問いつめられた結果
―――
「おはよ、仲本君。」
「……はよ…」
カーテンから差し込む朝の陽の光に目をパチパチさせながら起きると、隣にいた晋太が声をかけてくる。俺は短く返事を返すと、枕元に置いておいた携帯に手を伸ばした。
「まだ7時かよ。久しぶりだな、こんな健全な時間に起きたの。」
「ふふ、僕も。普段だったら寝る時間だよ。」
「それはお前だけだよ。」
「あはは!あ、仲本君、朝ごはん何食べたい?」
「何でもいいよ。考えるのめんどくせー」
「……そう言うと思ってましたよ。じゃちょっと待ってて。」
「ほーい。」
「あ、二度寝禁止ね。」
「………」
じとっと睨まれて、寝ようとしていた体を慌てて起こした。
「あんまり材料ないけど、味噌汁くらいは作れるから。」
「……期待して待ってる。」
ベッドからちゃんと起きて洗面所に向かう俺を見た晋太は、肩を竦めたままキッチンへと姿を消した。
「…はぁ~……」
まだ何となく冴えない顔をしている気がして、俺は鏡を見ながら自分の目を擦った。
言っておくが晋太とは何もなかった。ただお互いの心の隙間を埋めるかのように抱きしめ合って、感情の溢れるまま泣いて……
何となくの流れで晋太の家には来たけど、俺はもちろんそんな気になれなかったし、晋太の方も求めてこなかった。
でもたった一言。
『自分の尊厳だけは守りたいんだ』と、あの大きな瞳からボロボロと大粒の涙を流しながら……
「俺って悪い奴だなぁ~」
ボソッと呟く。そして苦笑した。
昔から大事にしてきて、可愛がって可愛がってまるで弟のように思ってきた晋太を、こんな形で傷つける事になるなんて。俺のしてる事はまるで、針のむしろを素っ裸で歩かせるくらい残酷な事だろう。だけどあいつはそれを笑って受け入れて、体が傷つく事さえも厭わない。
でも人間の尊厳は決して忘れないんだ。……俺には勿体ない。
「……うしっ!!」
勢いよく頬を叩くと、ザバザバと音を立てながら顔を洗った。
「仲本君、できたよ~」
「おぅ。今行く。」
そこら辺にあったタオルで顔を拭くと、俺は急いで戻った。
「今日からライブ本番だな。」
「そうだね。」
「武道館ライブは二回目だけどやっぱ緊張すんな。」
「うん。僕実は昨日からドキドキでさ。大丈夫かなぁ。」
「大丈夫だって。お前本番には強いじゃんか。」
「そう?」
こんな何気ない会話がこそばゆくて、だけど何故か心地いい。幸せってこういう事なのだろうかと一瞬考えて、ハッと晋太を見た。晋太は俺の視線には気付かなかったようで、味噌汁を優雅にすすっていたからホッと胸を撫で下ろした。
「仲本君。」
「……っ!…んだよ、急に……」
突然呼ばれて思わずご飯を喉に詰まらせるとこだった。慌ててお茶で流し込む。
「今日大丈夫?」
「何が。」
「辻村君と……会える?」
「……う~ん、まぁ大丈夫じゃねぇけど……何とかなるだろ。」
「だよね。ごめんね、何か変な事聞いて。」
「俺さ、今回の事で俺は自分が思ってるより弱い奴だって気付いたんだよね。だから無理して強くなる必要なんてないって、弱いままでもいいんだって。」
「仲本君……」
俺は一度深呼吸をすると、持っていた茶碗をそっとテーブルに置いた。
「お前らのお陰で気付いたんだ。俺は俺のままでいい。弱くてカッコ悪くて情けなくて?そんな自分でこれからもいようってさ。それが一番俺らしいんだよな。」
言ってる内に段々自信がなくなってきて窺うように晋太を見ると、涙で顔をぐちゃぐちゃにした彼と目が合って驚いた。
「何でおめぇが泣いてんだよ……」
「だって…格好良いんだもん、仲本君……」
「は?……どこがだよ。」
「ぶれないとこも自分に正直なとこも、弱点を美点に変えちゃうとこも。」
袖で涙を拭いながらいつもの笑顔を見せてくれる。俺も噴き出すようにして声を出して笑った。
「でも仲本君。理性だけじゃなくて感情で突っ走る事もアリだと思うよ。貴方はいつもたくさんのものを抱え過ぎてるから。このままじゃいつかガス欠になっちゃう。仲本君が空っぽになったら、僕達はどうしたらいいのかわかんなくなっちゃうよ。」
「晋太……」
「今まで頼り過ぎてきた僕達が悪いんだけど……仲本君は僕達を導く光だから。」
儚い表情の晋太を、不覚にも綺麗だと思った。俺の事を光だと言ったその口もその眼差しも、止めどなく溢れてくる雫の一粒一粒までも……
「……ごめんね…」
『好きになって……』
声にならなかった呟きが悲しすぎて、俺はそっと瞳を閉じて聞かなかった事にした……
―――
武道館の袖で衣装に着替えていた俺は、本番の前に辻村に呼び止められた。
「仲本!……ちょっといいか?」
「何だよ……?」
「いいから。」
あまり話したくなかったが、思いつめたような顔の辻村に強引に空いている部屋に連れてこられた。
「お前さ、今日の私服昨日と同じだろ。」
「……は?」
「それに朝から晋太の香水の匂いプンプンさせてた。」
「お前の嗅覚、犬並みだな……」
「……それに、朝一緒に来てた。たまたまそこで会ったっていうつまんない冗談はやめろよな。」
「……はぁ~…」
心の中で考えていた言い訳を先に言われて、俺は溜め息をついた。
「まぁ確かに晋太んちに泊まったけど……」
「お前!晋太の気持ちわかってんだろ!?」
突然大声を出した辻村を驚いた顔で見ると、怒ってるというより泣きそうな顔で俺を見ていた。
「つ、辻村……?」
「晋太の気持ち利用してんのか?それともお前ら、上手くいったのか?だったらお前が大事にしてるっていう人の事はどうなったんだよ?」
「え、ちょっと待て。いきなりどうしたんだよ?お前らしくもない。」
何だか興奮している様子の辻村の肩に手を置くと、荒かった息が段々静まってきた。そしてそのまま、そこにあった椅子に座り込んだ。
「……見たんだ。昨日お前と晋太が、その……抱き合ってるとこ……」
「……そう。」
見られていた。その事は確かにビックリしたが、今目の前の辻村の様子が心配で俺も近くにあった椅子に腰掛けた。
「で?」
「晋太の気持ち、上手く実を結んだのかなぁ~って考えて、喜ぶべき事なのに何でかその……ショックで…」
項垂れる辻村にさっきと同じように触れたかったけど、何故か手が震えて出来なかった。
「そりゃそうだよな!お前には彼女がいてこの先の未来が待ってる。男同士の恋愛なんてはっきり言って気持ち悪いって思ってんじゃねぇの?」
「思ってねぇよ!何でそうなんだよ!」
「……俺と晋太は何もないよ。ただ同じ悩みを持った運命共同体っていうか……まぁこんな俺の身勝手な思いが、あいつを傷つけてるんだって事はわかってんだけど。」
自嘲混じりに言って辻村を見ると、納得していないような表情で俺を見ていた。
「お前にはわかんねぇだろうな。」
突き放したように言うと、俺は椅子から立ち上がった。
「どこ行くんだよ?」
「もう本番始まるよ。先、行ってるから。」
「おい、待てって!話はまだっ……」
ドアノブを掴もうとする俺に辻村が近付いてくる。俺は思わず体を翻すと、辻村を壁に押しつけた。
「……っ…!」
「じゃあ聞くけど、何で俺と晋太の事お前がこんなに気にすんだよ?お前に関係ねぇじゃんか。」
「そう、だけど……」
小さくなって目を瞑っている辻村を見ている内に、俺の中の何かが音を立てて弾けるのを感じた。
「なぁ?俺の大事な人が誰か知りたい?」
「……え?」
やっと開けてくれたその薄茶色の瞳に向かって、精一杯の低い声で囁いてやった。
「お前だよ。辻村巧海……」
「………っ!」
そして息を飲む辻村を残して部屋を出た。耳許で一言、言い添えて………
『バイバイ……』
廊下にはただ一つ、俺の足音だけが響いていた…………
.
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