予想外の告白


―――


「……よぉ。悪いな、忙しいのにこんな所呼び出して。」

「別に……」


 俺は座っていたパイプ椅子から立ち上がりながら、たった今入り口から入ってきた辻村に声をかけた。俺を見て一瞬ビクッと体を震わせた辻村だったが、次の瞬間には平静を装って近付いてくる。俺はさっと空中を見上げた。


「ここはいいよなぁ。ずっと昔のままでいられんだもん。ちょっとは色褪せたけど、それがまた思い出を掻き立てるっていうの?あの頃の俺らがあの頃のまま、ずっとここにいる気がする。」


 かつては楽器等があった場所に向かって歩きながら、俺は後ろの辻村をちらっと見た。強張っていた表情が段々と和らいでいってる様子に、俺はホッと胸を撫でおろした。


 ここは前にも来た、昔俺達が使っていた古いスタジオ。ここなら自分の気持ちを真っ直ぐに伝えられる気がして、辻村を呼び出したのだ。俺は一段高くなっているスペースにたどり着くと、足を止めて振り返った。


「俺らさ、あの頃はとにかく売れたくてがむしゃらだったよな。今にして思えば、さ。」

 唐突に語り出した俺を驚いた顔で見ていた辻村も、あの頃を思い出したのか短く鼻を鳴らすと顔を上げた。


「そうだな。」

「今じゃ考えられねぇよな?でもさ、必死だったんだよな。」

 目の前にあの頃の『STAR』の姿が見えた気がして、俺は一度目を瞑った。再び目を開けた時には、既にその幻はどこかに消えてなくなっていたけれど。


 もうあの頃には戻れない、だけど俺達にはこれからがあるじゃないか。俺は両手を力強く握りしめると、辻村を見据えた。


「俺はお前が好きだよ。」

 何の構えもなく、自然に口から出てきた言葉だった。こんな簡単な事だったのかと、こんなにシンプルに伝えられる術があったのかと内心驚きながら、俺は笑っていた。


 あぁ、これで俺の恋は終わる。だけどこの気持ちはこれからもずっと、俺の中にあり続けるだろう。

 終わったからといって、消えてなくなる訳じゃない……


「お前がさ、何を迷ってるのか知らねぇけど、俺だったら大丈夫。お前が思ってるより弱くないつもりだから。」

 辻村の表情の中に感じた『迷い』。ほんの少しの表情の変化にも気付ける程、俺達は近くにいた。自惚れかも知れないけど本気でそう思ってるから。


 だから早く答えを出してくれ。今まで通りの関係に戻る覚悟は、もうできてるんだから……


「……ごめん。」

 不意に聞こえてきた辻村の答えに、俺は長い長いため息を吐いた。

「ありがとな。ちゃんとフってくれて……俺っ…!」

「違うんだ!!」

「え?」

 突然の辻村の大声にビックリして、俺は思わず後ずさった。


「ごめん、仲本……俺ずっと騙してた……」

「騙してたって、何の事だよ?」

「俺に彼女なんていないんだ。」

「………は?」

 間抜けな声が出た。どういう事だ?辻村に彼女が……いない?


「だってお前、マスコミに漏れたって……それに写真も!」

「確かに写真は撮られた。でもその彼女は本当に友達で、相談に乗ってもらってただけで……それにその子にはちゃんと彼氏いるし。」

「…………」


 開いた口がふさがらない、とはよく言ったものだ。まさしく今の俺の状態である。俺は無言で辻村を促した。


「写真撮った記者が社長と仲が良い人で良かった。週刊誌に載せる前に社長に見せたんだ。他の芸能人を狙ってたのが偶然撮れた写真だし、一応って感じで。」

「………」

「それですぐに俺が呼び出されて事情を聞かれた。彼女とは友達で、その子には彼氏がいるから大事にはしないでくれって一生懸命説明したらわかってくれて。だから社長と事務所のスタッフ数人で、この事をなかった事にしようとしたんだ。だけど……」

「俺のマネージャーが余計な真似をした、と……」

「いや!あれはこっちのミスだよ。一枚だけ写真落としちまって……それをマネージャーに拾われて、もうその後はお前の知ってる通りだよ。」

「……なるほどね。」

 知らずに声が低くなっていたのだろう、辻村が微かに肩を震わせた事に気付いて慌てて取り繕った。


「まぁそういう経緯なら、誰も悪くないじゃんか。あの後他のマスコミにバレて騒ぎになるっていう事もなかったんだし。」

「そうだけど……」

 煮え切らない態度の辻村を見ている内に、俺の中にふとある疑問が浮かんできた。


「俺見ちゃったんだよね、お前とその彼女が一緒にいるとこ。」

「え?」

 俺の一言に辻村は焦ったようにパッと顔を上げた。

「相談乗ってもらってたんだろ?そん時もそういう話してたんだ。何の相談?俺には言えねぇ事?」

 あの子は辻村の彼女じゃなかった。その事に俺は心底安心していた。


「……好きな人がいて、どうすればいいのか相談してたんだよ……」

「好きな……人?」

 思いがけない返事に、俺はさっと顔から血の気が失せた気がした。

「その人はとにかく鈍感で不器用で仕事バカで……自分の事より他人の事を気にかけるようなやつで。強がってるけどホントは弱くて。でも人前では絶対涙は見せなくて、そんな姿に俺は……守ってやりてぇなって思うようになって……」

 訥々と語る辻村に、何故か俺は口を挟めなかった。だってその瞳が真っ直ぐに俺を射抜いていたから……


「俺は男なのに……そいつを包んであげたいって、母親のように抱きしめてやりたいって、思っちまうんだよ。どうしようもなく愛しくて、涙が出るくらい恋しくて……お前に愛してもらえたら、どんなに幸せだろうって思っちゃうんだぜ?なぁ?俺って変だろ?」

「辻村……」

 少しずつ近付いてくる辻村が儚く見えて、俺はそこから一歩も動けなかった。



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