第22話


 先生に嘘をついて僕達は再び路上に出た。太陽は少し傾いてはいたがまだ夕暮れが来るには大分先だった。

 ツトムは先生から借りたシャツの匂いが良いのか何度も鼻のところに持って行っては香りを嗅いでにやにや僕の方を見て笑った。

 僕はそれが不快で鼻を曲げるようにツトムを見てはふんと鼻を鳴らした。それを何度か繰り返しているうちに僕達は“シシ”の家の側まで来た。

「ねぇ、兄ちゃん、兄ちゃん」

 勝彦が言う。

「シシの家の近くだけどどうするの?本当に家に寄るの?」

 勝幸は黙って何も言わなかった。

「ねぇ、お兄ぃどうするんじゃ」

 勝彦が自転車を漕ぎ出して勝幸の前に出て、止まった。

 それにつられるように皆が止まった。

 勝彦が心配そうに空を見て、勝幸に言う。

「なぁ兄ちゃん、今日その鳶ケ峰のところまでいけるんか?だってまだその手前の吉野まで来とらんじゃろうが。まだまだ先やから、兄ちゃん、今日は止めて帰ろう」

 僕もツトムも二人の話をじっと聞いていた。

「なぁ、シシの家に行ってゲームしようよ。なぁ?兄ちゃん、あの外人が壁とか壊して上に進むゲームがあるじゃろ。それしようよ」

 勝彦が身振り手振りしながら勝幸へ話す姿を僕とツトムは少し溜息を吐いて見た。

 勝幸は頭を掻きながら言った。

「お前、ゲームがしたいんだけじゃろが。さっき先生に言ったのは嘘じゃど、駄目、このまま一気にスピード出して鳶ケ峰に行くんじゃ」

「鳶ケ峰へ?」

 僕は勝幸へ言った。

「おぅ!」

 そう言うと勝幸は一気に自転車のペダルを漕いで一気にスピードを上げて走り出した。

「お、おい!ガッチ!」

「少し先に山側から鳶が峰の方に抜ける道があるとじゃ。それを使えば吉野を飛ばして一気に行ける」

 そう言って僕もツトムもペダルに足をかけると勝幸の後を追うように走り出した。 

「本当か、ガッチ?」

 息を切らせて僕が言う。

「ほんとじゃ。じゃけど山の坂道じゃからきついどぉ」

 苦虫を噛んだ顔をしてツトムと勝彦がえーと叫んだ。

「根性じゃ、ついて来いっちゃ!」

 自転車はスピードを上げ、僕達は脇目も振らず進んで行く。

 やがて勝幸が左手を出すとその方向に消えた。僕達もあとから急いでその場所へ行き、勝幸の消えた姿を目で追った。確かにそこから一気に山の方へ伸びる林道があった。それはゆっくりと曲がりながら上へと延びてゆく。

「おーい」

 勝幸の呼ぶ声がした。

 勝幸は既に先の方にいる。

 僕達三人はそれぞれ目を合わせると、自転車を漕いでその山道へと入っていった。

「絶対、ゲームの方が良かった」

 勝彦がそういって最後に坂道を上り出した。

 周りの山の緑が段々と濃くなっていくのが分かる。その緑が濃くなる林道を僕達四人の一層濃くなった影が息を切らしながら進んで行く。

 勝幸は昇って来る僕達を待っていて、合流すると一緒に坂道を上った。

 やがて僕達は細い上り坂を左へ曲がった。

 山の中腹まで来ていた。すこし開けたところに陽が差し込んでいた。

 そこで僕達は止まった。

 自転車を道に投げ出すとその開けたところへと進んだ。

 眼下に小さな町が見えた。

 それは間違いなく僕達が生まれ育った町だった。

「ガッチ、一気に来たな」

 ツトムが勝幸に言った。

「ツトム、見てみぃ。丁度真ん中が山川の先生のとこ、それで左に小さく見えるんが吉野じゃ」

 僕は目を凝らして勝幸の言う通りその場所を眺めた。

 確かに山川があって左に吉野が見えた。

「あれは吉野だね」

 その言葉に勝幸が頷く。

 真横に大きな川が流れている。その川を勝幸が指さして言った。

「ナッちゃん、あの川が瓶を拾った広渡川じゃ。じゃからあの川を追えば自然に鳶ケ峰に出る」

 そう言うと勝幸はズボンのポケットから地図を出した。

 皆が集まり地図を覗き込んだ。勝幸が指を指す。

 指さす場所に視線が集まる。

「ここが今いる場所、小松山じゃ。それで本当ならここをぐるっと回っていかないといけないところを、こうしてショートカットしたんじゃ」

 三人の目が勝幸の説明の通り後を追う。

 確かに大きく迂回しないといけないところを、直線でほぼ短縮していた。

「ワープじゃ」

 勝幸が鼻の下で指を掻いた。

「確かに」

 僕は言った。

「でも兄ちゃん、鳶ケ峰はここじゃろ」

 勝彦が指を指す。

 勝彦の指さす場所に再び視線が集まる。

「大分、遠いかじゃないと?」

 ツトムがその距離を指で測る。

 それは親指と小指を伸ばしたぐらいの距離があった。

 僕達が広渡から来た距離はその半分も無かった。

「大分、まだあるね・・」

 僕は勝彦、ツトムをそれぞれ見ながら言った。

「やっぱ、帰ろうか」

 僕は呟いた。

「いや、駄目じゃ。ここまで来たら帰らん」

 勝幸の言葉に皆が驚いた。

「兄ちゃん、何ゆうとるん。鳶ケ峰まで絶対今日中には着かんよ。夜通しでなんて行けっこないし、お腹空くからさ。帰ろうよ」

 勝彦の意見に僕とツトムは同意した。

 ただ勝幸はにやにやしていがぐり頭を触って僕達を見ていた。

「何がおかしいんじゃ?わりゃ大丈夫か?」

 ツトムが訝し気に勝幸に言った 

「飯と泊まるところがあればいいんじゃろ?」

 すると勝幸はポケットから勢い良く鍵を出した。

「じゃーん!!」

 僕達はその鍵を見た。特に何の仕掛けもない普通の鍵だった。

 その鍵を見て反応したのは勝彦だった。

「兄ちゃん、これ父ちゃんの畳工場の鍵じゃろ?!」

 ふふんと勝幸が頷く。

「そうじゃ、実はお父ぅの工場がこの先にあってな。その鍵を今朝黙って取って来たんじゃ。今日は海の側の伊比井まで行くっちゅう言うとったから鍵が無くなったのも分からんかったんじゃろ」

 勝幸が鼻を摘まみながら、指先に引っ掛けた鍵をくるくると回す。

「あそこなら食べ物もあるし、畳の藁もあるし、眠れる」

 思わぬことに僕達はおおと言った。

「それに電話もあるし何かあれば、電話すればいいっちゃ」

 勝幸の用意周到さに唖然として僕達は顔を見合わせた。得意げに腕を組む勝幸の背に夕陽が差し込んできた。

 僕達はそれぞれ顔を見合わすと頷き、夜を明かすことを決めた。

 それこそが僕達が失踪事件を起こす始まりだった。

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