VOL.7

『どうした?やったか?!』

 銃撃が止んだ後、間抜けな声が聞こえた。『社長室』と書かれたドアを開けて、何故かズボンのチャックをあげながら出てきたのは、色白の顔に痩せた中背の男・・・・そう、田沼伸介だった。


『ああ、やったよ。但しやられたのはあんたの部下の方だがね』俺は三人の傷の応急処置を終え、立ち上がるとM1917の銃口を彼の方に向けた。

『こっちへ来て壁に手を付け。足を広げて立つんだ』

 奴はネズミのようにおどおどした目つきをしながら、言われた通りに出てくると、壁に手をついて立った。

 俺は全身を探る。

 ふくらんでいた片側のポケットの中から、銀色をした小型の自動拳銃オートマティック、コルトのベスト・ポケットが出てきた。 

 俺は拳銃を自分のベルトに挟む。

『大人しく両手を頭の後ろで組んで、そのまま部屋

に戻るんだ。変な真似をするなよ、俺の拳銃にはまだ二発の弾丸タマが残っている。丸腰の人間を撃つのはじゃないが、抵抗すれば躊躇ちゅうちょはせん』

 奴は大人しく両手を頭の後ろで組み、そのまま『社長室』の中へ入った。

 だだっ広いが、悪趣味な調度品の並んだ部屋だった。

 そして・・・・窓際のソファには、クリーム色のワンピースの裾をまくり上げ、紫色の下着を膝まで下ろした、派手な感じの若い女が、驚いたような顔をして半身を起こし、こっちを見ていた。

『こんな時でもだったとはね。まあ、どうでもいい。お嬢さん、ちょっと大人しくしておいてもらおうか?』

 俺の言葉に女は蛇に睨まれた蛙みたいに固まり、黙って首だけ縦に動かした。

 銃口を向けたまま、マホガニーの机を回って、奴に椅子に座るように命じた。

『あ、あんた、一体何者だ?』

 両手を組んだまま言われた通りにし、田沼が変に裏返った声で俺に訊いた。

 答えを返す代わりに、左手で認可証ライセンスとバッジを引っ張り出し、奴の鼻先に銃口と並べて突き付けてやった。


乾宗十郎いぬい・そうじゅうろう、私立探偵だ。鉄砲屋のあんちゃんから聞かなかったか?』

 認可証とバッジのホルダーをしまうと、銃口は保持したまま、マホガニーの上に乗っている固定電話のナンバーをプッシュして110番通報し、受話器を取ると探偵免許の番号と名前、ビルの住所を伝えた後、発砲し怪我人が出た旨を伝え、電話を切った。

 銃をホルスターに収め、入れ替わりにICレコーダーを出し、スイッチを押してデスクの上に置く。

『どうせ警官オマワリが来たら何にも聞けやしないからな。』

『い、命だけは助けてくれ・・・・金なら幾らでも出すから・・・・』

 まったく情けない声だ。これが人妻を寝取り、その家庭を破壊し、あまつさえ子供までこしらえさせておきながら、病気になると棄てちまったほどのの姿かね。呆れて言葉も出ない。

『じゃあ聞こうか?どうして女房と子供を棄てた?』

 俺の問いに、彼は唇を震わせながら喋り始めた。

 

 最初の内は夫婦関係も良かった。子供も生まれ、仕事も順調だった。

 しかし彼は次第に妻を『女』としてというより、

『甘い言葉をちょっとささやけば、都合よくいつでもていのいい生きたダッチワイフ』という存在にしか見られなくなっていったという。

(嘘じゃないぜ。奴は本当にそう言ったんだ)

ハナからそう思っていたんじゃないのか?”俺は嫌味の一つも吐いてやりたかったが、流石に言葉を呑み込んだ。

 百合子は年下の夫のために、精いっぱい若作りをし、要求に応えようとしたが、年齢差は如何ともしがたい。

 折角生まれた男の子(直人のことだ)も、知能の発達が若干遅れていた。

 そのこともあって、入学前から近所の悪ガキにいじめられていたが、小学校に入ってから、それが特に顕著になり、挙句は”お前の母ちゃん、ふりんしたんだろ?”などと言われ、早くも一年生の半ばで不登校気味になったという。


 更に同じ頃、今度は妻の様子がおかしくなり始めた。

 仕事も変わった。通常の貿易は減って、まっとうでない商売の方が増えだしたのだ。

『あんたの言う”まっとうでない商売”ってのは、銃器の密売、違うかね?』

 俺がそう指摘をしても田沼は否定もせずにそうだと答えた。

 自分を抜擢してくれた社長の命令じゃ断れない。いわゆる『その筋』に伝手つてを作り、銃器のセールスをしていたのだ。

 それに元々銃は好きだったから、彼にとってこの仕事はうってつけだった。

 しかし関東は昔から武器の入手ルートは確立されている。

 そこに食い込むのは容易なことではない。

 で、結局社長は関東でのビジネスを諦め、神戸を中心にした関西のみに販路を絞ることにした。

”お前は俺の片腕、ナンバー2だ”

 伸介はこの言葉にますます有頂天になった。

 だが、その頃には妻の状態は悪化しており、医師からは認知症だと告げられた。

 息子の不登校もひどくなっている。

 そうなると、もう彼にとって二人の存在は足手まとい以外の何者でもない。

 ・・・・後は、もうご存知の通りだ。


 神戸に一人で移ってすぐ、接待で訪れたバァのホステス(25歳だという)とねんごろになった。そう、ソファの上のあられもない女がそれである。

 いくら元は熟女好きだったからって、時間ときが経てば若い女に目移りするのは、悲しい話だが、スケベ男のさがみたいなものだ。

 レコーダーを止めると、田沼はデスクに肘をつき、がっくりと項垂うなだれる。

その姿を見下ろしながら、俺は、

『お前、とことん屑だな』冷ややかな言葉を投げかけた。

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