第306話 ディープウッズ家からの手紙

 レチェンテ国の城の中、王であるアレッサンドロ・レチェンテは大きなため息をついていた。


 頭を悩ませる原因は国の運営でも他国とのいざこざでもなんでもなく、それは第三王子であるレオナルド・レチェンテの事であった。


 ユルゲンブルク騎士学校が夏の長休みに入り、レオナルド王子が城へと戻って来た。

 成績は四位に落ち込み、本人も父である王への報告の際には曇り気味な表情をしていた。

 だが、剣術大会でも武術大会でも学年の代表に選ばれてもいるし、成績もそれ程悪い物ではなかったため王は余り気にすることは無かった。


 ただ、成績表の担任からのコメント欄に、英雄であるカエサル・フェルッチョから『友人との付き合い方を学び、多くの人々と触れ合うようにした方が良いでしょう』と書かれていて、レチェンテ王は頭を抱えてしまった。


 教師陣は今までレオナルドにどんな教え方をしてきたのだ! これでは人を見下す馬鹿王子の出来上がりでは無いか!


 レオナルド王子は小さな頃から優秀で、勉学も剣術も素晴らしいとの評価を受けて来ていた。

 レチェンテ王もその言葉を聞き 流石我が息子! とドヤ顔であった。


 それが災いしたのか何なのか、レオナルド王子は気が付けば弱者を馬鹿にし、王子であることを鼻に掛けた、嫌味な王子に成り下がっていた。


 今のところ取り巻きの子供はいる様だが、学校では友人の一人も出来ていないようだ。取り巻きは結局王子の肩書に近づいているだけ……このままではレオナルド王子は孤立無援となることは目に見えて居るのだった。


 ディープウッズ家のご子息と仲良くする様にと話したのだが、最初の出会いに失敗したせいかそれも上手くは行って居ないようだ。


 いや……上手くいかないどころか嫌われているといった方が正しいかもしれない……このままではこの国が崩壊する可能性もある……レオナルド王子を廃嫡する事も考えたが、アダルヘルム様に温情を頂いたのにそれを勝手に破棄する事も出来ない……


 どうしたら良いかとレチェンテ王は頭を悩ませる毎日であった。


 はあ……友人作りの専門庭教師などいないし……どうしたら良い物か……



 そんなある日の事、事務官が慌てた様子で王の執務室へと飛んできた。

 普段は落ち着きのある第一事務官だ。アレッサンドロがレチェンテ王になってから始めてみる事務官の慌てように王は目を丸くした。


「王! 大変でございます!!」


 部屋に入って来るなり大声を張り上げた事務官は王の前まで来ると、止める間もなく王の飲みかけのお茶をグイっと飲み切り呼吸を落ち着かせた。

 そして震えた手で、美しい紙で出来た封書を王に差し出した。

 それはディープウッズ家からの手紙であった。


「こ、こ、こ、これは……ディープウッズ家!!」


 事務官は頷くと、部屋付きメイドに冷たいお茶を頼み、周りの者を下がらせるようにと指示を出した。王はまたレオナルド王子の事か? と少し不安になったが、前回は秘密の手紙だったことを思いだし、これはもっと恐ろしい手紙なのかも知れないと緊張からごくりと喉がなった。


 レチェンテ王は息が出来ているのか分からない状態で封書を開くと、中にはアダルヘルム様の美しい文字で、想像していた悪い事とは全く違う内容の事が掛かれていたのであった。


『アレッサンドロ・レチェンテ王、貴殿に願いがあります。今年第一王子の近衛隊に入隊するシモン家の第二子オクタヴィアン・シモンを我がディープウッズ家の研究所で雇いたいと思っております。申し訳ないですがその許可を頂けるでしょうか ディープウッズ家家令 アダルヘルム・セレーネ』


 シモン家……? シモン家と言えば武術の有名な一家では無いか……その息子を研究所で……? 研究所の護衛にでも付けるのだろうか……? いや……考えている時間など無い、直ぐに行動に移さなければ、これでレオナルド王子の事が許されるかも知れない!


「事務官! 第一王子と雇用の代表者をこれへ! 大急ぎだ! 国の一大危機だと申せ!」

「は、はい! 直ぐに!!」


 メイドに出してもらった冷たいお茶を二度ほどお代わりした事務官は、青い顔のまま部屋を飛び出していった。流石第一事務官だけあって仕事は早かった。あっと言う間に第一王子と雇用の担当者は王の執務室へとやって来た。この国の危機と聞いたからか、集まった皆の顔色は思わしく無い物だった。


「父上、一体何が有ったのですか?」


 真っ青な顔で第一王子はレチェンテ王に問いかけた。レチェンテ王は頷くと話を始めた。


「シモン家の子が今年其方の近衛隊に入隊すると言うのは間違いないか?」

「はい、確かに入隊致します。シモン殿からも挨拶がございました」

「ふむ、そうか、雇用担当、シモンの息子はどういった者だ? 何か飛び抜けている部分はあったか?」

「はっ、そうですね……成績は騎士学校でも上位に常にいる優秀者でしたが、そもそも王子の近衛隊に入隊する者はそういった者ばかりですので……飛び抜けているのは……見た目? でしょうか?」

「ほう……それ程美しいのか?」

「あ、いえ……見た目がとても厳ついのです……シモン殿に良く似ておりまして……背もかなり高く……近衛に入隊すれば1番大きいかと……」

「ふむ……成程……」


 アダルヘルム様は何故シモンの息子を欲しがったのだろうか……背が高いだけでディープウッズ家に選ばれるとは思えないが……


「父上……シモンがどうかしたのですか?」


 レチェンテ王は少し考えた。第一王子にもディープウッズ家がオクタヴィアン・シモンを欲して居ることを伝えるべきかどうか……だが一人で考えても欲す理由が分からなかった。

 確認してみても特筆しているのは背だけだと言う……一体何が気に入られたのか……


「ディープウッズ家がそのシモン家の息子を雇いたいと言って来たのだ……」

「「えっ?!」」


 第一王子も雇用担当も驚き目を丸くした。

 やはりオクタヴィアンを選ぶ理由が分からない様だ……

 だか、雇用担当はハッとすると思わぬ事を口にした。


「確か……シモン家の末娘がディープウッズ家の子息と懇意にしていると言っておりました」

「なっ、なにぃ! それかっ!」


 つまり仲の良い友人の兄を雇い、もっと懇意になろうと言う事か! もしや娘を気に入りどちらかの子息との婚姻を考えているのかもしれぬ……これは我が国にとってもディープウッズ家と繋がりが持てる有難い話ではないか! すぐに行動に移らなければ!


「良し! オクタヴィアン・シモンの入隊は取り消しに、私はすぐにディープウッズ家に返信をする! シモンの父親は王家に重要な役職につけよ、そうだな……王家の筆頭武術師範にでもするか? 下の王子達の指導もシモン殿に頼んでくれ!」

「はっ!」


 王は思わぬところでディープウッズ家と繋がりが持てる事に興奮していた。これでレオナルド王子にそれ程期待を掛ける事もなくなるだろう……もうディープウッズ家に近付くなと言っても良いかも知れない。


 久しぶりにホッと出来たレチェンテ王であった……




 その頃のシモン家。


 オクタヴィアンとマティルドゥの母親は主人であるバルドリック・シモンの帰りを今か今かと待ち構えていた。


 馬車が着き、長男のデッドリックと共に帰宅した屋敷の主であるバルドリックを、挨拶もそこそこに夫人は応接室へと引っ張り連れて行った。普段大人しい夫人の変わりように、また何か有ったのかとバルドリックはビクビクしていた。

 長男のデッドリックも青い顔のまま両親の後を付いて来て、話を聞こうと少し怖いぐらいの顔になっていた。


 執務室へ着くと夫人は無言で手紙を差し出して来た。

 誰からだ? と困惑しながらバルドリックがその封書を見ると、それは何とディープウッズからの手紙だった。


「なっ、一体何が!」


 いや、バルドリックには思い付く事が多々有った。

 娘のマティルドゥがディープウッズの姫に武術の手合わせを申し込んだ事、夏祭りや冬祭りにお邪魔させて頂いた事、その上今回は第二子であるオクタヴィアンまで急遽伺う事になった。

 あちらで何か不敬を働いたのかもしれないと、見た目は厳ついバルドリックであるが、内心ドキドキが止まらないのであった。


「あなた、早く手紙を開いて下さいまし」

「あ、ああ、そうだったな……」


 バルドリックは慌ててディープウッズ家からの手紙を開いた。そこには思いもしない事が書かれていたのであった。


「父上、何と書かれているのですか?!」


 妻似のデッドリックが急き立てる様に聞いてきた。

 バルドリックは声にならず、黙って手紙を妻と息子に差し出した。

 二人は手紙を読むと目と口を大きく開いて驚いたのだった。


「オ、オクタヴィアンをディープウッズ家の研究所に? 承諾頂ければ王家にはディープウッズ家から挨拶して頂けると? 一体どう言う事でしょうか? オクタヴィアンは確かに優秀ですが、それ程騎士として飛び抜けているとは……」


 確かに長男のデッドリックの言う事はもっともだった。

 次男のオクタヴィアンは勿論本人の努力もあるが、体格に恵まれているからこそ騎士学校でも優秀が取れるぐらいなのだ。体格にそれ程恵まれていないデッドリックにさえオクタヴィアンは未だに勝てていない、オクタヴィアンは本来は魔道具造りが好きな大人しい男の子なのだ。まあもう10歳の時には男の子なんて呼べる様な見た目ではなくなってしまったが……


「何かの間違い……という事は無いですよね……?」

「ああ……ディープウッズ家で間違いない……」


 困惑しているバルドリックにデッドリックが固い笑顔で声を掛けた。


「父上、とにかく返事を書きましょう、本人も希望して居ることですし、何よりディープウッズ家からの申し出です。これ迄散々お世話になっているのです。お断りするなど論外でしょう。詳しい話は本人が帰ってからジックリ聞こうではありませんか」


 確かにこれ迄マティルドゥがディープウッズ家には散々お世話になっている。

 たかだか騎士家の娘のマティルドゥとディープウッズ家のご子息は仲良くしてくださっている様だ。性格がきつく生意気で近所の子達からも ”鬼娘” などと言われていたマティルドゥだったが、友人が出来たお陰で丸くなりアデルという富豪の家の娘とも仲良くなったようだ。


 それにディープウッズ家にお邪魔し、信じられない様なお土産まで持って帰って来た。

 王家でも持っていない様な物をだ……怖くて外へなど出せない様な腕時計などという物まで家族分といって下さった。返しきれないご恩を頂いているのにオクタヴィアンの件をお断りする事など出来るはずもない。私は一緒に入っていた返信用の紙を使いディープウッズ家へと早々に返事を書いたのだった。


 後はオクタヴィアンが帰って来たら話を聞くだけだ……


 そんなバタバタの次の日。

 突然シモン家に王家からの使いが現れ、信じられない事を述べた。


「バルドリック・シモン殿、そなたに子爵家の位を与え、王家の筆頭武術師範とする。尚、長男のデッドリック・シモン殿と共に王子たちの武術指南も受け持つようにとの事である。心して受けるように!」

「は? はあ?」

「何だ? 不服かね?」

「いえ、そう言う訳ではありませんが……何故突然このような事に?」

「貴殿の貢献のたまものだろう……謹んでお受けするように」

「は、はい!」


 バルドリックは突然の拝命に驚いていたが、理由は一つしかないと分かっていた。


 オクタヴィアンの事だ……ディープウッズ家から王家に打診があったのだろう……それで我が家がディープウッズ家とレチェンテ王家と縁を結んだと判断されたのだ……これは信じられないほどの幸運では無いだろうか……


 全てはマティルドゥが勇気を出してディープウッズ家の姫様に声を掛けた事が、シモン家を幸運へと導いてくれた始まりだったのだろう。

 オクタヴィアンとマティルドゥの二人が屋敷に戻ってきたら、存分に褒めてやらなければとバルドリックは心に誓ったのだった。

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