第454話 ディープウッズ家での生活②

 ルタは拾った小石にそっと魔力を流すと、私たちに「行きますね」と言ってから強固な結界魔道具で結界が張ってある壁へ向かってその小石を投げた。

 するとルタが軽く投げたはずの小石は凄いスピードで結界に向かって飛んでいき、あんなに小さな石だったのに大きな後を立てて壁に激突した。

 間近で見ていた私とセオは勿論の事、他の人達も音に驚きこちらへ振り返った。その中でアダルヘルムとマトヴィルは感心したような表情だ。


 ルタは皆のそんな様子を気にすることも無く今度は木の葉を一枚ちぎり、セオに剣を使って切りかかって来るようにとお願いをした。

 セオは頷き、ルタを真似てか「行きます」と言ってから剣を振りかざした。ルタはセオの鋭い剣を葉っぱ一枚で軽く受けてしまった。勿論セオは本気では無いが、それでもセオが自ら磨いた剣はかなり切れるものだ。いくら魔力を流しているからとはいえ普通の人は葉っぱ一枚で受け止められるような物ではない、それだけルタの能力が凄いという事だろう。


 ルタは次に自分の髪を一本抜き、葉や小石と同じように魔力を流した。するとルタの長い髪は凄く細い針のような状態となった。これで刺されたらケガでは済まないだろう。

 ルタはまた「行きますね」と言ってからその針の様になった髪も小石と同じように結界の壁に向かって投げた。すると鋭い針となった髪は結界の壁に突き刺さった。今日使って居る結界はオクタヴィアンが強力にしてくれた物で、私の魔力玉でも簡単には壊れなものだ。

 その結界魔道具に、いとも簡単に針を刺してしまえるルタの凄さには感服した。アダルヘルムとマトヴィルが皆との練習の手を止め、感心した様子で私たちに近付いてきた。ルタの攻撃に興味がある様だ。当然の事だろう。


「ルタ、凄いですね。結界を通してしまうなんて……」

「いえ、細いからこそ、そして髪だからこそ結界を通ることが出来たのだと思います」

「そうなのですか?」

「はい、髪には魔力が多く蓄えられているといいますし、何よりも細いですから結界でさえ物と認識できていないのでしょう。私の実力ではございません」


 ルタはそう言うけれど、同じ事をしろと言っても出来る人はこの世界には少ないと思う。まず大雑把な私には無理だと思うし、マトヴィルも同じだろう。アダルヘルムとセオならば訓練すれば分からないけれど、そう簡単にはできない気がする。やっぱりルタはそれだけ優秀と言う事だ。

 だからこそ何故奴隷落ちしたかが気になる。それにこれだけのことが出来るルタに怪我を負わせた人物の事もだ。ルタに無理矢理聞く気にはならないけれど、過去の事をいつか聞ければいいなと思う。そう本当の家族になれた時に……。






 ルタに実力が良く分かった練習を終え、そして身支度を整え、その後朝食を終えると、先ずはマーティンの所へと向かった。


 昨日からメルキオールはマーティンの部屋で付きっ切りで看病している。ドワーフ人形達が交代しようとしてくれてもそれを断って傍に居たようだ。スター商会の護衛の仕事の方は、リアムがメルキオールの当番を調整してくれて暫く休めるようにしてくれたらしい。王都店の方はニールが暫くリーダーの代わりを務めてくれることになった。

 ただまだ元星の牙のメンバーにはマーティンの事を話していない。話せば皆心配で飛んでくることは分かっていたが、メルキオールとリアムと相談のうえ、本人がどうしたいか判断できるまでは皆には会わせない方が良いだろうという事になった。

 体が弱っている所を元の仲間であり、そして友人でもある彼らにマーティンが見せたいとは思えないとメルキオールは言って居た。それにマーティンは奴隷落ちもしている。きちんと話が出来るようになるまではそっとしておいた方が良いだろう。心も弱っている状態なのだから。


「メルメル、マーティンの様子はどうですか?」


 そっとノックをしてマーティンの部屋へと入っていくと、メルキオールはマーティンのベット脇に座っていた。私達が来た事に気が付くとそっと立ち上がり、話が出来るようにと廊下へと出た。マーティンを起こしたくは無い様だ。


「メルメル、マーティンはどうですか?」

「はい、昨夜は悪夢を見るのか魘されて居ましたが、アダルヘルム様が朝に薬を下さってからは夢も見ずぐっすりと眠れているようです。それに後でポーションの点滴もして下さるそうです。ただまだ食欲はあまりないので、もう暫くは仕事も出来そうにないのですが……」

「メルメル、仕事の事は気にしなくて大丈夫ですよ。先ずはマーティンの体調を戻すことを優先しましょう。マーティンはもう私達の家族ですからね」

「……はい、ララ様、有難うございます」


 メルキオールは泣き出しそうな、それでいて悔しそうな、そんな複雑な表情で頷いた。

 それだけでメルキオールが自分を責めている事が分かる。マーティンが先ずは元気にならなければメルキオールの心は晴れることは無いだろう。マーティンはあれだけ弱っているし痩せて体力もなくなっている、それに足のケガだ。歩くのも困難なほどだ。

 きっと怪我したまま放置されていたのだろう。奴隷ならば使い捨てだ、十分にあり得ることだと思う。マーティンは騎士だから奴隷に落ちても最初は値の張る奴隷だったのだろう。それが怪我をした今こうやって捨てられるような値段で売られることになってしまった。人間として扱われていない奴隷に凄く胸が痛んだ。


「メルメル、マーティンの足の怪我は体調が落ち着いてから見ますからね。ジックリ癒しを掛けて少しずつ良くしていきましょうね」


 何度も頷き泣き出しそうなメルキオールと分かれ、今度はディープウッズ家に戻って来たばかりのセリカの元へと向かう。セリカは随分体調も良くなり、最近はオルガとアリナの手伝い程度の仕事をしている。本人は早く自分の仕事に戻りたいようだが、今はまだ無理はさせたくないので暫くはディープウッズ家の屋敷でゆっくりさせたい。それにコナーの動きも分からない今、顔バレしたセリカを外に出すのは危険だろう。セリカの安全を優先したいと思って居る。


「ララ様、おはようございます。わざわざ私の部屋まで来て下さったのですか?」


 セリカは身だしなみを整え終わっていて、可愛いフリルのエプロンをつけ、オルガとアリナの手伝いへと向かう所だった様だ。最近良く見られる控えめな笑顔には、私に心配されて少し恥ずかしそうな表情が浮かんでいる。きっと今迄怪我をしても病気をしても誰も看病なんかしてくれなかったのだろう。慣れて居なくて恥ずかしがっているセリカの姿は、私にはご褒美だった。


 セリカ可愛い……


 セリカの部屋のソファーへと腰かけると、窓辺にある一輪の花が気になった。ディープウッズ家の庭に咲くその花はアリナが丹精込め育てた花たちで、一輪挿しの花瓶に入れられ色とりどりに美しさを競って居るかのようだった。

 きっとアリナがセリカの為に毎日届けてくれているのだろうなと思ったら、何だかクルトが少し赤い顔になっていて、しかも私と視線が合うとサッと逸らされた。

 余りにも不審な動きにこれはもしやと思い、心の中でニヤニヤしながらセリカに質問してみる事にした。


「セリカ、お花可愛いですね。どうしたのですか?」

「ええ、窓辺のお花ですか?」


 セリカは私たちにお茶を出してくれながら、一輪挿しの花たちを愛おしそうに眺めた。あまり表情が出なかった出会ったころとは違い、今は嬉しい事がすぐに分かる。それだけでセリカが花たちを可愛がっている事が良く分かった。


「こちらはクルトさんが毎朝のお見舞いの際に持ってきて下さったの物です」


 そう言ってセリカが少しだけ頬を染めると、クルトはハッキリと分かる程の真っ赤な顔になっていた。これは恋をして居ることは確実だろう。またまた心の中でニヤリと笑った。


「クルトは毎日お見舞いに来てたのですか?」

「えっ? ええ、ララ様の代わりだと仰って毎朝来てくださいました。お花は私の心が癒されるようにとアリナさんにお願いして下さったそうで、本当に嬉しかったです」

「……なる程……私の代わりにねー……」


 確かにおもちゃ屋さんの開店の準備や、コナーの件があって、私は毎日はセリカの顔を見に来ることは出来なかったかもしれない。でもそれでもアダルヘルムにセリカの様子は聞いていたし、食事の際は顔を会わせてもいた。それに女性であるセリカの傷口を見たのも私だ。

 だけどセリカを一番にはしていなかったかもしれない……親としてクルトに負けた気分だ。


 別室でセリカの傷跡を見せてもらい、問題ない事を確認するとセリカと分かれ部屋を出た。

 ずっと赤い顔のまま黙っているクルトを連れて、今度はルタの部屋へと向かう。

 クルトは既にいい大人だ恋路を邪魔する気は私にはない。献身的に私に仕えてくれていたクルトに好きな人が出来ることはとても良いことだと思う。今までは大事な人は作れなかったと言って居た。それは生活が安定して居なかったこともあるが、クルト自身の危険な立場に相手を巻き込みたくなかったのが大きかったのだろう。それにそこまで好きな相手にも出会わなかったのかも知れない。

 セリカの事も失いそうになったからこそ気持ちに気が付いた可能性もある。そうでなければクルトは気持ちを抑え込んでしまいそうだものね。


 ルタの部屋へと着いたがルタは部屋にはおらず、ディープウッズ家のあちこちを探し回った結果、アダルヘルムの執務室に居た。

 昨日奴隷市から購入したばかりだというのに、ルタは前からこのディープウッズ家にいたかのようにアダルヘルムの仕事の手伝いをしている。どうやら事務仕事でも優秀なようだ。

 そんな優秀なルタをあんなにも安い値段で購入できたことは奇跡に近いだろう。そう言えばジュンシーにルタを買いたいと私が言った時に『お目が高い』と言って居た気がする。ジュンシーはここ迄ルタがハイスペックなことに気が付いていたのだろうか。もしかしたら密かに鑑定を掛けて居た? ううん、あの場では無理だと思うのだけど……でも闇ギルドのギルド長であるジュンシーならば見抜いていても不思議じゃない気がした。


「ララ様、闇ギルド長殿は先程帰られました。ララ様にご挨拶をしたかったようですが、本日もお仕事のようでしたので、メルケとトレブに無理矢理馬車に詰め込まれておりました。今度またゆっくりこちらに来たいそうです」


 ジュンシーは本来我が家に泊まる予定はなかったのだ。テゾーロとビジューの事も気になったのだろう。お見送りはできなかったけれど、朝も顔を会わせているし、朝食も一緒に摂ったので問題無いだろう。

 きっと本当はまた地下倉庫に行きたかったに違いないが、そこは仕方がない。闇ギルドのギルド長なのだ仕事優先だろう。


「それからリアム様はランス殿が先程来られて引っ張って行かれました。仕事が立て込んでいるようで、ランス殿はピリピリしていらっしゃいましたよ」


 フフッとアダルヘルムは少し笑いながら教えてくれた。きっとリアムが引っ張られていく姿は面白かったのだろう。想像が付くだけに気の毒でしかなかった。でも仕方がない。間もなくおもちゃ屋さん開店だ。リアムが忙しいのは当然なのだからね。


「ララ様、ルタを探していたという事はもしかして彼の目の事でしょうか?」


 アダルヘルムの問いに頷くと、ルタは仕事の手を止め私の事をまたジッと見つめた。ルタの気持ちはまだ読むことは出来ないが、ルタのに見つめられる事は嫌ではない。それが答えだと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る