VOL.5

『ええ、田沼がチーフ(売り場主任のこと)と、不倫関係にあったというのは、僕も知っていましたよ』

 待ち合わせた喫茶店で俺の前に座った男は、ごく自然な口調でそう言った。

 彼の名前、いや本名はマズイな・・・・仮に青島太郎とでもしておこうか・・・・といい、現在は都内にある某一流出版社で営業の仕事をしている。

かつて田沼伸介と同じ大学に通い、そして同じショッピングモールの同じ食料品売り場でバイトをしていた仲間だった。


『彼はどういう訳か、年上の女性ばかりを好きになる性格タチでしてね。つまりは”熟女好き”だったんです。それまでも4~5歳くらい上の女性と付き合ったというのは知っていましたが、まさか自分の母親より年上の女性に惚れるなんて、とても信じられませんでした』


 最初にモーションをかけたのは伸介の方だったが、当然ながらその時は全く相手にされなかった。

『そりゃそうですよね。息子よりも若い男性から”好きです。付き合ってください”と言われたって、まともに受け取る女性なんかいるはずはありませんよ。』


 しかし田沼は諦めずに何度も誘いをかけた。元々彼は仕事も真面目にやるし、好感の持てる見かけをしており、彼女も憎からず思っていたのは確かで、何時いつの間にかデートに応じるようになっていたという。


 しかし二人が一体いつから男女の関係になったのか、正確なところは知らないと答えた。

(日記にははっきり書かれていたがね)

 彼は青島君に”俺、中村チーフと恋人同士になった”と、少しはにかみながら、それでいて得意げに話したという。

『”恋人同士になったってことは、つまり肉体関係を持ったってことか?”僕がたずねると、彼はあっさりと”そうだ”って答えたんです。』

 そこで青島君はしばらく黙り、ため息をついた。

『”チーフは既婚者だぜ。それじゃ不倫になるだろう?いくら何でも不味いんじゃないか?”って聞いたんですが、”分かってるよ。でもどうしても止めようがなかったんだ”っていうんです』


 そうして時が経つごとに、二人の関係はますますのめり込んで行き、三度ばかり旅行に出かけたことなどを話した。

『で、二人の関係が向こうの家族に露見したことは?』

 俺が訊ねると、彼はもう一度ため息をつき、

『ええ、それも聞きました。それで二人で話し合い、夫に打ち明けて、離婚をしてくれるように頼んだというんです。それが上手く行った時、彼は子供みたいに喜んでましたよ。

”僕も就職が決まったしね。彼女と結婚して幸せになるんだ”なんて得意気に喋ってました』


 彼の就職先と言うのは、生まれ故郷の神戸で、高校時代の先輩がやっていた貿易会社だそうだ。先輩が彼の知識を買ってくれたという。その後東京に支社を作るので、彼にはそこの責任者になってくれと言われたらしい。

”卒業してすぐに重役待遇だからね。破格だよ。給料もいいし、これなら彼女を食べさせて行ける。運がいいんだな。僕は”そう言って彼は浮かれていたそうだ。


 胡散うさん臭い話だな。俺は思った。

 どんな知識があるのか分からないが、大学を卒業したてのひよっこを重役待遇、それも東京支社の支社長だと?

 そんな旨い話、信じろという方がどうかしている。

『彼の”知識”って、何のことですか?』

 とりあえず俺は聞いてみた。

『ああ、銃についてですよ。彼は昔から銃が好きだったそうで、専門家しか知らないようなことにも詳しかったみたいです。呑み会の時なんか、周りが呆れてるのも構わずに銃器に関する蘊蓄ウンチクを喋りまくっていましたからね。』


 しかし、その後東京の支社は事情があって畳むことになり、彼は神戸の本社勤務になったそうだ。


 銃か・・・・、何でもないことではあるが、俺の頭の中にこの短い単語だけが残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る