第462話 教育的指導

「ルタ、目に癒しを掛けても良いですか?」


 昨夜の話が合って、ルタとマーティンが奴隷解放されることが決まり、それからルタもウイルバート・チュトラリーたちへの仕返しに参加してくれることも決まり、私はまずルタの目を治さなければと思い至った。


 朝、いつものように大豚ちゃんのお世話に参加してくれているルタに声を掛け、傷ついている右目に癒しを掛けさせてもらえないかとお願いをした。けれどルタの顔は渋いものだ。昨日の事が有ってからルタは表情が良く出て居る。今まではチェーニ一族特有と言える無表情だったのだが、昨日感情を爆発させたことで、もう私たちに気持ちを隠す気は無い様に思える。それだけ私たちを信用してもらえたのかもしれない。同じ敵に立ち向かうという共通の目標があるのも大きいだろう。ルタが心を開いてくれたことがとても嬉しい。


「ララ様……有難いお話ですが……この傷は自分への戒めでもあるのです……」

「戒め?」

「ええ、私のせいで家族は命を落としましたから……」


 ルタは自分のせいで家族が亡くなったと思っている様だけれどそれは違うと思う。チェーニ一族の者が幸せになってはいけないと思う事がまず間違いだ。きっとルタの家族もそう思っていた事だろう。けれど子供の頃からの教育が未だにルタの心を縛り付けているのだと思う。チェーニ一族のあり方には怒りしか沸いてこない。いずれガサ入れするのは決定事項だ。絶対にこんな心の自由を奪うような事は許したくはなかった。


「ルタ、本当の敵を間違えてはいけないと思いますよ」

「……本当の敵ですか?」

「そうです。悪いのはルタではなくコナーです。そして命令を下したウイルバート・チュトラリーでもあります。今の状態で彼らに勝つことが出来ますか?」


 コナーの実力は私も良く分かっている。彼は誰かを殺めるのに戸惑うことは無い、それが一番恐ろしいところだ。能力はセオだって負けて居ないし、ルタだってかなりの実力者だ。それでも人を殺めることには戸惑うし、私も主としてそんな事は命令したくない。けど彼らは違う、自分以外は人とは思って居ない様な状態だ。そんな彼らと相対した時、実力を出しきれない状態のルタが彼らを倒すことは難しいと思う。


「ルタ、私は完璧な勝利を目指しています」

「……完璧な勝利?」

「そうです。私たちの誰も傷つくことなく彼らに勝って、あちらが一番悔しがるような勝ち方が完璧な勝利です。彼らも簡単には死なす事はしません。一番屈辱的なのは反省させる事でしょう。だからこそお尻ぺんぺんの刑なのです」

「フッ……」


 ルタは思わず笑いが込み上げたのか、口元を隠し、顔をそらした。肩が少しだけ揺れているのを見ると笑って居るのだろう。セオの様に感情が出て居ることが嬉しくなる。きっとルタは元々家族の前ではこうやって良く笑う人だったのだろう。それが分かっただけでも私には収穫だ。

 チェーニ一族の出身者が皆コナーの様ではない事がこれで良く分かる。キランやセリカもそうだけど、皆とても優しくていい子達だ。きっとチェーニ一族を出た時に良い主に出会って居れば、ここ迄苦労することも無かったと思う。

 それでも今こうして笑顔を浮かべることが出来ているのだから、これから育つチェーニ一族の者の未来には希望がある。出来るだけ早くチェーニ一族の村に行きたい。大切なセオの為にも彼の血縁にあたる人達を救いたいとそう思った。


「ララ様、では私の目を診て頂けますか?」


 ルタはそう言って優しく微笑んだ。その笑顔は少しだけセオに似ていた。

 同じチェーニ一族だ。セオもキランもセリカも多かれ少なかれ血は繋がっているのだろう。似ている部分がある。

 私もレチェンテ国の王であるアー君たち家族とは少しだけだけれど血がつながっている。それにウイルバート・チュトラリーともだ……。

 これが運命なのか何かのは分からない、けれど、誰かの未来の幸福を他人が壊すような事だけは止めたいと思う。それが神様から任されたことのような気がした。




 朝の準備が終わり、ルタの所へと向かった。

 今日もルタはアダルヘルムの補佐の仕事をしている。アダルヘルムが居てくれた方がルタの目を治すのには丁度いいだろう。いてくれるだけで安心できるし、癒しの掛け方も見て居てもらえる。お母様みたいな熟練の腕前は無いけれど、それでも随分様になって来たと思う。自分で言うのもなんだが繊細な魔法が苦手な私にしては凄い成長だと思う。アダルヘルムにも見て貰って私の頑張りを認めてもらいたいところだ。


 背の高いルタの目を診るので、ソファーへと腰かけて貰い、ふさがってしまった瞳をジッと見つめた。左目と同じ紺色の瞳は動くことは無い、けれど美しさは失って居ない気がした。剣さばきが綺麗だったことも関係しているのだろう。傷を付けたコナーの腕が良いことが幸いしたのかもしれない。まさかコナーに感謝する日が来るとは思わなかった。


「マーティンのケガよりも簡単に治りそうですね」


 目を閉じて貰い、ルタの瞼の上に手を置き集中して癒しを掛けた。

 徐々にルタの瞼は熱を持ち、体全体がキラキラと輝いている。じっくりと強く治れと傷口に命令しながら、ゆっくりと時間を掛けて癒しを掛けた。

 もう大丈夫だろうと手を離せば、鼻筋から目じりへと延びていた傷も消え、ルタの綺麗な顔がハッキリと分かった。


「ルタ目を開いてみて下さい……どうですか? 見えますか?」


 ルタは閉じていた瞼をそっと開き、アダルヘルムの執務室の中をゆっくりと確認するかのように見渡した。そして最後に私に視線を送ると、良い笑顔を見せてくれた。


「ララ様、有難うございます。とても良く見えます。それに以前よりずっと周りが綺麗に見える気がします……」


 何故だかそう言ったルタがとっても愛おしく感じて私はぎゅっと抱き着いた。

 ルタはそんな私の突然の行動にも驚くことなく、優しく背中を撫でてくれて、何度もお礼を言ってくれた。気が付くと私の目からは涙が零れて居た。ルタの事が大切だとハッキリと自分でも分かった気がした。


(もしやこれが初恋?)


 そう思った事は暫くは皆に黙っていようとそう思った私なのだった。




 私が治したルタの目をアダルヘルムにも診察してもらい、大丈夫だと太鼓判を貰うと、やっとホッと出来た。ルタはコナーが浮かべる様な冷たい笑顔とは違い、穏やかな優しい笑みを浮かべて居る。セオに似たその笑みを見るとやはり恋なのかドクンと胸が鳴った。きっとセオも将来はルタのような素敵な男性になる事だろう。母親代わりとして今から楽しみだ。


「ララ様、私もララ様に見て頂きたいものがございます」


 ルタの事が落ち着くと、アダルヘルムから声を掛けられた。

 私は頷くとソファーへと腰かけ、クルトが入れてくれたお茶を味わいながらアダルヘルムの話の続きを待った。アダルヘルムはゆっくりと立ち上がると、窓辺で日向ぼっこをしている沢山のスライムたちに声を掛けた。


「スライムたち、ララ様にご挨拶をする、順番に並べ」


 アダルヘルムの声を聞くと、寝ていたはずのスライムたちは一斉に飛びあがり、「キュッキュー」とか「クックゥー」と言いながら私の前へと一列に並んだ。研究所に居るオクタヴィアンやヨナタンがお世話しているスライムたちとは違い、色別に並び、その上小さい順にも並んで居る様だった。


「スライム、番号!」

「キュ」

「キュ」

「クゥ」

「クゥ」

「グゥ」


 スライムたちは自分の並んだ番号をたぶん言いながら、ピョンと一つ飛んでいて、まるで自分が何番なのか分かって居る様だった。それにアダルヘルムの事を鬼教官……ではなくリーダーだと認識しているようで、アダルヘルムの行動をしっかり見て居る様だった。


(怖い……アダルヘルムが怖い……研究所のスライムたちと全然違う……どうやったらここ迄教育出来るんだろう……)


 少しだけアダルヘルムに恐怖を感じながら、スライムたちが番号を言い終わるのを待った。ここのスライムたちは研究所の子達と違って体つきがスッキリとしている、アダルヘルムに鍛え抜かれて居ることが見ただけで良く分かった。


「スライム、ララ様に挨拶!」

「キュッキュキュー」

「クッククゥー」

「……あー……スライムさん、こんにちは……皆とってもいい子ね、ご挨拶が良く出来たので魔力を少し上げますね」


 どうして良いのか分からず、取りあえずスライムたち皆に癒しを掛けてあげた。スライムたちは大縄跳びを飛ぶかのように一列に並んだまま綺麗に飛びあがると、「キュッキュッー」「クックゥー」と口々にお礼を言ってくれた。多分だけどね……


「ア、アダルヘルム……この子達の成長は素晴らしいですね……他にはどんなことが出来るのですか?」


 アダルヘルムは少し自慢げな表情で頷くと、スライムたちが出来る仕事を教えてくれた。

 計算は勿論、食器洗い、それに掃除まで出来る様だ。ルタも一緒にスライムを指導してくれたようで、石を使ったり葉っぱを使った簡単な攻撃まで仕込んだらしい。

 セオは目を輝かせてそんな話を聞いていたけれど、ハッキリ言って私は少しだけ恐怖を感じていた。研究所でみたスライムたちは自由気ままといった言葉が似合うような様子だった。特にマルコのスライムなんかはもう主のようで、マルコが下僕と行ったところだろう。


 指導する人間が違うだけでここ迄成長が違うとは……アダルヘルムだけは敵には回したくないと、改めてそう思った瞬間だった。


「マトヴィルの所にも何匹か向かわせて料理を教え込んでいます。スライムには手足はございませんが、刃物を体に埋め込み切ったりは出来るようです。ただ熱には弱いのか火の側には近づこうとはしませんので、それ以上は望めないかもしれませんが」

「……凄いですね……」

「ええ、皆凄い子達ばかりで教えがいがあります。私の指導にも生き生きとしてついて来ておりますので……今後はベアリン達やスター商会の護衛に一人ずつスライムを付け、共にララ様をお守りさせたいと思っております。それとセリカの代わりにいずれはウエルス商会とテネブエラ家の偵察に向かわせたいかと思っております」


 フフフ……とドヤ顔で微笑んだアダルヘルムの笑顔に恐怖したのは私だけだった様だ……。

 セオはもうスライムたちにメロメロだし、クルトはセリカの名が出たのでスライムたちに感謝の目を向けていた。アダルヘルムとルタは今後のスライムの教育方針を相談し始め、私の怯えた心は置いてきぼりになった。


 ウイルバート・チュトラリー、そしてコナー……貴方たちは決して回してはいけない人を敵にしてしまったようですよ……お気の毒に……。


 本気でそう感じるぐらいの恐怖を味わう日となった。



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