錆びついた耳鳴りが叫んでいる2




バイトに行くときは、なるべく人の多い道を通る。周りに人がいれば、冴さんだって私達を襲えないはず。いつもと違う道を通ったら、店にたどり着くのに少しだけ時間がかかった。

「おはようございま~……す」

引き戸の前に瀬川君の自転車がないことを少し悲しく思いながら店に入る。すると店長がちょうどソファーから立ち上がった所だった。

「あ、店長ちゃんと生きててくれたんですね」

「当たり前じゃん僕を誰だと思ってるの」

そう言いながら裏の方へ消える店長。台所に片付ける為だろう、テーブルの上にあった二つのコップを手に持っていた。私も荷物を置くために一度店の裏へ向かう。

自分の部屋に荷物を置いて帰ってくると、店長はすでに店に戻っていて、ソファーでノートパソコンをカタカタする片手間にテレビを見ていた。

すっかりと元の姿を取り戻した店内を見回して、結局店長が一人で片付けたのかと驚いた。てっきり私を付き合わせるかと思っていたのに。

「相変わらずですね。命狙われてるとは思えませんよ」

「これくらいで生活態度変わらないでしょ」

「何と言いますか、心構えとかが」

いつも通りカウンターに座ろうとすると、それを店長が止めた。

「ちょっと待って」

私は、中腰でカウンターに半分入っているという、なんとも中途半端な姿勢で振り向いた。

「カウンターじゃもしもの時逃げ場ないから」

そう言って手招きする店長。なるほど確かに。カウンターに座っていて、いきなり冴さんがやって来たら逃げる間もなくグサッとやられて終わりだ。私はカウンターから出てソファーに座った。

「でもここじゃ何もできませんね」

「テレビ見てればいいじゃん」

一応私お給料もらってるんだけどなぁ。まぁ店長が言うんだしいいか。

「そうだ、もし冴ちゃんが来たら雅美ちゃんは裏口から逃げてね。暇だからDVD見る?」

「……どうしたんですかこのDVD」

いちいち突っ込むのが面倒臭いので、何も言わないことにする。店長はテーブルの下から袋に入ったDVDを取り出した。

「昨日陸男が貸してくれた」

「私達が大変だった時に何してるんですか!」

「リッ君にはホントごめんと思ってる」

「私は!?」

「雅美ちゃんがもっと頼りになればいいのに」

もう何も言いません!私は店長との会話を終了させて袋の中のDVDを見た。

「店長、何でこれ全部殺人鬼系の映画なんですか?」

袋の中には三枚のDVDが入っていたが、それは全て闇に潜む殺人鬼がどうのこうので主人公達が生命の危機でどうのこうのという内容のものだった。冴さんにビクビクしてる今、こんな物が見れますか!

「陸男が見て面白かったやつベストスリーだって」

「私陸男さんって、動物もので感動して泣くようなそんなイメージでした」

「わかった、陸男に言っとく」

「わざわざ言わなくていいです」

くだらない事を言いながら、店長は一番上にあったDVDをデッキに入れた。

「いやいや、止めましょうよ。絶対今見る内容じゃないですって」

「逆にいざとなった時に冷静な判断ができるようになるかもよ?」

「そんなのいりませんって。バラエティー番組で気を紛らわせましょうよ」

「嫌なら部屋に引っ込んでればいいじゃん」

「今この状況で一人にしますか!?私昨日本気でお母さんと寝ようかと思ったんですから!」

「一人が嫌なら閻魔でも呼ぶ?雅美ちゃん異様に仲良かったもんね」

「違います。神原さんが異様に私に付きまとってただけです」

「あ、始まったよ」

「ぎゃああああっ!いきなり死体から始まってるじゃないですかこれ!」

「雅美ちゃんもこうならないように気をつけて」

初っ端から吊るし上げられた惨殺死体で始まった「Mangled body~殺人鬼の蠢く街~」は、マニアル・ブーワが監督を務める全くもって人気のないB級映画だ。つか誰だよマニアル・ブーワって。聞いたことねーよ。

しかし逃げ出しても頼る人はおらず、一人部屋でビクビク怯えるか一応店長がいるここでマニアル・ブーワに怯えるか選んだところ、やっぱり人が居る方が安心だと死体だけがやたらにリアルなB級映画を視聴することにした。



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