VOL.5
『ええ、田沼がチーフ(売り場主任のこと)と、不倫関係にあったというのは、僕も知っていましたよ』
待ち合わせた喫茶店で俺の前に座った男は、ごく自然な口調でそう言った。
彼の名前、いや本名はマズイな・・・・仮に青島太郎とでもしておこうか・・・・といい、現在は都内にある某一流出版社で営業の仕事をしている。
かつて田沼伸介と同じ大学に通い、そして同じショッピングモールの同じ食料品売り場でバイトをしていた仲間だった。
『彼はどういう訳か、年上の女性ばかりを好きになる
最初にモーションをかけたのは伸介の方だったが、当然ながらその時は全く相手にされなかった。
『そりゃそうですよね。息子よりも若い男性から”好きです。付き合ってください”と言われたって、まともに受け取る女性なんかいるはずはありませんよ。』
しかし田沼は諦めずに何度も誘いをかけた。元々彼は仕事も真面目にやるし、好感の持てる見かけをしており、彼女も憎からず思っていたのは確かで、
しかし二人が一体いつから男女の関係になったのか、正確なところは知らないと答えた。
(日記にははっきり書かれていたがね)
彼は青島君に”俺、中村チーフと恋人同士になった”と、少しはにかみながら、それでいて得意げに話したという。
『”恋人同士になったってことは、つまり肉体関係を持ったってことか?”僕が
そこで青島君はしばらく黙り、ため息をついた。
『”チーフは既婚者だぜ。それじゃ不倫になるだろう?いくら何でも不味いんじゃないか?”って聞いたんですが、”分かってるよ。でもどうしても止めようがなかったんだ”っていうんです』
そうして時が経つごとに、二人の関係はますますのめり込んで行き、三度ばかり旅行に出かけたことなどを話した。
『で、二人の関係が向こうの家族に露見したことは?』
俺が訊ねると、彼はもう一度ため息をつき、
『ええ、それも聞きました。それで二人で話し合い、夫に打ち明けて、離婚をしてくれるように頼んだというんです。それが上手く行った時、彼は子供みたいに喜んでましたよ。
”僕も就職が決まったしね。彼女と結婚して幸せになるんだ”なんて得意気に喋ってました』
彼の就職先と言うのは、生まれ故郷の神戸で、高校時代の先輩がやっていた貿易会社だそうだ。先輩が彼の知識を買ってくれたという。その後東京に支社を作るので、彼にはそこの責任者になってくれと言われたらしい。
”卒業してすぐに重役待遇だからね。破格だよ。給料もいいし、これなら彼女を食べさせて行ける。運がいいんだな。僕は”そう言って彼は浮かれていたそうだ。
どんな知識があるのか分からないが、大学を卒業したてのひよっこを重役待遇、それも東京支社の支社長だと?
そんな旨い話、信じろという方がどうかしている。
『彼の”知識”って、何のことですか?』
とりあえず俺は聞いてみた。
『ああ、銃についてですよ。彼は昔から銃が好きだったそうで、専門家しか知らないようなことにも詳しかったみたいです。呑み会の時なんか、周りが呆れてるのも構わずに銃器に関する
しかし、その後東京の支社は事情があって畳むことになり、彼は神戸の本社勤務になったそうだ。
銃か・・・・、何でもないことではあるが、俺の頭の中にこの短い単語だけが残った。
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