第262話 ビール工場でのお酒造り

 今日はジェロニモが工場長になった、ブルージェ領のビール工場にお邪魔する日だ。


 私と一緒に行くのはクルト、マルコ、エタン、リリアン、そしてスター商会のイベント担当者のローガンだ。

 同じイベント担当者である商業ギルド側のヒューゴと、領主側のオーギュスタンとは、ビール工場で待ち合わせをしている。


 ジェロニモは既にビール工場長としてビール工場の寮で生活をしている、お酒好きとあって酒への愛情は相当な物で、温度設定や湿度設定まで、工場長自ら毎日チェックは欠かさないようだ。


 作った温室なども必ず点検に足を運んでいるようで、工場の職員も感心するほどの仕事ぶりなのだそうだ。裁縫好きのブリアンナと似ている所がある様で、趣味と仕事が混同して居るのだろうなと思った。


 馬車の中ではマルコが大はしゃぎだ。遠足中の小学生の問題児の様だった。ノアを連れてきた方が良かったかなと思うぐらいだった。


「ララ! ララ様! 今日は新しい酒を作るのだろ! ワクワクするぞ!」


 ガハハハッ! と可憐な顔に似合わない声で笑いながらマルコは隣に座っているエタンの背中をバンバン叩いた。エタンは慣れているとはいえ迷惑そうな様子で苦笑いだ。


「マルコ落ち着いて下さい、今からそんなに張り切っていたら疲れてしまいますよ」

「うむ、何だララは、ララ様、俺が心配なのか? 良し! けっこ――」


 マルコはたぶん ”結婚” と言いかけたところでハッとすると口を自分の手で押さえた、そしてきょろきょろとして何かを警戒して居る様だった。そんな仕草もマルコがやると可愛い。

 最近はめっきり結婚話は持ち出さなくなったので、彼の中で ”結婚” どうやらは禁句の様だった。


「ララ様、今日のお酒は日本酒なのですか?」


 リリアンの質問に私は頷き、冬祭りで領主から感謝の気持ちを込めて領民に振る舞う為のお酒を造りたいのだと教えた。


「寒い時期ですので熱燗で出したいのです。【純米酒】か【本醸造酒】が良いと思うのです。少し辛口で酸味が強く、出来ればフルーティーな香りの物を作りたいと思っています。皆、協力お願いしますね」

「はい、お任せください!」


 私達の会話を聞きながらクルトがため息をついた。その横でローガンも苦笑いだ。どうしたのかと首を傾げると。どうやら子供が酒の味を語るなという事らしい。以前にも誰かに注意されたなと思い、笑いが込み上げてきたのだった。


「ララ様……まさか、飲んだりしないだろうな?」


 クルトが心配げに私を見てきた。勿論前世でお酒好きだった私は飲みたい気持ちがとってもある、だが現在七歳の体にお酒が悪い事は流石に分かっている、それにこの世界は成人になるのが15歳で早い、それまで辛抱すれば後は自由になると思うと、今の内に自分好みのお酒を沢山造っておきたいと思うのだった。


「クルト大丈夫ですよ、今は口に含んで味を確かめるだけで飲んだりはしませんからね」

「……今はって……」


 クルトが「色んな意味で将来が怖いぜ……」と呟いたのは聞こえないふりをしたのだった。


 ビール工場に着くと、慣れた様子のマルコ達研究員がビール工場長の部屋へと案内してくれた。彼らはビール工場が出来たころは頻繁にお手伝いという名の教育に来ていたので、ビール工場内も慣れた物であった。


 勿論私も建設者として工場内は分かっていたが、これだけ多くの人が働くようになってから来訪するのは初めてなので、大人しく皆の後に続いた。


 クルトとローガンはビール工場に来るのが初めてだったので、都会に出たばかりにお上りさんのようになって、「ほえー」などと声を出しながら、天井が高い事や、大きな魔道具が有る事にとても感心していた。普段見せない姿が何だか可愛かった。


 工場長の部屋に着くと、当たり前の様にマルコはノックもせずに部屋へと入っていった。「ジェロー」と気軽さそのものだ。

 工場長の部屋にはジェロニモは居なかった。今日来ることは伝えてあったのだが、正確な時間は伝えてはいなかったので、きっと温室だなと皆がジェロニモの行動をよめる様だった。


「ララ様! もうお着きだったのですね!」


 ジェロニモは工場長室の部屋を開けると、私達が居る事に驚いてから笑顔を向けてきた。確かに工場の職員達が働きだすよりも早い時間に着いたため、ジェロニモも驚いたのだろう。

 ただ、そんな時間なのに既に温室の点検を終わらせているジェロニモが働き過ぎでは無いかと心配になったのだった。


「早速酒造りに向かいますか?」


 ジェロニモはワクワク顔が収まら無い様で、ニヤニヤしていた。新しい酒を作れることが嬉しい様だ。マルコ達研究員組も、「行こう、行こう」嬉しそうだった。皆研究馬鹿の様だ。流石である。


 工場内の一部分を日本酒製造の為に、ジェロニモが前もって空けて置いてくれていた。

 私はそこにスター商会で作っている日本酒 ”星酒”で使用している物と同じ型の魔道具を出した。取りあえず三台あれば十分だと思い、出したのだが、皆に……いや、マルコ以外に「三台も?!」と驚かれてしまった。

 どうせなら沢山造ってブルージェビール販売所である酒屋の ”ロゼ・フィオレ” での販売まで持っていこうとほくそ笑むと、ローガンが頭が痛いといったそぶりを見せていたのだった。


 工場内での作業を始めて居ると、慌てたように従業員や、それから待ち合わせをしていたヒューゴとオーギュスタンもやって来た、「早い早すぎる!」と、もう魔道具も出して作業に取り掛かって居る事に驚愕していたのだった。


「ララ様……申し訳ありません!」


 謝るヒューゴとオーギュスタンに首を振る、まったくもって遅れてなどいない、スター商会の研究員達が「早く早く」と朝から騒いでいたのがビール工場に早く着いた原因なので、彼らはちっとも悪くないのだった。


 ローガンは二人に日本酒を多く作って販売まで持っていくつもりであることを説明していた。領が潤う話とあって二人共ギラギラとした目つきになっていた。ローガンは二人を抑える役割の様で、「落ち着いて」と諭していた。ローガンの胃に穴が開くのではないかと少し心配になった。


 マルコ達研究員は、慣れた手つきで作業を始めていた。スター商会の研究所でもお酒を作っているので当たり前なのだが、馬車の中で説明したお酒を造るのにどの米がいいとか、洗米はどうするとか、もう理想がかなり頭に浮かんでいる様子だった。私はそんな彼らに驚き質問してみた。


「もしかして……スター商会の研究所で試作品とか作ったのですか?」


 マルコ、エタン、リリアンの三人は 何故分かるの? といった風に目を丸々にして私を見てきた。やはり新しいお酒を造ると聞いてから研究所で色々と試していたようだ。勝手をして私に注意されると思ったのか何故か三人ともシュンとなってしまったのだった。


「三人とも、研究所で作ったお酒を販売したらどうですか?」

「「「えっ?!」」」

「三人それぞれが好みの味があるなら……それをそれぞれの名前を付けて売り出したら良いのではないでしょうか?」

「「「えっ?! 良いのですか?」」」


 私は三人に頷くと【日本酒 マルコ】の様に名前を付けてはどうかと提案を出した。三人は自分の銘柄の商品が出来ると聞いて、やる気に火が着いたようだった。


「ララ様、私は女性でも飲みやすい爽やかなお酒を造りたいです」

「お、俺は初めて飲む人でも味わいやすい様にまろやかな物を作ります」

「ララよ! ララ様よ! 俺は力強い味を目指すぞー!」


 喜び合う三人に先ずは ”ブルージェ領酒” を作りましょうと声を掛けて落ち着かせた。三人は頷くとビール工場の従業員に指示を出しながら、先程以上に燃え上がって仕事を始めた。

 ローガンだけが一人青い顔で、「三つも新しい日本酒が? いや、ノエミもジュールも絶対に作るだろう……五つか? リアム様が……」と何かをブツブツと呟いていた。それを見てクルトがそっとローガンの肩に手を置き励ましていたのだった。


 日本酒造りは三人に任せ、私は甘酒造りを始めることにした。

 甘酒用の魔道具と材料を魔法鞄から出す、それをクルトとローガンが不思議そうな顔で見てきた。


「ララ様、なんで魔道具が三つもあるんだ? 甘酒って一つだろ?」


 ローガンも隣で頷いているので同じことを不思議に思っていたようだ。私はニッコリと笑い説明を始めた。


「せっかくなので三種類作ろうと思って居るのです」

「「えっ?!」」

「米麴だけの物、それから米と麴の物、そしてもち米と麴の物です。甘みがあるのは米麴の物になりますから、女性や子供にはこちらが良いですかね」

「「えっ?! 子供も飲めるのですか?」」

「ええ、甘酒にはお酒と名前に入っていますが、お酒入りとそうで無い物、二種類あるのですよ。それに甘酒は元々アルコール分が少ないですから、お酒が苦手な方でも飲みやすいと思いますよ」


 口を開けて固まってしまったクルトとローガンにそのまま説明を続け、甘酒は健康に良いこと、肌や便秘の改善などの効果が有る事を教えてあげた。

 そして良いことを思いついた。


「そっか、そうですね甘酒は美容食品としてスター・ブティック・ペコラで売りに出しましょう!」

「えっ? ララ様?」


 ローガンが嬉しいのかヨロッとして私に声を掛けてきた。立っていられなくなる程新商品が出来ることが嬉しい様だ。クルトが支えてあげている。


「マルコ達三人が作る日本酒はスター・リュミエール・リストランテで飲めるようにしましょうか、あ、ノエミとジュールにも声を掛けて沢山の種類を作って貰っても良いですね、それからビルとカイにはお酒を入れる瓶をそれぞれに合ったものを作って貰って……ああ、楽しいみですね、ローガン!」


 ローガンは小さな声で「はい……」と呟くと、近くにある椅子に座りこんでしまったのだった。


 その後私達が一生懸命お酒造りをしている脇でローガンはリアムに速達の紙飛行機で連絡を取り、この嬉しさを共有していたのだった。


 こうして楽しい日本酒造りと甘酒造りは無事に終わり、皆が満足する結果となったのだった。

 良かった良かったである。

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