第139話 ビール工場建設

 今日はビール工場建設の為に、アダルヘルム、マトヴィル、セオ、私の四人でカイスの街にある整地した土地へと向かっている。

 ブルージェ領の馬車道を通りながら、馬車の中から街の様子を私は見ていた。


 以前リアムと初めて街で会った頃に比べて、アズレブの街には活気が出て居た。スター商会が出来てからという物、他領から買い付けに来る商人が増えたため、少しづつではあるが景気が上向いているのだとランスが言っていた。

 それにタルコットが微力ながらも頑張っているようで、今までブライアンに言われるがまま領主印を押していた書類も、ピエトロ達に指示を出し、確認をし直しているようであった。

 その為仕事の一つ一つにどうしても時間が掛かってしまうので、すぐに全てを改善とまでは行かないのだが、ブルージェ領はタルコット達の力で変わりつつあるのでだった。


 問題のブライアンだが、怖いぐらいに大人しく屋敷に引きこもっているのだとタルコットが言っていた。今までは毎日のように領主邸に来ては自分が領主の様な振る舞いをしていたようだが、今はそれが全く無いのだと言う。

 メイナードの家庭教師のガブリエラの事もそうだが、連絡をしても何の返事も無い様で、不気味だとタルコットは言っていた。


 近々ブライアンの屋敷に行くべきかと、タルコット達は今相談しているとの事であった、そしてブライアンの悪事だが、かなりの情報が上がっているらしく、ブライアンが領主邸に雇い入れた使用人たちを一人ずつ確認していったところ、横領していた役人の家の者で有る事が分かって来たそうだ。

 ただし、何を怯えているのかは分からないが、ブライアンの名を口にする者は一人としていないとの事であった。

 皆、裏金の行方を話すように突き詰めても、頑として口を割らない様で、主へ対する誓いからというよりは、口を割れない理由が有るのではとタルコット達は思っているようであった。


 これを聞いたアダルヘルムが近々領主邸へと訪ね、捕まって牢屋へと入れられている彼らに拷問……ではなく話を聞く予定なのだと私にも教えてくれた。勿論その時は私も付いて行く予定でいるのだが、アダルヘルムを止められる自信があまりない私なのであった。


 大丈夫、大丈夫、話を聞くだけ、決して拷問ではない……と思う……


 そんな事を考えているとあっと言う間にビール工場建設地へと着いた。ここにもスター商会建設の時と同様に、アダルヘルムが結界を張ってくれている為、勝手に侵入する者などはいなかったようである。


 結界の中に入ると先日の整地した綺麗な状態になっており、特には問題が無い様であった。早速四人で手分けをして建設を始めることにした。


 今日の私は暴れやすい……いや、動きやすい様にノアの姿である。最近気が付いたのだがノアの姿の時の方が、数センチだけ背が高いように思えた。測っていないので気のせいかも知れないのだが、ララが変身しているとはいえ、そんな違いがあるのだなと魔法の力に改めて感心した私であった。


 着々と作業をしながらアダルヘルムにルイの事を聞いてみた、今日はアダルヘルムもマトヴィルも屋敷に居ないため、アリナが付き切りで勉強を見てくれている。試験問題は騎士学校なので一般教養レベルなのだが、それでも基礎がそれ程ないルイにはとても厳しい物であった。


「アダルヘルム、ルイは試験に間に合いそうですか?」


 魔法を使って捨てコンクリートの作業をしながらアダルヘルムに問いかけると、アダルヘルムはクスリと良い笑顔を見せた。スターベアー・ベーカリーに来るアダルヘルムファンが見たら卒倒しそうな笑顔で有った。


「ルイは剣術よりも武術の才能が高いですね、マトヴィルのしごきにも頑張って付いて行っていますよ」

「そうですか……」


 その言葉を聞いてホッとする、マトヴィルのしごきに耐えられるのなら騎士学校の試験は大丈夫そうだ。だが、アダルヘルムの言葉はそこでは終わらなかった。


「ですが……問題は学力テストの方でしょうね……」

「えっ?」

「こればかりは時間が掛かりますからね、特に歴史や教養はルイには初めての事ですから、時間がいくらあっても足りません……」

「ア、アダルヘルム……合格できるでしょうか?」


 不安になった私に、アダルヘルムはとっても良い笑顔を向けた。


「ララ様、”合格できるか?” ではなく ”どう合格させるのか” でございます。フフフ、私アダルヘルムは必ずルイを合格させて見せると、ここに誓いますよ」


 アダルヘルムの目がキラリと光った気がして、ルイの事がとっても心配になった私であった。


 ルイ! 夢の為に頑張れー! 魔王様降臨!



 着々と作業は進み、あっと言う間にビール工場部分は出来てしまった。元々スター商会に比べて部屋数も少ないので当たり前の事であった。

 一階は全てビール製作室で有り、二階に応接室や工場長の部屋と食堂などを作った、なので作業的には工場建設はスター商会よりも簡単であった。


 問題はここからで、工場の裏には従業員が入れる三階建ての寮を作る予定なのだが、これが一番大変なのだ。


 従業員は100名を超す人数を雇う予定でいるため、個室を沢山作らなければならない、家族用の部屋は一階部分にし、そして二階三階は個室を出来るだけ多く作っていった。

 これはこの世界の他の工場では有り得ない待遇なのだ、普通の工場の寮は大部屋が一般的である、そこで雑魚寝のように皆で生活をする、風呂も無いのが当たり前で、簡単な水場があるぐらいだ、そこで汗を流す程度で終わらせるのが普通らしい。

 風呂がある庶民の家の方が珍しい世界である、それもしょうがないのであろう。


 でもこのビール工場では清潔が第一の為、各階に大風呂を設置した。20人ぐらいがゆっくりと入れるような銭湯みたいなお風呂を作り、トイレも各階に設置したのだ。


 ただしスター商会の様に立派な物はあえて作らないようにした、それはこの世界では目立ちすぎてしまう為だった。リアムやランス、そしてタルコット達とも相談したのだが、寮にお風呂とトイレ(それも水洗)が付いているだけでも庶民からしたら十分に贅沢で有り、それだけでも働きたいと申し込んでくるものは沢山いるだろうとの事だった。その為、各部屋に風呂とトイレを付けるのは止められた。部屋の豪華さに驚き一々気を失われては仕事にならない。出来るだけ驚かれない程度にとは思ったが、それでも魔道具を使っているので、庶民からしたら十分豪華なお風呂とトイレだろう。


 


 二日目も順調に進み、部屋数の多い寮も何とか完成することが出来た。後は工場周りの壁と、工場のビール作成用の魔道具の設置で有った。

 魔道具はある程度ディープウッズの屋敷で作っていたために、セオと一緒に設置と最終の作業に入った。その間にアダルヘルムとマトヴィルは工場周りの壁の建設を担当してくれた。


 お互いにサクサクと作業は進み、なんと三日でビール工場は出来上がってしまった。流石私達ディープウッズ家の人間だ仕事が早い!


「これで完成ですね!」


 こうして白い箱のような形の、ブルージェ領ビール工場は無事に全てが完成したのであった。これからが楽しみだ。


 すぐに、タルコットやリアム達が視察へとやって来た。あまりの早い建設に驚いて声も出ないようであった。スター商会の建設で慣れている筈のリアム達でさえ驚き顔なのだ、タルコット達からしたら唖然となってしまうのはしょうがない事であった。


 まずは皆でビール工場内の見学をした。ビールは数種類作る予定でいるので、大型の魔道具が5つも設置してあり、タルコット達はここでも呆然と立ち尽くしていたのだった。

 それから二階に行き、食堂や応接室、工場長の部屋を見て回った。タルコット達は面白いように おー、とか ほー、とか声を上げて感心してくれたので、作った者としては嬉しい事だった。


 その後は寮の方へと移動して見て回った、一階の家族用の部屋は2LDKの作りになっており、庶民からするとそれでも贅沢な作りのようで、いかにスター商会の寮が一般常識と掛け離れているのか、流石に私も気が付いたのだった。


「家具も備え付けなのですか?」


 ピエトロが声を出して驚いていた、領主邸に勤めているピエトロから見ても、ビール工場の寮は贅沢な作りに感じる様であった。


「簡単な物ですが無いよりは良いかと思って作りました。ベットなどは、木の枠のみでマットは付いて無いのですが、本当にこれで大丈夫なのでしょうか?」


 余りにも質素な作りの家具を希望のままに作ったので、不安になったのだが、これでもどうやら贅沢な様であった。


「……これは寮の噂が広がれば、従業員になりたい者が殺到しそうですね……」


 ピエトロが少し呆れた様な様子で呟いた。リアム達も苦笑いで頷いている、言われた通りかなり質素に作った寮だったのだが、各階に大型のお風呂やトイレがあり、炊事場も蛇口を捻れば水が出るなど、それだけで一般庶民には贅沢だったようだ。

 主婦の毎日の仕事の中で一番大変な物が水汲みである。一階の家ならば良いが、集合住宅で高い階にある家などは、階段を使い、何度も水を汲みに行くのが当たり前なのだ、それが無いだけでも高級住宅なのだそうだ。


「では、これでビール工場は完成ですね、あとは、従業員ですが、募集は商業ギルドを使うのですか?」


 ブライアンの事を心配して、募集の掛け方をどうしようかと悩んでいたのだが、他にやり方もない為商業ギルドに頼ることにしたようだ。

 これはスター商会の名は使わず、ブルージェ領の公共事業の募集としてお願いするようだ。そして、スラムの人間でも人間性に問題が無いようで有れば、率先して雇うとタルコットは約束してくれたのだった。


「面接はいつから始めるのですか?」

「はい、すぐに従業員の募集を出し、来週からでも少しずつ面接を始めようと思っております」


 ビール工場建設にもっと時間がかかるだろうと思っていた為、募集が後手後手に回ってしまった様だ。だが、麦の購入やイーストの準備もある為、その時間を考えると丁度良いのかも知れなかった。


 それと、このビール工場の護衛は、領主邸の兵士が隊ごとに週周りで交代してくれることに決まった。あとは、食堂の料理人も領主邸から派遣するなど、タルコット達も色々と考えて行動してくれていた。


「では、ビール工場の従業員が決まったら、ビルやカイ、マルコを派遣してビールの作り方を指導して行けば良いですね」

「はい、宜しくお願い致します」

「この調子ならば年明けには、ブルージェビールが販売出来そうですね」

「そ、そんなに早くですか?」


 タルコットは驚いている様だったがリアム達は当然の様な表情を浮かべていた。スター商会ではこれぐらいの作業工程は当たり前の為、慣れた物の様であった。


「他領への販売前にはビール祭をしたいですね」

「「はっ?」」


 私の言葉にタルコットとリアムの声が揃った。


「一番最初にブルージェビールを味わうのが、自領の民じゃないと変じゃないですか?」

「ええ……まあ……そうですね……」

「まあ……そうだろうな……」


 そう説明するとタルコットとリアムが同時に頷いた。


「工場の従業員には割引でビールを販売してあげましょうね、それからビールに合う【乾き物】のおつまみの作成も考えた方がいいでしょう、あとは、沢山購入した人にはポイントをつけるなどして、それを貯める事によって手に入れられる【プレミアム】ビールなどを作っても面白そうですね、あ、後は子供が真似して飲めるビールなんかを作っても良いかもしれません! ふふふ、やる事がいっぱいで、楽しみですねー?」


 私の言葉にタルコット達は只々唖然とし、リアムがポンッとタルコットの肩に手を置いて、 「これからずっと忙しくなるぞ」 と自分と同じ、ララに振り回されるという立場になったタルコットに、同情した顔をみせたのであった。


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