相手にされなくて寂しいのはわかるけど、せめて無料とか少額で楽しめる範囲に抑えておけ。どれだけ頑張って応援しても、どれだけ大金を貢いでも、お前に本当に振り向いてくれるアイドルなんて一人もいない。大好きな子がアイドルを卒業するときには、虚しさしか残らない。
そんなことをしつこく訴えてくるんです。もちろん、俺だって、どれだけお金をかけたってこの愛が報われることはないってわかっています。なんかの拍子にアイドルと出会って、個人的に親しくなって付き合えるとか思っていません。
それでも、俺にとってはアイドルを応援するのが生き甲斐なんです。アイドルが大好きなんです。それではダメなんでしょうか!?」
「なるほど……」
僕に相談するため、事前に準備してくれていただろうことは、単純に嬉しいと思う。ただ、僕はアイドルについてあまり詳しくない。色々なアイドルグループがいることは把握しているが、顔と名前が一致するのも数名程度。僕で相談になるかな……? と不安にはなる。
僕が答える前に、別の視聴者達からコメントが少々。
『言いたいやつには言わせておけ。何を言ったってわからんやつはいる』
『何かわかったようなことを言って優越感に浸りたいお年頃』
『取り巻く環境に疑問点はあろうと、アイドルが素晴らしいのは変わらない。だからこそ多くの人が夢中になる』
『同士よ、俗世を捨てて我々と共に来ないか?』
「どこに行くつもりだよ……。まぁいいか。それにしても、やっぱりアイドルが好きな人って結構多いんだな。僕は実のところあまりアイドルを知らなくて、的外れなことを言ってしまったらすまない。今の僕に答えられる範囲で、答えさせてもらうよ」
そこで一旦言葉を切り、数秒間考える。ある程度考えをまとめ、あとは思い付いたことを言葉にする。
「……アイドルの応援が、結局将来なんにも残らないっていうのは、確かにそうだとは思う。お気に入りがいなくなったり、自分の中でアイドルブームが去ったりした後には、つぎ込んだものが全部無駄になったように感じて、虚しくなることもあるかもしれない。
でも、それって娯楽としてはごく普通のことではあるよな。例えば、ゲームだってそう。僕は一時期ゲームにはまっていたことがあって、やたらとゲームばかりしていた。ゲームをしている間はとても楽しくて、RPGとかだったら主人公が成長していくのがすごく嬉しかった。
だけど、ふと振り返ってみたら、リアルの生活においては何も得たものはない。eスポーツの大会で賞金を稼ぐくらいの実力を身に付けなければ、ゲームにどれだけ情熱を注いだところで意味はない。
他の例を言うなら、一般のスポーツ観戦とか、音楽鑑賞とか、美食とかだって、その場の楽しみはあるけど、何かの技術が自分の中に残るものわけじゃない。
そういう、結果的に何も残らないものを、人は当たり前のようにやっていく。それが何故かっていったら、その瞬間は楽しくて、幸福を感じるからだ。
何か残るものがあるのはいいことだけど、その場の楽しみを味わうっていうのも大切なことだと思う。何かにつけて将来とかも考えがちだけど、今、この瞬間の幸せがあるからこそ、人って生きているんじゃないだろうか。
だから、アイドルを応援して、今が充実して幸福に感じられるのなら、それは有意義なことだ。十年後か、二十年後か、ふと振り返ってみてみたら、アイドルを無心に応援していたときが一番幸せだったとさえ、感じることもあるかもしれない。それなら、今このときをアイドルに捧げることは、人生を豊かにしてくれているはず。
デンデンさんは、思う存分アイドルを応援すればいいと思う。あとに何か残るかどうかじゃなく、今を楽しみ尽くすために、一生懸命になればいい。
……とは言ったものの、僕としては、今持っている時間とお金の全てを、アイドルに注ぎ込むのはおすすめしない。デンデンさんも、「勉強も友達付き合いも全部かなぐり捨ててアイドルだけにはまっている」とかはないだろうけど、高校生としての普通の生活は維持した方がいいな。そこは流石に大丈夫?」
『大丈夫です! 成績も結構いいですし、友達もいます! 親も兄弟もいて、いないのは彼女だけです!』
「なるほど。なら良かった。……いや、本人的には良くないかもしれないが。できれば、友達はいないけど彼女はいる、の方がいいくらいか。
ともあれ、僕が思うに、アイドルの応援に批判的な人がいても、スポーツ観戦とかに批判的な人はあまりいないのは、アイドルの応援は深みにはまりやすいからだと思う。男ってのは女に弱いものだし、可愛い女の子を前にすると冷静な判断力を失いがちだ。
酒、女、ギャンブル、と言葉が並ぶことがあるくらい、男にとっての女は危うさを秘めた存在だ。はまりすぎて身を滅ぼさないようには十分注意してほしい。
さて……ここまでは僕でも言えると思うけど、正直、アイドル自身が何を考えているのかはわからない。ファンの人に悪い感情を持つ人ばかりではないと思うけど……」
言いながら、頭には沖島の姿が浮かんでいる。アイドルが何を考えているのか、沖島なら答えられるだろう。しかし、ここでコメントしてくれと頼んだり、電話して訊いてみたりという手段をとっていいものか。ある意味、これも復帰のように捉える人がいるかもしれない。
迷っていると、ティア、つまり沖島からのコメントが流れてくる。
『私にできる範囲で答えましょうか?』
僕が沖島のことを考えているのを察したのだろうか。迷いがないわけではないが……。
「……ああ、お願いしていいかな。えっと、今コメントをくれているのは、昨日、相談してくれたティアさん。知っている人もいるだろうけど、少し前までアイドルをしていたんだ。答えてくれるっていうから、少しお願いしよう。デンデンさんもそれでいい?」
『もちろんです! 元アイドルに答えてもらえるなんて最高です!』
「だ、そうだ。ティアさん、お願いしていい? ティアさんが書いたコメントを、一応僕が読み上げてみるよ」
『はい。わかりました。読み上げの協力、ありがとうございます』
沖島はなんと答えるだろう。僕としても興味がある。また、これをきっかけに何か悪いことが起きなければいいが、起きたときにはなんとかしよう。助けてくれる仲間もいるし、なんとかなるに違いない。
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