第147話 閑話19  デート

「ランス……リアムは休んでますか?」


 ララはスター商会の廊下を歩いていたランスを呼び止めると、リアムの現状をひっそりと聞いた。

 スター商会では定休日を一日設けているのだが、リアムはその日も仕事で忙しくしている。勿論ブリアンナの様な趣味も仕事も同じという感じであれば、休みでも裁縫室に入り浸るのはしょうがないかなと諦めも付くのだが、リアムの場合は休みたくても仕事が溜まっているので休めないというのが今の状態であった。


 その上、ウエルス邸にも長い事帰っておらず、当たり前のようにスター商会へと寝泊まりしているのだ。幾らなんでもこのままではリアムが過労で倒れてしまうのではと心配になったララであった。


 だがララはリアムの忙しさを自分が招いているものだとは思いもしていなかった。次から次へと新商品を作り出し、それとは別に領主のタルコットの事など、厄介事を引き起こしているのはララなのである。声を掛けられたランスの顔に苦笑いが浮かんでしまったのも頷ける物であった。


「ララ様……スター商会にとって今が一番大事な時なのでございます、リアム様もそれが分かっているからこそ、休みを取らず働いているのでございます」


 ランスのいう事はもっともな事であった、開店してから順調に進んでいる経営を、このまま軌道に乗せるためには仕事を休むなど、商人にとっては有り得ない事なのであった。

 第一この世界では毎週休みがあるなど考えられない事なのである。下手をしたら一年中働きっぱなしでも不思議では無い、そこが前世の記憶を持つララとランス達との認識の違いでもあった。


「でも……開店してから一日も休んでいないのでは流石に心配になります……」


 ランスは6歳という年齢ながらも大人の女性のように周りに気を使い、色々と気を配るララのことを以前から感心していた。

 本当にリアムがあと10年遅く生まれるか、ララがもう10年早く産まれて、歳がもっと近かったならば、今すぐ結婚に結び付けるのにと何度も思ったほどであった。

 リアムがララに夢中なのは誰もが周知している事実なので、リアムがララを結婚相手にと願う事は分かっているのだが、現状ではリアムがただの幼女趣味だと疑われる可能性もある、その為ランスは主であるリアムに、何もしてあげれず心苦しい気持ちになるのであった。


 そこでランスはふとひらめいた、せめて二人きりの時間を作る手助けをしてあげたらどうだろうかと思ったのである――


「私が何を言ってもリアム様は休まれませんから、会頭であるララ様がどこかへ連れ出すか閉じ込めて下さると助かるのですが……」


 ランスの言葉を聞くとララの顔色が パアアッ と明るくなった。後ろに控えていたセオはララがまたろくでもない事を考えたのではと苦笑いを浮かべている、そんな事も気にせずララはランスに 「任せて下さい」 と言って胸を張って見せるのだった。


「フッフッフ……良いことを思いつきましたよ」


 ニヤリと笑うララの後ろでセオが頭を抱えたのはしょうがない事であろう。


 思い立ったらすぐ行動! ララはリアムの執務室へと大急ぎで向かうと、部屋に入ってすぐにリアムに声を掛けた。


「リアム、次のお店の定休日に買い物に付き合って欲しいの」

「買い物? 必要なものがあるなら今すぐでも出かけられるぞ?」


 忙しいのにララの為にすぐに時間を作ろうとしてくれる優しいリアムにララは首を振った。これはただの買い物では無いからだ。


「ううん、定休日に二人で出かけたいの、だからその日はちゃんと時間空けといてね」

「ああ……まあいいが……どこへ行くんだ?」


 ニヤニヤ何かを企んでいそうなララを訝しげに見ながらリアムは問いかけた。ララがこういう顔をしているときは要注意が必要なのだ、短い付き合いだがリアムはララの突拍子もない想像力の事は良く分かっているのだった。


「どっかに行くとかじゃなくて【デート】しようよ」

「で? でえと?」

「うん! じゃあ準備があるから、私は行くねー」


 そう言ってララとセオが出ていった扉を見ながらリアムが 「でえとってなんだ?」 と言っていた言葉に答えられる人間はその場に居なかったのだった。


――定休日当日――


 リアムは朝から落ち着かなかった。今日はララと ”でえと” なる物に出かけるからだ。朝が苦手なリアムだが今朝は目覚ましよりも早く目が覚めた。起こしに来たジョンにクスリと笑われ、まるで楽しみで眠れない子供の様であることを見抜かれたようで、少し恥ずかしい気持ちになった。


 朝食を終えて執務室へと行き、ララが来るまでに仕事を少しでも片付けておこうと思ったのだが、何だか落ち着かず書類の内容がまったく頭に入ってこなかった。皆がそんな様子のリアムを見て優しい笑顔を浮かべているので、益々恥ずかしくなったリアムであった。


 予定の時間は10時、まだ少し時間に余裕があった。仕方なくリアムはソファへと腰掛け気持ちを落ち着かせるようにジョンにお茶を入れて貰った。いつもは美味しく感じるお茶が今日はあまり味が感じられなかった。


「リアム様、あまりくつろがれてはスーツに皺が寄ってしまいます」

「あ、ああ……そうだな」


 落ち着かないリアムはソファでゴロゴロとしていたのだが、今日は以前ララがくれた高級スーツを着ている為、ランスに厳しいお叱りの目を向けられてしまった。王族でも着ない様な高級スーツを汚すのではないと、目を細くして見られてしまったのだ。


 そんな時間を過ごしていると、ノックをして一人の美しい女性が入って来た。透き通るような美しい肌に、青空のように澄通った瞳を持ち、キラキラと輝く金色の髪は流れ星の光の様だとリアムは思った。

 まさにリアムの理想の光の女神が目の前に立っていたのである、部屋の中にいた一同が息をのみ、作業していた手を自然に止めて見入っているのが分かった。息をのむほどの美しさとは彼女の事を言うのだろうとリアムは思った。


「リアムお待たせー、では【デート】に行きましょうか」


 その女性から発せられた言葉はララが言いそうな間の抜けた物であった。リアムは思考回路が上手く動かず口をパクパクさせているのが自分でも分かった。その女性の後ろにいつものセオの姿が見えなければ、ララだとは信じられなかっただろう。


「ラ……ララなのか?」


 大人の女性の姿のララは魅力的な笑顔をリアムに向けると小さく頷いた。そんな少しの仕草でもリアムは自分の胸が大きく鳴るのが分かった。


「リアム、この姿は2時間しか持たないのです、だから早くデートに行きましょう」

「ああ、分かった……それで……その ”でえと” ってのは何なんだ?」


 リアムは平常心を取り戻すために残りのお茶を飲み始めた、すっかり温くなったお茶は相変わらずなんの味もしなかった。


「デートは……逢瀬? とか逢引? って事かな? 恋人通しがやることだよ!」


 リアムが予想通りお茶を盛大に噴き出したのはしょうがない事である。


 二時間しか時間が無いとの事なので早速街へと出かけることにした。履きなれないヒールにララが歩き辛そうにしていたので、リアムは肘を出しエスコートをした。たったこれだけの事で自分の頬が熱くなるのが分かった。リアムとララの後ろにはセオとジュリアンが少し離れて護衛で付いてきているのだが、二人きりならどんなに良いだろうかと思ってしまうリアムであった。


「これは、これは、スター商会のリアム・ウエルス様ではありませんか?」


 ララと道具屋に視察で入ると早速店主に声を掛けられてしまった。ブルージェ領ではスター商会と共にリアムの名はすっかり有名になっているので、お近づきにと声を掛けてくる人間が増えているのだ。ララとの貴重な時間を邪魔されるのがかなり嫌だなと思いながらも、スター商会の副会頭として、挨拶を受けたのだった。 


 するとその店主はリアムの隣にいる美しい姿のララに目が行き はっ…… と言って胸を押さえながら息を飲んだのが分かった。


「リ、リ、リアム様……こ、こ、こちらのお嬢様は……」


 リアムは美しいララを誰にも見せたくなくて、この店主にも名前など教えたくない気持ちで一杯だったが、出発前の打ち合わせ通り ”ラーラ” と言う名の妹として仕方なく紹介することにした。


「あー、彼女は――」

「リアム様の ”恋人” のラーラと申します。宜しくお願い致します」


 ララはリアムの ”恋人” だと言って名乗ると、綺麗なお辞儀をして店からリアムを引っ張り出した。店主は何か言いたそうだったがあまりのララの素早い動きに付いてこれない様であった。


「ララ、ララ、ちょっと待て待て……」


 リアムの手を引きながらずんずんと横道を勢い良く歩くララに、ジュリアンとセオが慌てた様子で後を付いてきていた。


 ララはやっと立ち止まったと思うと ふー と深く息を吐いた。履きなれない靴や大人用のドレスで早歩きをしたために少し疲れたようだった。


「ララどうしたんだ、急に店を飛び出して……」


 ララは少し頬を膨らませアヒルのように口を尖らせた。淑女がやるような姿ではないが、リアムはそれでも可愛くて胸が痛くなり、道を歩く人々がララの事を見つめているのが分かると隠したくなる衝動にかられたのだった。


「あのお店の店主さんはリアムに何度も娘さんとのお見合いを申し込んでくるとランスから聞いていたの、しつこい人には ”恋人” がいるって言った方がいいと思って」


 ぷりぷりと怒っているララを見てリアムは顔がにやけてしまうのを感じた。ララが焼きもちを焼いているわけではない事ぐらい分かっているのだが、自分の事を大事に思っている事だけは確実なので、嬉しくてくすぐったい気持ちになったのだ。


 どうせ怒ってる理由は仕事が増えるとか、そんな物なんだろうけどな……


「リアムは私の大切な相棒です! 簡単に手に入れようとする人は許さないんだから!」

「ぶっはっ! はははは!」


 思わぬララの言い分にリアムは思わず噴き出した。嬉しくてこんなに笑ったのは初めてかも知れない、周りの人の目なんか気にせず大声で笑った。ララもつられてか笑い出したので、その美しさに人だかりができ、皆が顔を染め見入っているのが分かった。


 あと10年もしたらこの姿が毎日になる、これはセオも俺も守るのが大変だろうな……


 その後もララと街の店を仲良く見て回った。ランスから情報があった店には恋人と名乗り、そうでない店には妹だとララは名乗ってリアムを何度も笑わせた。これでお見合い打診の手紙も少しは減るだろうとリアムはホッとするのだった。


 間もなく二時間という事で時間切れとなりスター商会へと戻ると、ララに食堂へと連れて行かれた。するとそこには従業員が全員集まり、豪華な食事と共にリアムを待ち構えていたのだった。

 その中にはウエルス家の使用人のベルトランドやグラッツアまでもが揃っていた、それを見てこれがリアムの為に準備されたものなのだとリアムは気が付いたのだった。


「リアム、いつもありがとう」

「「「リアム様、いつも有難うございます!!」」」


 ララの掛け声で皆にお礼を言われて、リアムは涙腺が緩みかけたのだがそれをぐっとこらえて、リアムからも皆にお礼を言った。これがララが準備した物だとすぐに分かって面映ゆい気持ちが込み上げてきた。

 ララはリアムが欲しい物を全て当たり前のように与えてくれる、店や商品だけじゃなく母親の様な愛情までもだ。リアムはそんなララに感謝し、明日からも精一杯働くことを心に誓うのであった。



 ただし、この後……美しい女性の噂が街で広がり、リアム・ウエルスの妹であると聞きつけた貴族や商人から沢山のお見合いの打診の手紙が届くのだが、この時のリアムはそのことを知らないのであった……


 リアムの仕事が落ち着く日は、まだまだ先の話なのである――

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