第279話 お茶会

「ベアトリーチェ助かりました。丁度皆に大人しくしなさいって注意を受けていたところなのです」

「まあ、そうなのですか?」


 ベアトリーチェは幼さが残る可愛らしい顔でフフフッと笑った。これで人妻だと言うのだから怖い物である。見た目は前世で言う所の中学生ぐらいにしか見えない、タルコットが犯罪者の様だ。


「皆様、ララ様の事が大事で心配なのですわ。羨ましい限りです」


 羨ましいなら変わって貰いたいなとちょとだけ思ったが、皆が心配してくれているのだなと思うと有難くもあった。

 前世ではこんなに沢山の人が自分の事を心配してくれるなど無かった事だ。親以外に私の事を心配する人などいなかったかもしれない、そう思うと皆のお小言も少しだけ有難く感じるのだった。


 ベアトリーチェと一緒にお茶会の部屋へと着くと、ロゼッタが準備を整えて待っていてくれた。

 メイドのハンナとドナも一緒だ。今日は二人はメイド服ではなく普段着だ。それもスター商会で販売しているワンピースを着ている。二人ともメイドの時のピシッとした感じではなく今日は可愛らしい女性という感じで、とても良く似合っていた。


「ロゼッタ、お招きありがとうございます」


 部屋の中はお菓子の香りなのか、甘い匂いが漂っていた。

 テーブルには一口サイズのお菓子や花などが可愛らしく飾られていて、始めての女子会に胸がときめいた。


 前世では女子会などに参加した経験はない。まずそこまで仲の良い友達など居なかった気がする。それとなく誰とでも話はするが深い付き合いはしてこなかった。

 今考えると自分の悪い所ばかりが思い浮かぶ、何故あの時自分から友人を誘わなかったのか、もっと仲良くしようと努力しなかったのか……今更だが、父の言いなりだったとしても出来る事はあったはずだ。今更だが諦める楽な道を選んでいたのは自分なのだと反省するばかりだった。


「さあ、ララ様、こちらへどうぞ」


 ロゼッタが自分とベアトリーチェの間の席へと私を案内してくれた。アリナの教育で身に付いているレディらしいおしとやかな様子で席へ着くと、早速部屋付きメイドらしい女性がお茶を運んで来てくれた。


 ロゼッタの ”どうぞ” の合図でお茶会の始まりだ。


 実は私は先程まで話し合いでタルコット達とお茶を飲んでいた為、少しお茶腹だった。その為味見として一口お茶を含んだ。お茶は少し苦味の強い味の物だった。甘いお菓子が多いのでわざとそうしたのだろう。


「ララ様、今日のお茶は私の好きなお茶葉ですの……フフッ、ご存知ですか?」

「ええ、先日騎士学校へ行った時に頂いたお茶ですね。確かフォウリージ国のお茶葉と聞いた気がします」

「まあ、良くご存知ですね、流石ララ様ですわ」


 ロゼッタの話では、有名だがなかなか手に入れられないお茶葉なのだそうだ。それだけ販売しているウエルス商会は力があると言う事だろう。


 ロゼッタはお茶を飲むと、先程のメイドを呼んだ。

 やはり苦味が強すぎたからか、入れ直しを頼んでいる様だった。メイドは青い顔になりカップを下げると部屋を出て行った。


「ララ様申し訳ありません。新しいメイドなのですが緊張してお茶の入れ方を間違えた様です。普段はもっと上手に入れてくれるのですよ」


 私が来るからお茶を上手に入れられる彼女を選んだそうなのだが、今日は少し緊張している様だ。失敗してもメイドを褒めてあげるロゼッタの優しさが伝わってきた。


「ロゼッタ、実は私は先程までお茶を頂いていたので、お茶腹なのです。あまり気にしないで下さいね」

「まあ、そうですのね、では、ララ様、お菓子をどうぞ、私とベアトリーチェで焼きましたのよ」

「二人でですか?」

「ええ、メイナードがスターベアー・ベーカリーのお手伝いをしている物ですから、すっかり手先が器用になってしまって、私達も負けない様にと頑張りましたの、メイナードからも合格点を貰えましたのよ」

「ふふ、ありがとうございます。頂きますね」


 二人が焼いてくれたクッキーはとても美味しかった。最近は時間があるとロゼッタとベアトリーチェとメイナードでお菓子を作ったり、パンを作ったりしている様だ。仲の良い家族で私まで嬉しくなった。


「ララ様、先日スター・ブティック・ペコラのエステでニカノール様とお話ししたのですけど、もでるさん? と言うのはどの様な方なのですか? ニカノール様がララ様に良くそう言われるのと嬉しそうに話して下さいましたの、ですが私、もでるさん?と言うのが分からなくて……」

「ふふ、そうですよね、えー、モデルさんと言うのはですね……」


 その後も女性だけで他愛の無い話は続いた。

 ロゼッタの今一番の楽しみはメイナードの成長の様だ。段々と逞しくなり、たまに自分の事を守ろとしてくれる姿に、母親として嬉しくなるのだそうだ。

 そしてロゼッタとメイナードはベアトリーチェに子供が出来るのを楽しみにしている様で、ミアにステラと会わせて貰ってからという物、早く赤ちゃんを可愛がりたくてしょうがないらしい。

 ベアトリーチェは頑張って3人は産んで見せます! と気合いが入っていた。赤ちゃんを可愛いがる仲間に私も入れて貰う約束をした。


 ベアトリーチェの今の楽しみはミシンなのだそうだ。

 タルコットにお願いをしてスター商会からミシンを購入したらしいのだが、夢中になり過ぎて一度注意を受けてしまったらしい。ここにもブリアンナと同じタイプの人が居たのだと笑ってしまった。

 今は時間を決めてミシンを使っている様だ。自分の子が出来たらドレスを作って上げたいので、腕前を上げる為に練習中なのだと教えてくれた。


「ララ様、ハンナとドナに良いお相手を今探し中なのですよ」


 ロゼッタがそう言うと二人は頬を染めた。

 確かに二人とも良いお年頃だ。結婚をと考えても可笑しくは無いだろう。

 ハンナとドナの希望としては結婚後も働かせてくれる人が良いそうだ。ロゼッタとメイナードの側から離れるつもりは無いらしい。ロゼッタに「だから婚期を逃すのですよ」とチクリと突っ込まれていたが、いつものやり取りなのだろう、二人共楽しそうに笑っていた。


「あー、ピエトロさんとか良いのでは無いですか?」

「ピエトロですか?」


 同じ職場なら働き続けるのも出来そうな気がするが、騎士の妻というのは家に居た方がいいのだろうか? うーむと首を傾げているとロゼッタがクスクスと笑い出した。


「ララ様、そこでイタロの名は出ないのですね」

「あー、イタロさんは……なんて言うか……うーん」


 皆クスクスと笑い出してしまった。今頃イタロはくしゃみをしているかもしれない。

 何というか、イタロは”ランスタイプ”と言えばいいのだろうか、結婚に向いて無いような気がする……まー、こればかりは分からないが、ランスにとっての一番はリアムだし、イタロに取ってはタルコットだろう。奥さんが入る隙が無いような気がするのだ。皆んなも分かるのか「ですよねー」と納得していたのだった。


 甘いお菓子が続いたので、私は魔法鞄からお煎餅を出してみた。見た事の無いお菓子に皆興味津々だ。


「ララ様、これがお菓子ですの?」

「はい、お醤油味と塩味が有ります。どちらも美味しいですよ」


 まずは私が一つ食べる。

 口の中でカリカリと良い音がする。ロゼッタ達も早速口に含んだ。カリカリカリカリ。部屋に良い音が響いた。


「とっても美味しいですわ!」

 

 気に入って貰えた様で、お茶を飲み飲み、皆がお煎餅を食べる「止まらなくなりそう……」と誰かがつぶやいたが、確かにお皿に出したお煎餅はもう無くなりそうだ。

 私はお土産としてメイドさんにお煎餅を渡しておく、皆ぱぁぁと顔が輝いた。


「ララ様と知り合う事が出来て、一番の幸せは美味しい物に沢山出会えた事かも知れませんわね」

「確かにそうですわ、スター商会へ行くといつもお昼が楽しみですもの」

「タルコット様も同じ事を言ってましたわ。あと、お酒! ですわねー」

「お酒のお味が美味しいのも有りますけど、お友達と騒いで飲むのが楽しいのですわ」

「ふふ、本当に、リアム様とは親友だと自慢しておりましたもの」


 今度はタルコットがくしゃみをしているかも知れない。でもタルコットがリアムの事を友達では無く親友と言っている事が嬉しかった。

 最初の頃は友達の作り方が分からないタルコットだったのに、今ではスター商会の従業員やプリンス伯爵達とも仲が良い。

 お祭りの事やビールの事なので会う時間が有ったからかも知れないが、タルコットの飾らない性格がそうさせているのだと思った。きっかけは私が作ったかも知れないが、努力したのはタルコットだ。頼もしくなったなと嬉しくなったのだった。


「私も皆が親友です。今日はとっても楽しいです」

「「ララ様……」」


 ロゼッタ達から見れば子供の様な私なのに親友と言われても皆喜んでくれた。好きなら好き、大切なら大切だと口にしなければ伝わらない。私は前世の後悔をここでは起こしたく無い。だから常に愛情表現はしておきたいとそう思う。


 前世の様にいつ死んでしまうかは分からないのだから……


 カシャンと音がする方を見れば、ベアトリーチェが青い顔でカップを落とした。どうしたのかと顔を覗き込むと反対側からもカップを落とす音がした。ロゼッタも青い顔だ。


「ロゼッタ、ベアトリーチェ、どうしました?」


 二人とも青い顔で視線が合って居ない。気がつくとドナとハンナも青い顔になりテーブルに突っ伏してしまった。先程まで周りにいたメイド達はいつの間にか部屋から出て行ったのか誰も居ない。


 するとキィ……と扉が開く音がして部屋に入って来たのは、信じられない人物だった。


「貴女は……ガブリエラ……」


 名前を呼ばれたガブリエラはニタリと嫌な笑みを浮かべた。最初にお茶を入れてくれたメイドを盾にして、首元に短剣を押し当ている。メイドは涙目になり、剣の先が刺さっている首からは血が流れていた。


「お嬢さん、良く私を覚えていましたねー」


 クスッと馬鹿にした様に私を見てガブリエラは笑った。私は皆がいるテーブルを守る様にガブリエラの前に立った。


 転移を使ってガブリエラの後ろに飛べば何とかなるかも……


「ああ、馬鹿な考えはやめた方が宜しくてよ、その者達の毒を中和する薬は私が持っていますからねー」


 私の考えを読んだかの様にガブリエラは笑った。本当に中和する薬などあるのかと疑問が浮かぶが、今はとりあえずは言う事を聞くしかないだろう。


「フフフッ、この日をどれだけ待ち侘びた事か……やっとあの方に認めて頂けるわ……」


 そう言ったガブリエラの瞳は黒く変わっていったのだった……


 


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