第十二章 スター商会王都店と闇ギルド

第385話 真夜中のお客様

「ラ……起き……ララ、起きて、ララ」

「……うん? セオ、どうしたの?」


 スター商会王都店開店前日を迎えようとする真夜中に、ある一通の手紙が私の元へと飛んできた。


 私はセオの温もりを感じながら、スター商会の王都店に沢山のお客様が押し掛ける良い夢を見ていた最中で、セオに起こされた時には一瞬、スター商会にいる様な気持ちになっていた。


 だけどセオの声で目覚めてみれば、そこはディープウッズの屋敷の中で、それも見覚えのある自分のベットの上だった。セオは紙飛行機型の手紙が届いた事に、私と一緒に寝ていたはずなのに気が付いた様で、セオの探査能力の凄さを改めて感じた私だった。


 届いた手紙は白色の普通の紙飛行機だったので、緊急では無いようだけど誰だろ? と思いながらランプの灯の下、セオから渡されたその手紙を開いてみた。


 中には整った綺麗な文字で、驚く事が書いてあった。


『クルト・ディ・ウッズ様、並びにラーラ様、先日お世話になりました、ウエルス商会王都店店長補佐のヴァロンタンでございます。大変申し訳ありませんが、助けて頂きたい事がございます。出来るだけ早くお返事頂ければ幸いです。ヴァロンタン』


 それは驚くことに先日偶然訪れた、ウエルス商会の店長補佐であるヴァロンタンからの助けを求める手紙だった。

 私はすぐに返信を書いて飛ばそうと思ったが、ディープウッズの屋敷から王都のウエルス商会に手紙を飛ばしても時間が掛かりすぎるため、すぐに王都のスター商会へ移動する事に決めた。

 セオには自室で寝ているクルトを呼びに行って貰い、私はその間に手紙の返事を書いた。勿論飛ばすのは王都の店に着いてからだ。


 商人だから王都には沢山の知り合いが居るであろうヴァロンタンが、会って間もない私達に助けを求めて来たのは、困った事があったら連絡をしてくれと伝えてあったからだろう。この人達なら助けてくれるかもとヴァロンタンが思ったのなら、その期待に応えたいとそう思った。


 ロイドやウエルス商会とかは無しにしても、私は既に商人としてヴァロンタンを尊敬していた。なのでその信頼を裏切りたくは無く、出来ることはしてあげたいと思っていた。




「ララ様、一体何が有ったんですか?」


 クルトが寝間着の上にガウンを羽織った状態で、セオに連れられて私の部屋へとやって来た。

 私がヴァロンタンからの手紙を見せて、すぐに王都の店に行きたいと話すと、クルトは頷き了解してくれた。


 王都のスター商会には私の執務室もあり、私達三人の服も揃っている、それに魔法鞄もある為、私達は寝間着姿のまま転移部屋へと急いで向かった。


 そして王都のスター商会に着くとすぐに紙飛行機型の手紙を飛ばした。ウエルス商会は目と鼻の先だ。返信用の紙も一緒に送ったので、ヴァロンタンが起きて居ればすぐに返事が来るだろと、私達は服に着替えていつでも出掛けられる様にと準備をした。

 急ぎの助けを求めて来るぐらいなので、ヴァロンタンはきっとこの時間でも起きているだろうと思い、すぐに返信が来るような予感がしていたのだった。


(ヴァロンタンが手紙を書いて私達に送ったのは夕方前ぐらいかなぁ……それから大分経つけれど、大丈夫かしら……あの時のロイドの様子を見て居るとヴァロンタンの事が心配。胃に穴が空いて居ないと良いけれど……)


 クルトに眠気覚ましのお茶を入れて貰い、味わいながら私はそんな事を考えていた。

 その間、セオは通信魔道具でリアムに連絡を取り、クルトはアダルヘルムに連絡を取っていた。時間が無いと思って黙ってディープウッズ家を抜け出して来たので、クルトはチョッピリ怯えて居たけれど、特にアダルヘルムから何か言われる事は無かった。

 ただし、クルトがその方が怖いと呟いて居たけれど……


 丁度セオとクルトの通信連絡が終わった頃に、ヴァロンタンからの返信の手紙は飛んで来た。やっぱり寝れずに起きていて、返信の早さからもすぐ近くに居る事が分かった。勿論ウエルス商会の店の寮に居る可能性が一番高いのだけど……とそんな事を考えながら、私はすぐに手紙を開いた。


『返信有難うございます。私は今訳あってシュダビールと言う名の宿屋に居ります。出来ましたらそちらに来て頂けませんでしょうか。ヴァロンタン』


 私は手紙を読み終わるとセオとクルトにも見せた。

 それを見た二人は渋い顔になってしまった。


「これは……何かの罠と言う事は有りませんかね?」

「うん、俺もそんな気がする……そのヴァロンタンって人は本当に信用出来そうな人なの?」


 こんな遅い時間と言う事もあり、セオもクルトも不安を浮かべていた。

 でもヴァロンタンが最初の助けを求める手紙を出したのは明るい時間であり、真夜中を狙ったわけでは無い。私がディープウッズの森の中に住んで居る事だって知らないだろうし、紙飛行機型の手紙がどれだけの速さで相手に到着するかも分からないはずだ。

 それにもしロイドの罠だとしても、それはそれで良いと私は思っていた。ロイドを遠慮なく尻叩きの刑に処すだけの事だから。


「セオ、クルト、私は一度しか会っていないヴァロンタンを全て信用している訳では無いです。罠かも知れないけど本当かも知れない、だったら助けに行きたいと思います。それにセオとクルトが居れば大丈夫だっていう事は信用してますからね」


 セオとクルトは顔を見合わせるとクスリと笑った。私が反対しても行くだろと予想して居た様だ。しょうがないとでも思って居るのか、二人の顔に浮かんだものは優しい笑顔だった。


「ララならそう言うと思ったよ……夜中の森に入って行くぐらいだからね」

「そうですね、ララ様はどんな奴か分からない囚人を自分の使用人にしちゃう様な人ですからね」


 そんな事を言いながらクスクスと笑う二人と共に王都店の玄関口へと急いで向かう、ついでに大熊ちゃん達とアルパカ君達に魔力を流し、もしかしたら連れてきてお客様になるかも知れないヴァロンタンの為に、部屋を準備して置いてもらう。四体とも(姫さま畏まりました)と良い返事をしてくれた。この子達は大きくって可愛くって頼もしい素敵な魔道具人形達だ。自分で作ったが大満足の子達になった。





 ヴァロンタンに呼び出されたシュダビールと言う名の宿屋は、中央区の外れにある北区寄りにあった。この時間なので宿屋は静まりかえって居るかと思いきや、飲み屋も一緒になって居るらしく、まだ賑わっていた。


 シュダビールの宿屋の女将さんらしき人物に声を掛けると、ヴァロンタンから連絡が入って居た様で、すぐに部屋に案内して貰えた。案内してくれた従業員も対応が丁寧で良い宿屋の様だ。

 でもクルトが「ヴァロンタンが従業員に金を渡してあるんだと思いますよ」とこっそり呟いたのを聞いて、なるほどと思った。

 こんな夜中だしチップは必要だよね。そりゃー、そうだよね。と納得した私だった。




 部屋の扉をノックすると小さな声で返事が聞こえた。その声はヴァロンタンの物だと分かったが、警戒している様に感じた。


「ヴァロンタンさん、お手紙を頂いたクルトです」


 ノックの相手がクルトだと分かるとヴァロンタンは勢いよく扉を開けた。ヴァロンタンの表情には疲れと悲愴感が見て取れて、そして左頬は赤く腫れて居た。それはどう見ても誰かに殴られた事が分かる物だった。


 そして部屋に通されると、質素な部屋には二つのベットが置いてあり、そこには茶色の髪色をした小柄な青年が寝かされていた。顔色が悪く脂汗を掻きながらグッタリとしていて、青年の顔はヴァロンタンよりも酷く殴られた事が分かる程に腫れ上がって居た。

 その青年に近づいて良く顔を覗き込んでみると、ウエルス商会のドアマンをして居た青年だと分かった。

 成人したかどうかぐらいにしか見えない青年に一体何が有ったのかと不思議だったが、話を聞く前に先ずは二人に癒しを掛ける事にした。


「ヴァロンタンさん、今から二人に癒しを掛けますね」

「えっ?」


 二人にサッと癒しを掛け傷を治して上げると、光に驚いていたヴァロンタンはホッとしたからか少し涙目になっていた。青年の方は「うう……」と声を上げたので、目を覚ました様だった。

 私は起き上がった青年に今度はポーションを飲ませる事にした。


「大丈夫ですか? まだ痛む所はありますか?」

「い、いえ、あ、あの……」

「先ずはポーションを飲みましょう。元気になりますからね」

「で、でもこんな高価な物は……」

「私の手作りなのでお金は気にしなくて大丈夫ですよ」


 青年は小さく頷たが、本当に飲んで良いのかな? とまだ不安気で、ヴァロンタンの方へと視線を送っていた。ヴァロンタンが頷くのを見てから、息を止める勢いでポーションを口にした。きっと不味い物だと思っていたのだろう。青年の目はポーションを飲みながら大きく見開いて行った。


「お、美味しかったです……」

「フフ、なら良かったです。元気になりましたか?」

「は、はい! 助けて頂いて有難うございます!」


 小柄な青年はベットの上で正座して頭を下げてきた。感謝の気持ちは嬉しいのだけど、流石に土下座はこちらが申し訳ない気持ちになるので、すぐに青年を起こした。

 青年はチコと言う名で16歳らしい、セオより幼く見えたが、きちんと成人していた様だ。

 私が彼の体の状態を観察しながら何気ない会話をチコとしていると、ヴァロンタンがボソリと呟いた。


「やはり噂の聖女様でしたか……」と


 どうやらヴァロンタンは私がスター商会の会頭で、噂されている聖女では無いかと思って助けの手紙を送って来た様だ。ヴァロンタンも深く深く頭を下げて来た。


 先日ロイドの事で頭を下げて来た時の様に……


 セオとクルトはヴァロンタンがロイドの指示を受けて私達を呼び出した訳では無いと言う事が分かって、ホッとしている様だった。特にクルトはヴァロンタンとはウエルス商会で顔を合わせた事もあって、話した時に良い印象を持っていた。彼を信じたい気持ちがあったので、嘘では無くてホッとしている様だった。

 そう言えばクルトとヴァロンタンは意気投合していたなーと、私は先日のウエルス商会での事を思い出していた。


「ヴァロンタンさん、チコさん、ゆっくりお話しをお聞きしたいので、これからスター商会に来て頂いても宜しいですか?」

「……聖女様……その……我々が行っても宜しいのでしょうか? 私達は……ウエルス商会の人間ですし……」

「ヴァロンタンさん、今更ですよ」

「えっ?」

「元ウエルス商会の人間は、スター商会には何人もおりますので安心して下さい。さあ、夜遅いですから早く行きましょう、きっとリアムも待ってますよ」


 それでも申し訳無さそうにしている二人を促し、荷物を持って宿屋を出ることにした。ヴァロンタンもチコも宿屋に居たと言うのに荷物は殆ど持っておらず、急にこの宿屋に来た事が分かった。


 私は宿屋の女将さんに賄賂として……いえ、お礼と宣伝を兼ねて、化粧品セットが入ったポーチと、お菓子の詰め合わせをプレゼントした。女将さんは来た時よりも優しい笑顔で私達を見送ってくれて、「またいつでもおいで」とまで言ってくれた。良い人の様だ。




 かぼちゃの馬車に乗り込んだヴァロンタンとチコは、目を丸くして口を開けていた。

 二人が馬車の様子に驚いている間に、あっという間に王都のスター商会に馬車は着き、私達の姿が見えると話を聞いて駆けつけて来てくれたらしいリアム達が玄関へとやって来た。


 ヴァロンタンとテオはリアムの姿が見えると頭を下げて居たけれど、私はそれよりも何よりも、最後に登場したアダルヘルムの笑顔が怖かった。セオとクルトまでもアダルヘルムの氷の微笑に引きっつった顔になっていて、この世の終わりの様な顔になっていた。

 色んな意味で今日はこのまま眠れない夜になりそうだ……ううう……アダルヘルムが怖いよ……どうしよう。誰か私の事も助けてー!



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