第234話 ヴェリテの監獄

 私は今アダルヘルムと共にブルージェ領にある有名な監獄、”ヴェリテの監獄” に向かっている。この監獄は大昔に居た ”ヴェリテ・アイト” という名の、悪い魔法使いを収容するために建てられた物の様で、かなり古い建物らしのだが、その作りは頑丈で隣接する領からも酷い犯罪者が出ると収容を頼まれる事もあるぐらいなのだそうだった、中からも外からも魔法攻撃が難しいとされるぐらい有名な監獄の様で、レチェンテ国で知らない者は居ない位有名らしい。


 ヴェリテの監獄はブルージェ領の端であるリガロの街のそのまた一番端にあった。領民に不安が無いようにと厚い壁で覆われていて、辺りは草原で見渡せるようになっており、不審な輩が近づけばすぐに分かる様になっていた。


 そもそも何故このヴェリテの監獄に向かっているのかというと、ビルとカイの妹であるメグを助けたところから話は始まる。メグが閉じ込められていた ”スカァルク” の店に行った時に、私は沢山の契約書を魔法袋に入れて持って帰って来たのだが、その中には様々な契約書があり、以前ブライアンの指示により横領などの悪事を働いていた、元領主邸に勤めていた捕まった者達の書類もあったのだ。


 元々アダルヘルムは ”血の契約” をしているかも知れない彼らから、タルコットとイタロの教育者として話を聞こうと思っていた。そして今回証拠となる書類が手に入った事で、黙秘を続けている彼に口を割らせようと言う魂胆なのだった。


 子供の私はこの訪問に一緒に行くことを最初は許して貰えなかった。犯罪者が沢山いる場に子供が行くなど言語道断らしい。アダルヘルムだけでなくリアムやタルコット達まで大反対だった。

 でも私的にはアダルヘルムがお怒りになって ”魔王様降臨” 状態になった時に、果たして誰が止められるかと思い、絶対について行くと言いはったのだった。


 するとお母様が 「何事も経験が必要ですからね」 と言って下さり、お母様に弱いアダルヘルムが折れて、ヴェリテの監獄に行く事が許可されたのだった。


 と言う事で、馬車の中にはアダルヘルム、リアム、ランス、ジュリア、ジョン、ノア、私がいるのだ。タルコット達とはヴェリテの監獄で待ち合わせをしている。皆表情がとても固く、警戒しているのがよく分かった。何故なら犯罪奴隷にも落とせない様な悪人も多くいるからだ。


 奴隷は借金奴隷も居れば犯罪奴隷もいる。多くの借金奴隷は売りに出され契約をし、借金を返せば解放される。だが犯罪奴隷は危険な為、軽度の犯罪奴隷以外は売りに出される事は無い。領や国で管理し、自国や領の運営の為に働かされる。そうすることで監獄内で生活する費用が割愛されるのだが、中には恐ろしく凶悪である為、外に出して奴隷として働かせることも出来ない者もいるのだ。

 そういう者は監獄内の仕事を任される、掃除や洗濯、それから物作りなどもする様だ、ただし料理だけは刃物の関係上まったくさせないらしい。そうして監獄内は運営されているのだが、中には監獄内の仕事もさせられない程の者もいる様だった。


 そういう事もあり、私がヴェリテの監獄に行くのを皆が嫌がっているのだ。その為馬車内はとてもピリピリしており、リアムでさえ、いつもの ”気の良いあんちゃん” 風では無かった。不謹慎だがキリリとして少しかっこいいのであった。


 ディープウッズの森から一番遠いと言っても良いリガロの街だったが、かぼちゃの馬車で向かった為、想像以上に早く着く事が出来た。かぼちゃの馬車で長距離を走ったことのないリアム達も馬車の速さに驚きを隠せない様だった。

 私達がヴェリテの監獄の入口に着くとタルコット達は既に待っていて、私達を出迎えてくれた。


「ララ様、お待ちしておりました。アダルヘルム様、今日は宜しくお願い致します」

「こちらこそ、わがままを聞いていただいて有難うございます。ブライアンの悪事が分かるかも知れませんが、タルコットは大丈夫ですか?」


 ブライアンの事を頼りになる優しい叔父だと思っていたタルコットには、真実を知るのは辛いのでは無いかと思ったが、タルコットはもう以前の様な自分に自信のない領主では無かった。友人も出来、ビール工場の運営も順調に行き、領内の改革も行っているタルコットは、しっかりと覚悟が出来ている様であった。それは身内である叔父の罪状を知る覚悟だ。

 タルコットは私の問いに笑顔で頷くと、領主としての自分の使命を全うするだけだと話してくれたのだった。


 ブライアンの手下であった、元領主邸や領内の重要職に就いていた者達は、ヴェリテの監獄内の同じ階に集められている様だった。中には位の高い者もいる様で、自分の罪を認めず騒ぎ立てている者もいる様だった。

 今日はそういう者に証拠を突きつけるつもりでいるのだ。私達は言葉を交わすこともせず、案内してくれる看守の後に付いて、投獄されている者たちの所へ向かった。


 領主関係の犯罪者たちはヴェリテの監獄内の中でも待遇のいい場所に投獄されていた。扉には小窓が付いていてそこから覗けば中は見えたが、きちんと一人一人のプライバシーは守られているようであった。てっきり鉄格子の中に大勢で入れられている物だと思って居たのだが、違うようだった。ただし、そういった部屋もヴェリテの監獄内にはある様で、庶民の犯罪者は三人一緒の部屋らしい、こういう所でも庶民と貴族の差がある様だ。同じ犯罪者なのだが、そこは仕方が無い様だった。


 まずは領主内の人事の件でブライアンの意向を聞き、専横なふるまいをしていた者の所へと向かった。この者は貴族の様で今まで罪を責めることは出来なかった様だが、今回裏ギルドとの繋がりで、領主邸で働いていた下働きの者などで、見目の良い物が居ると裏ギルドに回していたことが分かった為。証拠を突き付けてその者がどう出るのか身物でもあった。


「1156番入るぞ」


 看守が声を掛けてから部屋の鍵を開けて室内へ入ると、その男は待ち構えていたかのようにベットに座りこちらを見てきた。口元には笑みさえ浮かんでいるよに見えた。


「これは……これは……タルコット様ようこそおいで下さいました……」


 男の部屋は囚人にしては十分な広さがった、トイレも風呂場も別について居る様だったし、ベットの他にデスクセットまであった。本棚もあり、その中には十分な本が揃えられていた。ただし、気になったのは、お父様やお母様の伝記の様な本が多々あったことだった。私たちの両親のファンなのか、それとも何かを本から得ようとしていたのかは分からなかったが、アダルヘルムもその事に気が付いたのか、キッと怖い顔になり、私とノアの前に立ち警戒している事が良く分かった。


 タルコットはイタロから書類を受け取ると、男の前に置き、そして話しを始めた。


「エウゲン・バルべ、この書類にはお前のサインがしてある。これは領主邸に勤めていて者を不当に裏ギルドへと売りさばいていた証拠だ。これを見て何か言う事は有るか?」


 エウゲン・バルべと呼ばれた男性は書類を手に取ると、クククッと笑い出した。そして書類を破ると、タルコットに嫌な笑みを向けた。書類は写した物で本物では無かったのか、タルコット達には驚いた様子は見られなかった。ただ見守っていた看守だけはこの様子にオロオロとして居る様だった。


「今頃になって領主の真似事ですか? 貴方が領主として何もしてこなかったからこういった事が領内で起きていたのです。私が特別悪い訳ではありません。貴方はもっと世間を学んだ方が良い……」


 エウゲンはタルコットを見てまたあざける様にクククッと笑った。イタロやピエトロは怒りが込み上げているような顔をしていたが、タルコットは冷静だった。エウゲンの事をジッと見て何かを考えて居る様だった。


「エウゲン、お前は私を怒らせて何を聞きだしたい? 領主邸の事か? それとも叔父上の事か?」


 エウゲンはタルコットの事を今度は感心したように見ていた。それは少しは成長したのか……というような上から目線のようにも見えた。


「フフフ、貴方も少しは学んでいるようですね……ですが貴方は……いや、お前は ”本当の領主” では無い……あのお方こそブルージェ領の ”本当の領主” なのです……」


 エウゲンはその後タルコットが何を言っても押し黙ってしまった。 ”本当の領主” という意味が私には分からなかったのだが、タルコットには何か思い当たる節があるのかギュッと手に力を入れてにぎりこぶしを作っていた。


 アダルヘルムが黙りこんだエウゲンに近づくと、緑色の囚人服のボタンを無理矢理外し胸元を見た。威圧が掛かっているからか、あんなに威張っていたエウゲンは脂汗を掻きながらされるがままだった。突然のアダルヘルムの行動に私も含め皆が呆然とアダルヘルムの事を見ていた。


「なっ……何をする……」


 苦しいながらもエウゲンはアダルヘルムに何とか悪態をついた、アダルヘルムは今度はエウゲンの背中の辺りを囚人服を剥いで見ていた、そして何かを確認すると良い笑顔で頷いた。


「ふむ、これなら死ぬことは無いな……」


 アダルヘルムはそんな恐ろしい言葉を呟くと、先程よりも威圧を強めエウゲンを氷の微笑で見た、エウゲンは青い顔で、苦しそうにしながらも、何とかアダルヘルムの威圧に耐えていた。アダルヘルムは自分の鞄からポーション位の瓶を取り出すと、震えるエウゲンに差し出した。


「さあ、これを飲みなさい、楽になりますよ」


 アダルヘルムの無駄に素敵な笑顔に、私だけでなくここに居る皆が心の中で 「ひいいっ」 と悲鳴を上げている事は分かった。アダルヘルムに魅了されたようなエウゲンは、まるでアダルヘルムの奴隷にでもなったように素直に頷くと薬を受け取り口にした。迷いもなく薬を全てのみ切ると、うつろな表情になり。ふわふわと宙にでも浮いているようなゆったりとした揺れをしていた。そしてアダルヘルムはエウゲンのその様子に満足そうに頷いたのだった。


「ア、アダルヘルム……一体何を飲ませたのですか?」


 私がアダルヘルムに問いかけると、アダルヘルムは良い笑顔見せてくれた。でもそれが何だかとても怖い。


「ララ様、私が飲ませたのでは有りません、この者が自分で飲んだのです。そこはお間違えない様願います。タルコット様、看守殿、間違いありませんね」


 タルコットと看守は急に呼ばれ驚くと大きく頷いて見せた。アダルヘルムは満足そうだ。


「ララ様これは ”真実薬” です」

「 ”真実薬” ?!」

「はい。この者には素直に語って貰うだけで、危害を与えるつまりは有りませんよ」

 

 そう言って微笑むアダルヘルムの事を、恐ろしいと思ったのは私だけでは無かったようだった。



 

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