第411話 酒場でエステ

 アリーチェの娘であるデイジーにカッコいいと褒められて満足していると、急に魔法を掛けられて綺麗になった三人が驚きながらも私に声を掛けてきた。皆中々の美人さんでこの国で一般的な茶色の髪をして居る。年の頃はビルとあまり変わらないぐらいだろうか、二十歳前後に見えた。


「あ、あの……貴女が聖女様ですか?」


 緊張気味の中、一番年上らしい女性が私に声を掛けてきた。

 ブルージェ領で噂の聖女だからか、はたまた洗浄魔法を掛けたからか、三人からは尊敬するような眼差しを向けられている。

 そして可愛いデイジーも私のことを同じ様な瞳で見つめていた。今まで聖女と言われるのはあまり好きではなかったけれど、今日は神様に感謝したくなる日だった。聖女最高!と


「初めまして、この街では聖女と言われているようですが、私はスター商会の会頭のララです。今日はエステのサービスに参りました。宜しくお願いしますね」


 ニッコリ笑って挨拶をすると、聖女フィルターがかかっているからか、皆頬を染めながらコクコクと頷いてくれた。デイジーは私の手を取りニコニコ顔だ。とっても可愛い。もう今日はこれで十分に幸せな一日だったと言えるだろう。


 物音に気が付いたからか、雨漏りの場所の案内が終わったからか、アリーチェが二階から降りてきて彼女たちを見つけると慌てた様子で駆け寄って来た。席を外していた間に彼女たちが到着して私と向かい合って居ることに驚いたのだろう。申し訳なさそうにして居た。


「ごめんごめん、皆濡れてない?」

「あ、アリーチェさん、大丈夫です。こちらの聖女様に今魔法をかけて貰ったの、だから濡れてないわ」

「おかーさん、あのねー、ララおねえちゃんすごかったんだよー。かっこよかったのー」


 興奮気味にさっきの魔法の事をアリーチェに伝える可愛らしいデイジーを見ながら、私は大満足していた。デイジーの尊敬を一心に浴びていたからだ。オルガとアリナに鍛えられていて良かったと思う、鉄壁のレディスマイルが無ければきっと今頃鼻の下が延びてデイジーに嫌われていただろう。


 アリーチェが三人の女性を紹介してくれた。

 皆この店で働いている従業員でシンディ、チェルシー、コーデリアと言う名前らしい、近所に住んで居てこの店で通いで働いて居るそうで、今は皆親も無く、自分たちで生活して居るそうだ。女性が一人で生活していくのはこの世界では大変な事で、今のブルージェ領なら何とかなるだろうが、以前の不況だった頃のブルージェ領では苦労していたと思う。

 皆アリーチェが拾ってくれたからブルージェ領が不況の最中も生きてこれたのだと笑顔で答えてくれた。とっても感謝して居る様だったし、強い人達だと思った。


 アリーチェ自身も不況の時期は大変だったようだ。

 店も高位の警備隊員達が来たりすると、お金を払わずに飲み食いして出て行ってしまうとこもあったり、丁度デイジーを妊娠していた時期だったこともあって、苦しい生活だったのだそうだ。

 頼りにして居た旦那様はその頃流行り病で亡くなったそうだ。この三人がいてくれたからアリーチェも一人で子育てしながらも何とか生きてこれたのだと話してくれた。これまでお互い助け合ってきたのだろう。


 そんな苦しい時にイライジャから情報を集める仕事の依頼を受けたらしい。

 仕事的には自分の店で見聞きしたことをメモして伝えるだけで良かったのでそんなに大変だったわけではないそうだ、最初の頃は給料をもらうのも申し訳ない気持ちになっていたようだ。


「イライジャさんにね、情報は商人の命だって言われてね、十分に金を貰うに値するものだって言われたんですよ」


 それからは情報収集の仕事意識が芽生えて、出来るだけ多くの情報を集めようとしてくれているらしい。イライジャはアリーチェが苦しい時の恩人の様だ。良い関係らしい。





 話を終えると早速エステに入ることにした。

 セオやクルトそれにルベルの男性三人は、雨漏り作業が終わったら二階のリビングで待機しておくようにとアリーチェが命令を出してくれたらしい。確かに成人男性にすっぴん顔を見られるのは皆さま嫌だろう。そこは私だって乙女だ気持ちは良く分かった。


 デイジーには皆がエステをしている間ひまだろうと思って、ドールハウスを出して上げた。

 小さな熊やウサギの人形も出して上げると、目をキラキラと輝かせて私の事を見てきた。そして「ララおねえちゃんだいすき!」という最高級の褒め言葉まで頂くことが出来た。修行を頑張っているだけあって魔力を放出させなかった自分を褒めてあげたい。よく我慢したものだ。


 女性皆に化粧を落として貰っている間に、私はエステ魔道具を出していった。

 店内には沢山のテーブルがあるので、一人が一つのテーブルでエステ魔道具が使えるようにしていく、そしてすっぴん美女達が戻ってきたら早速作業開始だ。


 皆気になるところは一緒のようで、夜遅くまで働いているため、どうしても肌に疲れが出てしまうそうだ。それに隈や吹き出物、それから手の荒れも気になるそうだった。

 私は一人一人話を聞きながら顔のマッサージをしたり、合う薬を出して上げたり、ハンドクリームや化粧品を出して上げた。一時間もすると皆顔や手もつるっつるのピッカピカになった。セオでは無いけれどまさにエンカンタドルグレッグの肌の様だった。潤いが合って美しい。


 エステの後は皆の髪をセットすることにした。

 化粧は各自自分で行う。私が出したスター商会の新しい化粧品を試したくってウズウズしているようだったのでそうすることにした。皆鏡の前で楽しそうにメイクをしていて少女のようで可愛らしかった。気に入って貰えてスター商会の会頭としては大満足だ。


 その間に大人しくドールハウスで遊んでいたデイジーの髪も可愛く編み込んでいった。

 ディープウッズ家の養い子であるリタやアリスは、もう自分の事は自分でなんでも出来るようになってしまった為、小さな女の子を構えるのは本当に楽しかった。ミリーやミアの子供であるステラやリリーは編み込めるほどまだ髪の量が無い。なのでデイジーは今日の私の癒しだ。とっても可愛い。


「ララおねえちゃんすごーい、デイジーもおひめさまみたーい!」


 鏡の前でくるくると回転しながら自分の姿を確認するデイジーはとーっても可愛かった。

 孫がいたらこんな感じなのだろうか……アリナが早く結婚して子供が出来ないかなと期待してしまった。例えオクタヴィアンに似た女の子だってアリナの子供ならきっと可愛いだろう。出来れば見た目はアリナかマティルドゥに似る事を期待したいところだけど、そこは神様にお願いしておこう。


「ララ様有難うございました! 何だか私達別人みたいだわ!」

「本当に! 毎日こんな自分でいたいわー」

「分かるー、艶々よねー」

「この髪型もよ、私にはこんな編み込みなんて無理だわー」


 皆に喜んで貰い満足して居ると、雨漏りをとっくに直し、休憩を十分に取ったであろうセオ達も見計らったように一階に降りてきた。

 ルベルは普段よりも美しくなった女性陣を見て大騒ぎしている。


「すっげー、皆滅茶苦茶綺麗っす! 俺、惚れ直したっすよー!」


 そしてセオ達も褒めようとしたところで店の入口が開き、数人の男性がびしょびしょ状態で入って来た。セオがエンカンタドルグレッグの名を出したり、クルトが黙っていれば美しいとか言わないで済んで私的にはホッとしていたが、アリーチェは慌てていた。

 今日は土砂降りの雨だから客が来ないと踏んでいたのだろう。それもまだ飲むには大分早い時間だ。準備も何も出来ていなくてもしょうがない事だった。


「すまねー、スゲー雨でよー、野営出来ねーんだ、暫くここで時間潰させてくれねーか?」


 入って来た男性陣は冒険者のようで5人ほどいた。

 どうやらお金があまり無いため宿屋に泊まらず野営予定だったらしいのだが、この雨でテントも張れなくなってしまったらしい。他の店は雨だという事で休みにしてしまっている店が多く、やっとここにたどり着いたようだ。

 私は店内が汚れてしまう事を考慮してクルトの陰に隠れてサッと五人に洗浄魔法を掛けた。

 なぜなら男性陣はバケツをひっくり返したよりも酷いびしょ濡れの状態で店に入ってきたのだ、折角雨漏りを治しても今度は床が水浸しになってしまう。

 男性陣は急に自分たちに魔法が降りかかって驚いてはいたが、そこは癒しの街と言われるブルージェ領なので、感動はしてもそれ程驚いてはいないようだった。私もホッと一安心だ。


「アリーチェさん、私も手伝うのでお店開きましょうか?」

「でも……そんなララ様に……」

「大丈夫ですよ、私は料理を担当するので、早速おつまみを作りますねー」


 折角アリーチェ達を磨き上げたのだ。お客様に見てもらって美人ぞろいだと褒めて貰いたい。

 ルベルは勝手知ったると言った様子で、五人の冒険者たちを席へと案内していた。私は先ずは雨で冷えただろうと、男性陣に熱燗を出した。これは雨の日サービスだと言って意見を聞いて欲しいとアリーチェ達にお願いをする。冒険者達は大喜びだった。


「うわー、何だこの酒! 初めて飲むぜ!」

「ブルージェ領は酒が上手いって本当だなー」

「それは俺の店のスター商会の商品っすよ、良かったら買いに来てくださいっす」


 ルベルは何故か冒険者たちと一緒に座り、乾杯しながらもスター商会の宣伝をしていた。冒険者達は金が入り次第購入すると大騒ぎで、相当気に入ってくれたようだ。調子に乗った私はついでにレッカー鳥の焼き鳥とホットウイスキーも出して上げた。雨にあれだけ濡れていたのだ。温かいお酒が良いだろう。


 それからはシンディ、チェルシー、コーデリアの三人が注文を受けてアリーチェが厨房に立ち料理をした。ルベルは冒険者たちと盛り上がってしまったので、このまま店に残ることになった。後で辻馬車を使ってスター商会の寮に戻るそうだ。寝る場所は絶対に寮の布団が良いらしい。スター商会の布団はふかふかなので一度使ったらもう他のものは使いたくないそうだ。意外とルベルは繊細なのかもしれない。


 アリーチェ達に別れを告げ私とセオとクルトは帰ることとなった。

 雨のせいもあって、外はすっかり真っ暗だった。まだ酷い雨は降り続いているようで、冒険者の人達は夜が明けるまでこの店に居続ける気だろうとアリーチェが話してくれた。良くある事らしい。


 別れ際、デイジーが目をウルウルとさせて私を見つめてきた。


「ララおねえちゃん帰っちゃうの?」


 と可愛い言葉まで頂いてしまった。

 寂しそうなその様子を見ると残ると言いたくなったが、さすがにそれは出来ないだろうと、変わりにデイジーをぎゅっと抱きしめた。デイジーは私の胸に顔をうずめながら抱きしめ返してきた。

 もう可愛すぎて胸がキュンキュン五月蠅くって、心臓発作が起きそうなぐらいだった。クルトに肩ポンされなければ危なかっただろう。よく我慢できたものだ。


「デイジー、また遊びに来るからね。デイジーもスター商会に遊びにおいで」

「うん! ぜったい行く! おかーさんといっしょにララおねえちゃんにあいに行くね!」

「ララ様、有難うございました。またお礼に伺います」

「はい、待ってますね。あ、ルベルの事を宜しくお願いしますね」


 ルベルの名を聞いてアリーチェは苦笑いになりながらも頷いてくれた。


 私達は手を振ると馬車を出発させた。

 酒場でのエステはとても楽しい物になった。是非また来たいものだ。

 特にデイジーに会いたいしね。訪問エステは私にとって有意義な時間となった。またいつか今度は夜の時間に酒場に来て来たいと思う。楽しみだな。


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