第232話 騎士学校入学式②
セオとルイがの名が呼ばれたことで騒めいていた会場内だったが、Bクラスの生徒の名が呼ばれ始めるとシーンと元通りの様子に戻った。
貴族も通う学校だけあってマナーはちゃんとしている様だ。ただし、私とアダルヘルムを見つめる目は相変わらずだった。どこか痛いぐらいの視線を感じ始めると、アダルヘルムが浮かべる笑顔が氷の微笑になっている事が分かった。
けれどその美し過ぎる冷たい笑顔を魅力的だと感じる人もいる様で ほう…… と吐息が漏れる音が聞こえた。確かに今日の服装には氷の微笑がピッタリで、悪の帝王そのものだなと思った。
「新入生代表誓いの言葉、セオドア・ディープウッズ」
「はい!」
一度名前を呼ばれていて ”ディープウッズ” だと分かっているのに、またセオの名を聞いてざわめきが起こった。皆やはり間違いないと ”ディープウッズ”の名、三度目の正直にやっと納得したようだった。セオは全く気にすることなく壇上の方へと向かうと誓いの言葉を述べた。
「我々は騎士になるべく、ユルデンブルク騎士学校に入学を致しました。主を守る盾となり、敵を討つ矛となり、弱者に優しく、強者に勇ましく、己の品位を高めるために謙虚で誠実であり、礼儀を守り堂々と振る舞う事を約束し、民が憧れる騎士となり、主を裏切ることなく己を律し、常に騎士で有る事を心に留め、騎士道を学ぶことをここに誓います。新入生代表セオドア・ディープウッズ」
今日一番の大きな拍手を浴びてセオの挨拶は無事に終わった。振り向いた瞬間私の方を見てニコリと笑ったのが分かった。やっぱりうちの子が一番だなとセオのカッコイイ姿を見てそう思った。親ばか最高である。
入学式が終わると会場を出て生徒たちがいる教室へと向かう、ここで家族とお別れの挨拶をして、暫くは緊急なことでもない限り家に戻ることも出来なくなる。次は冬の長休みまではセオとルイには会えなくなるのだ。そう思うとやっぱり寂しさを感じた。
私とアダルヘルムも会場を出ようと席を立った瞬間、右隣に居た使用人の一人に声を掛けられた。アダルヘルムは予想が付いていたのだろう、ヒンヤリとする笑顔を浮かべていた。
「我が主アレッサンドロ・レチェンテ王がディープウッズ様とお話をと言っております。どうかお時間を頂けますでしょうか?」
使用人は頭を下げたままだったので、冷たいアダルヘルムの顔を見ていないはずなのにぶるぶると震えていた。ディープウッズの名に怯えているのか、はたまたアダルヘルムの氷の微笑の威圧に怯えているのかは分からなかったが、必死さだけは伝わって来た。
仕方なくアダルヘルムが承諾すると、アレッサンドロ・レチェンテ王が使用人や護衛の間から出て来た。正に絵本の中の王様という感じで髭もあり、立派な王冠も付けていた。元は金髪だったのかなと思える白髪で、瞳は緑色だった。その顔は笑顔だったのだが貴族が見せる張り付いたような表情だった。アダルヘルムを前にして王でも緊張しているのだなと分かった。隣の王妃らしき人も緊張からか青白い顔をしていた。使用人や護衛は勿論であった。
「ディープウッズ様、我はアレッサンドロ・レチェンテ王でございます。本日入学いたしました我が息子は第三王子のレオナルド・レチェンテでございます。どうか今後もお付き合いいただけますよう宜しくお願い致します」
王が軽く頭を下げると、周りの皆や王妃迄私とアダルヘルムに跪いた。私は驚いたが勿論顔には出さずにレディスマイルだ。周りではこちらを見ている野次馬のざわざわとする声が聞こえた。皆この国の王が誰かに頭を下げている事に驚いて居る様だった。目立ちたくない私としてはとっても止めて欲しいと思ったのだが、それはアダルヘルムも同じだったようだ。何だか少しだけ背景に黒い物が見えた気がしたのだった。
「レチェンテ王よどうか頭を上げて下さい、私はディープウッズ様ではございません」
「えっ?」
王は驚くとチラッと私を見てごくりと喉を鳴らしていた。アダルヘルムが自分は違うと行った事でどうやら私こそがディープウッズの娘と分かったようだった。
「我が名はアダルヘルム・セレーネ、ディープウッズ家に仕える物でございます」
「ア、ア、アダルヘルム様! これは知らなかったとはいえ失礼いたしました」
王はアダルヘルムの名を聞いてまた驚いたようだった。騎士達はアダルヘルムの名を聞いて頭を下げたまま頬を染めている者もいた。もしかしたら生きているとは思っていなかったのかもしれない、それだけディープウッズ家の事は知られていないのだ。その様子にリアム達が会った時に驚いていたのを思いだしたのだった。
「もしや……そちらの姫君が……」
王が今度は私の事をジッと見てきたので、仕方なく名乗ることにした。出来れば早くセオとルイの所へ行きたい。この王たちだって自分の息子の所に行きたいだろう。なので早くこの挨拶を終わらせて移動したかった。
「レチェンテ王、初めまして私はララ・ディープウッズ。アラスター・ディープウッズとエレノア・ディープウッズの娘でございます。義兄のセオドアとルイが本日入学いたしました。どうか仲良くしていただけますよう王子にもお伝えください」
私がアリナ教育のレディの挨拶を終えると、レチェンテ王が私をまたジッと見てきた。何だかどこかで感じた様な値踏みされているような好ましくない視線だった。勿論笑顔だが横に居るアダルヘルムは明らかに怒って居る様だった。
「ララ様、我が息子第三王子のレオナルド・レチェンテは兄の手助けをしたいと騎士になると決意した心根の優しき者でございます。是非友人としてお付き合いいただけたらレオナルドも喜ぶことでしょう」
「はっ?……はあ……?」
息子さんと仲良くするのは同級生のセオとルイとじゃないのかな? と思ったが取りあえず頷いておいた。すると王は私が息子を気に入らなかったと思ったのか、別の王子の話もしてきた。
「我が息子で第九子の王子はララ様と年も同じぐらいでございますし、第一子で後継ぎの王子には子もおり、そちらもララ様と同じぐらいでございます、宜しければ一度王城にでも――」
「レチェンテ王」
レチェンテ王の言葉を止めたのはアダルヘルムだった。とっても冷ややかな笑顔と共に強めの威圧を王に向かって掛けていた。王達が明らかに額に汗をかき青くなっているのが分かった。セオとルイの所に向かいたいのに長い挨拶で足止めされているのだ、アダルヘルムが怒るのも無理は無いと思った。私も早く二人の所に向かいたいからだ。
「申し訳ありませんがそろそろセオとルイの所へ向かわせて頂きます。お話はまた次回ゆっくりと……」
レチェンテ王は顔色の悪いまま頷いて見せた。アダルヘルムは良い笑顔で頷くと一礼して、私の手を引いて外へと出ようとした。だが今度は左隣の使用人が、主が挨拶をしたいと言って居ると声を掛けてきたのだった。
「初めまして、ディープウッズの姫様……私はアントーニオ・ユルゲンブルク大公でございます。本日入学いたしました息子は第三子アレッシオ・ユルゲンブルクでございます。どうか今後も深くお付き合いいただけますようお願い申し上げます」
話を横で聞いていたので私がディープウッズの娘だと分かっていた大公は、直接私に話しかけて来た。大公という事はレチェンテ王の弟だろうか? 顔の感じも似ているなと思った。
それにしても……早く移動してセオとルイに会いたい……取りあえず私も大公に挨拶を返したが、アダルヘルムの怒りが噴火しそうで怖かった。
「申し訳ありませんがユルゲンブルク大公、ルイとセオの所へ向かいますのでこれで失礼せて頂きます。ああ……我が姫に無断で近づくことが有りましたら私は手加減する気はございませんので、ご理解ください」
アダルヘルムの言葉にユルゲンブルク大公はごくりと喉を鳴らしてから頷いていた。アダルヘルムの威圧にあてられたのかこちらも青い顔をしていた。その後も何人かの貴族らしき父兄に呼び止められそうになったが、アダルヘルムが冷たい笑顔のままでキッと睨むと声を掛けてくるものは居なかった。
何とか一年Aクラスの教室に着くと、セオとルイは私達を待っていた様だった。私が手を振ると二人ともニコニコっとして近づいてきた。入学式の時の緊張した表情とは違い年相応の表情になっていた。ただしアダルヘルムが目立つからか周りの皆が私達をチラチラ見ているのを感じた。
「セオ、ルイ、とっても素敵な入学式でしたよ。それにセオは代表挨拶、立派でした。流石私の自慢の家族(息子)でしたよ」
アダルヘルムも私の言葉に同意して頷いている。セオは褒められて少し恥ずかしそうだ。先程までは大人びて見えていたが、いつものセオらしい笑顔を見てホッとした。やっぱりセオはちょっと笑い上戸ぐらいの方が丁度良い。ルイもセオが普段の様子に戻ったのを見て安心した様だった。
「寮はどうですか? 住み心地は大丈夫ですか?」
「あー、全然大丈夫。スラムに比べたら何処だって天上だよ。でもさ、セオのヤツ、風呂とトイレを改装しちゃったんだぜー」
「まあ、良かったの?」
「担任の先生の部屋も改装するからって許可貰ったんだぜ、俺の部屋もやってくれたんだ。な、セオ」
多分モディがお風呂好きの為、綺麗な物にしたかったのだろう。セオらしいなとちょっと思った。
私達が話しているとカエサルが気が付きこちらにやって来た。笑顔で私を見ると小さく手を振って来た。ライオンの様なカエサルがやるとどんなことでもカッコ良かった。
「ララ、久しぶりだね、元気だったかい?」
カエサルはそう言うと私を抱え上げて抱っこしてくれた。周りで私たちを盗み見していた人達が 「おお……」 と何故か不思議な歓声を上げていた。きっと英雄が子供をあやしている姿に感動したのだろう。カエサルは何をやってもカッコいいのだから。
「カールお久しぶりです。とっても会いたかったです」
私はそう言って久しぶりのライオン……ではなくカエサルとの抱擁を楽しんだ。ギュッとカエサルに抱き着くと何故かまた「おお……」と声が上がっていた。こっちを見るより、自分たちの子供の相手をしようよと言いたくなるほどだった。
「ララもしやこちらがアダルヘルム様かな?」
「はい。私とセオとルイの剣の師匠のアダルヘルムです」
カエサルは私を降ろすと憧れのアダルヘルムに手を差し出した。その目はキラキラとしてアダルヘルムを見ていた。英雄と世間で言われるカエサルでも伝説の騎士のアダルヘルムには憧れがある様だ。握手をした後の手をギュッと握っていて、一生手を洗わないとか言い出しそうな雰囲気だった。
「アダルヘルム様、貴方の大切な弟子は必ず私が一人前の騎士に育て上げて見せます」
「ええ、カエサル様どうか宜しくお願い致します」
二人が挨拶を交わしているといつの間にか人垣が私たちの周りには出来ていた。生徒も保護者も頬を染めアダルヘルムとカエサルの姿を見ていた。騎士学校でこの二人が揃うのは危険なようだ、失神者が出ても可笑しくないほどの熱い視線だった。勿論男性もである。それだけこの二人は有名人なのだ。
仕方なく、セオとルイともう一度挨拶を交わすと学校を後にすることにした。次会えるのは冬の長休みだ。それまでは暫くお別れになる。寂しいなと思いながら二人と分かれて教室を出ようとしたところで、セオがそっと私の耳元で囁いた。
「ララ、毎日夜に通信魔道具で連絡するからね」
セオはそう言って私の頬に軽く口づけをした。少し熱くなる頬を押さえながら私は手を振って二人と分かれたのだった。
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