第284話 眠れる森の美少女①

 自分の不甲斐なさを感じるのはこれで何度目だろうか……


 腕の中で青ざめ、気を失っているララ様を見て自分への怒りが込み上げてくる。


 何故油断した! 領主邸など敵の本拠地では無いか! これはお前の油断が招いた結果だ! アダルヘルム! ディープウッズ家の家令として恥を知れ!


 自分を責めている時間は無い、アダルヘルムは息をのみ込むとマトヴィルに指示を出した。


「マトヴィル、直ぐにセオに増血剤を……セオ……辛いかもしれないがここから素早くディープウッズ家に転移して欲しい……出来るか?」

「やります!」


 セオは先程まで血を流し倒れていたのだろう、騎士学校の制服の腹辺りには、剣で刺されたような穴が開いていた。顔色を見ても青白く、如何にも血が足りて居ない事がよく分かった。

 そして何度も大きな声を出していたのだろう。その声は擦れ、口元や手などには血の跡も残っていた。セオに無茶を言って居るのはよく分かっていたが、ララ様の様子から直ぐにエレノア様にお見せしなければならない事が分かった。


 それにしても、ララ様の状態は酷い物だった。

 顔にはやけどの跡や、鞭で打たれた痣、刃物で切られた痕、手首や足首には手かせか何かが付いていたのだろう、青黒く皮膚が変色していた。体のあちこちから焦げた様な匂いもして、髪の一部分は燃えた後のような状態となっていた。


 痛々しいその姿に、胸が締め付けられた。真綿でくるむように守りたい存在の少女を、この様に酷い状態にされたことが許せなかった。


 お茶会に護衛を付けるべきだった……


 今更後悔しても遅いのは分かっていた……だが悔やまれて仕方が無かった……



☆☆☆



「アダルヘルム……ララが……ララが消えた……」


 タルコット様の部屋で ”男子会” なる物を開いていたところ、突然ノア様が立ち上がると、ララ様の存在を領主邸から感じなくなったと言い出した。ノア様は再度ララ様を確認しようとしたが出来ないと言った。


 私達は立ち上がると急いで ”お茶会” が開かれている、応接室へと向かった。タルコット様の部屋からは然程離れて居ないはずなのに、歩く廊下はとても長く感じ、嫌な予感しかしなかった。


 扉の前に領主邸の兵士らしき者が横たわっているのが見えて、心の中がざわついた。

 ロゼッタ様達夫人付きの護衛は、扉の前で同じ様に横たわり血を吐き亡くなっていた。


 扉を開け中に入ると、ロゼッタ様達が青ざめた顔で横たわっているのがすぐに目に入った。タルコット様とメイナード様が声を上げて女性陣に近づいて行った。彼女たちの近くには血の溜まりが出来て居て、その中にはメイドが倒れていた。

 メイドは何者かに刺されたようで、もう息は無かった。首を振ると私は皆に指示を出した。


「この部屋の空気の入れ替えを、それからマトヴィル、続き部屋を調べろ! クルト、他のメイドを探せ、何かを知っているかもしれない」


 タルコット様がロゼッタ様の名を呼び声を掛けると、ロゼッタ様たちには意識があるのが分かった。ただ薬のせいなのか舌がしびれて声が出せないようだったので、私は魔法鞄からポーションを出すと、横たわる女性陣に飲ませることにした。

 リアム様たちも私の意志が通じ、すぐにポーションを飲ませるのを手伝いを始めてくれた。ロゼッタ様はポーションを飲むと体が楽になったのか、ホッと息をつき話し始めた。


「ララ様は……ガブリエラに連れて行かれました……私達に最後に……癒しを掛けて下さって……あんなにお小さいのに……私達に笑顔を向けて……」


 ロゼッタ様はハラハラと涙を流しながらもしっかりと答えてくれた。タルコット様とメイナード様がそんなロゼッタ様を抱きしめるように支えていた。

 ロゼッタ様の話ではガブリエラが城に侵入し、ララ様を続き部屋へと連れて行ったとの事だった。


 すると続き部屋を調べに行ったマトヴィルから声が上がった。


「アダルヘルム! 転移陣の痕跡があるぜ!」


 私はすぐにマトヴィルの元へと駆けつけた。

 その部屋には確かに転移陣が有ったようだが、もう魔力を流しても反応することは無く、相手側から閉じられている事が分かった。


「マスター!」


 クルトが私を呼んだのが分かり、別の続き部屋となっている使用人の控室へと駆けつけた。使用人達は毒を飲まされたのか、皆血を吐き亡くなっていた。

 ララ様がロゼッタ様たちに癒しを掛けたと言って居たが、それが無ければ彼女たちも同じ様になっていただろう、自分が助かることよりも目の前の人を助けようとするララ様の気持ちに胸が痛くなった。


「クルト」

「はい!」

「すぐにディープウッズの屋敷に戻り、ベアリン達と屋敷の守りを固めてくれ、エレノア様を守って欲しい」

「はい! 畏まりました!」

「リアム様、リアム様もディープウッズの屋敷へ行き、安全を確認してからスター商会へと戻って下さい、商業ギルドや他の施設にも念の為警戒を呼び掛けて下さい」

「はい! マスター、こちらは任せてください!」

「タルコット様、ロゼッタ様達は何の毒か分かりませんが飲まされています、医師をすぐに呼び診察を、絶対に安静にさせて下さい。それから領主邸を固めるようにと指示を、警舎やヴェリテの監獄にも警戒を呼び掛けた方が良いでしょう」

「はい、有難うございます! イタロ、医師を呼べ、ピエトロは兵たちに指示を頼む」

「「はい!」」


 皆が私の指示を聞き動き出した。

 私は再び続き部屋へと戻ると転移陣を観察し、どこへ行ったかが分かる箇所を探すことにした。


 するとノア様が突然叫び声を上げた。


「キャー」というララ様の声がノア様を通して響いてきた。ノア様は床に転がり、苦しそうな様子だった。


 私とマトヴィルが駆け寄るとノア様は魔力が何かに引っ張られそうだと呟いた。そしてララ様の危機であることを私達に伝えてきた。


「アダルヘルム……マトヴィル……ララの居場所が分かった……ララの元へ飛ばすから手を……」


 ノア様の手を掴むと一瞬で洞窟のような場所へと移動した。


 そこには厚い結界が張られていて、直ぐには通ることは出来なかった。


「クソッ、この中にララ様がいるのか?」

「ああ、確実だな、先ずはこの結界を何とかして壊さなければ……」


 マトヴィルは結界に拳をぶつけた、私は剣で切り込もうとしたが、傷一つ付けられなかった。これは普通の結界でない事はすぐに分かった。


「これは……封印に近い結界だ……古い魔術が使われている……もしかしたらアグアニエベ国の関係者かも知れない……」

「まさか……レジーナが?」

「いや……エレノア様に異変は無かった……封印は解けて居ないはずだ……」

「クソッ! アグアニエベ国……相変わらず忌々しい奴らばかりだぜ……」


 突然ドンッと大きな音がすると、結界に衝撃が走った。

 結界は強い魔力を内側からあてられたのか、ガラガラと音を立てて崩れ始めた。

 私とマトヴィルはすぐに結界内に入り、声がする方へと駆け寄った。


「「姫!」」


 敵がどんな相手なのか分からないため名前を出さずにララ様をよんだ。ララ様は普段では考えられない位の魔力を体から放出していて、幼い体には危険な状態だった。

 セオがどうやったのかこの場に来ていたことが目の端に入った。壇上の端で蹲っていて、セオの顔色が悪いところを見ると、何かの攻撃を受けたことはすぐに分かった。


 その壇上には他に黒髪の若い男と、それを守る様にして紺色の壮年の男が立っていた。


 紺色の髪の男はチェーニ一族の者だろう、だとすると黒髪の男は……アグアニエベ国の者か……


 黒髪の青年は私とマトヴィルの事を知っている様だった。纏う魔力は禍々しく、瞳の色は黒から赤へと光の加減で変わるのが分かった。


 私は同じ瞳を知っていると思った……そう……レジーナ・チュトラリー……エレノア様の姉にしてアグアニエベ国の王妃になった女……最低最悪の大魔女だ……


 我々が来たことで分が悪いと言ったアグアニエベ国の王子は、ララ様を必ず迎えに来ると言い残すと転移をして去っていった。


 我々に『母上を助けることができる』と宣言して……


 ララ様は力尽きたように倒れ込んだ。私がその小さく華奢な体を支えた。

 体中に痛々しい傷が出来ており、この幼い体でよくここまで耐えたと思うと目頭が熱くなってきた。そんな私に気が付いたのかララ様はそっと私の頬に手を置いた。その手は冷たくとても小さな物だった。


「アダルヘルム……ありがとう……アダルヘルムとマトヴィルが駆けつけてくれなかったら……私は危なかったです……」


 私達が自分の無力さを攻めて居るのが分かったのだろう、ララ様はこんな時でさえも自分の事より相手の事を心配するのだ。

 どうしてこんなにも心優しい少女が傷つけられなければならないのかと胸が締め付けられる思いがした。マトヴィルもセオも私と同じ気持ちだったのだろう、涙を流しララ様を見ていた。


「……あの子を……あの子も連れて帰って……」


 ララ様が助けて欲しいと願ったのは蝙蝠の子供だった。我々からしたら他愛もない命でも、ララ様にとっては一つの大切な命なのだ……自分が辛い今でさえ、優しく撫でながら蝙蝠の子に魔力を与えていた……


「アダルヘルム……マトヴィル……セオ……助けに来てくれて……ありがとう……」


 ララ様は最後の力を振り絞る様にそう言うと、意識を手放された。

 私は危険な状態となったララ様を抱え、セオの力でディープウッズの屋敷へと転移した。


 ララ様の部屋ではリアム様とクルトの指示が適切だったためか、すでにエレノア様が待ち構えていた。部屋には皆が待機をしていて、私に抱えられたララ様の痛ましい姿を見ると皆が息をのむのが分かった。一瞬見ただけで分かる程ララ様は酷い有様だったのだ。


 セオは転移で魔力を使い切ってしまったのか、その場に倒れ込んだ。それをリアム様が支えていた。私がララ様をベットに寝かせるとエレノア様の診察が始まり、圧巻の癒しの魔法に皆が息をのむのが分かった。

 

 ララ様の表面上の傷はエレノア様の魔法で綺麗に治っていった。

 皆がそれを見て安堵の表情を浮かべる中、エレノア様の顔は曇ったままで有った。


「エレノア様……ララ様は……」


 エレノア様はそっとララ様の頬に触れた後、皆の方へと向き直した。そして大きなため息をつくとララ様の症状を話し出した。


「ララは……暫く眠りにつくことになると思います……」

「……眠りに……?」


 誰かが呟いた言葉にエレノア様は深刻な顔で頷いた。それだけでララ様が今現在如何に危険な状態なのかが皆に伝わった。


「ララは、無理矢理魔力を引き出された様です……それはこの小さな体では、本来耐えられなかったほどの魔力量です……ララが絶えられたのは普段から体を鍛えていたことと、魔力量が無限で有った事が幸いしていると思います……」


 エレノア様はそこでホッとしたように息をつくと、ララ様の事を愛おしそうに見ていた。

 そして――


「これからが峠です……無理矢理開かれた魔力の扉に、ララの体がどれだけ耐えられるか……そして無事に耐えられたとしても、それを使いこなせる年齢になるまでは目が覚めない可能性もあります……それが1年なのか……それとも10年なのか……こればかりは時間が経ってみなければ分からないでしょう……」


 エレノア様の言葉を聞き皆が青い顔になった……


 私達の長い戦いはこれから始まる様だった……

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