ため息注意報4




「マジでやんの?台所キレイに使ってよね」

材料を買って店に戻ると、店長が呆れたようにこう言った。深夜さんは「見てろよ!吠え面かかせてやるからな!」と相変わらず意味不明な事を言っている。

私はお先に台所へ行って、スーパーの袋から二十センチの丸型を取り出した。ステンレス性の底が取れるタイプだ。さすがにこれはわざわざ買うわけにも行かず、この店の二軒隣に住む気のいいおばちゃんに借りてきた。ホイッパーやふるいなど、最低限の器具はここにあるから、まぁこれで何とかなるだろう。私は店長にケンカを売ってる深夜さんを再び引きずるようにして台所に立たせた。

「さぁ、始めますよ!」

「お、おう。で……まず何をすればいいんだ?」

買ってきた材料を見て、深夜さんが呟いた。私はにっしーにもらったメッセージが表示されている画面を深夜さんに突き付ける。

「とりあえず材料を量りましょう」

私は電子量りを深夜さんの前に置いた。さっさとやってさっさと終わらそう。深夜さんはスマホの画面を見ながら、薄力粉やらバターやらを量り始めた。

「量ったら次は何をすればいいんだ?」

「ちょっとは自分で考えてくださいよ」

えーと次は……あ、材料より先に下準備か。でもこれは私がやってやろう。じゃなきゃいつまで経っても終わらない。

「じゃあ深夜さんはチョコレートを溶かしてください。私はそのうちに他の準備をしておきます」

そう言ってボウルとゴムベラを深夜さんにわたした。私は型にオーブンシートを敷いておく事にする。

「やっぱお菓子作りってめんどくせーなぁ。絶対アタシに合ってねぇ」

深夜さんがチョコレートをかき混ぜながら愚痴る。うん、だって今のこの絵面に違和感を覚えるもん。

「つーかエプロンとかねぇの?これ服についたらアタシ恥ずかしくて帰れねぇじゃねーか」

「ない……んじゃないですかね。だってここで料理するのなんて店長しかいませんもん」

いや、店長が料理してる所なんて休日の昼くらいしか見る機会ないけどさ。なんか持ってなさそうじゃん。

そんな感じで、愚痴をこぼす深夜さんに何とか指示を出しながらチョコレートケーキを作っていった。五分に一回「やっぱり諦めようか」とか言うから、ぶっちゃけ後半イライラしてたよ私。だって付き合わされてる私の身にもなってみてよ。

「やっとここまで来たな……」

「オーブン温めときました。三十五分焼いてください」

深夜さんは型をオーブンに入れて、中を覗き込んだ。私は振り返ってぐっちゃぐちゃの台所を見る。……これからこれを片付けるのか。

「深夜さん、今のうちに後片付けしましょう」

「ええ━━。それをか?」

それをか、って、こんなに汚くなったのは深夜さんのせいでしょう。私はチョコレート生地でベトベトに汚れた台所を見てため息をついた。ああいけない、幸せが逃げていく。

「とりあえず洗い物してください。私は台を拭きますから」

さりげなく深夜さんに洗い物を押し付ける。大丈夫、今は寒い冬だけど、その流しちゃんとお湯も出るから。私は布巾を水で濡らして台を拭きはじめた。チョコレートがこびりついてて全然取れないんですけど。

私が後片付けをし始めたのを見て、仕方なく深夜さんも重い腰を上げた。ボウルやゴムベラなどを流しにぶち込んでいく。

「なぁ、これで上手く焼けなかったらどうする?」

「それは……。もう一度作る気力ないですよ私」

でも正直、失敗の可能性の方が大きいと思う。所々適当だし、何よりあのメレンゲはどう見たって成功ではなかった。混ぜても混ぜてもボリュームが出なかったから、面倒臭くなって「これでいいか」ってなっちゃったけど。そのわずかな泡も深夜さんが力任せに混ぜるからほとんど消滅したし。あれ?にっしーのメッセージに「さっくりと」って書いてあったような気がするんだけど、目の錯覚だったかな。

そんなこんなで、ダラダラと後片付けをしているうちにケーキが焼き上がった。焼き上がった合図のチーンという音を聞いてオーブンに飛びつく深夜さん。さっそくオーブンを開ける。が、

「……ぺっちゃんこだな」

「……ぺっちゃんこですね」

「……失敗か?」

「……一言で言えば失敗だと思います」

深夜さんは「はぁ━━」と大きなため息をついてしゃがみ込んだ。ため息をつきたいのはこっちですよ。オーブンの中のチョコレートケーキは、見事なまでに膨らんでいなかった。つか何これ、ホットケーキ?ホットケーキの方がまだ膨らんでるよ。まぁ、花音ちゃんのあの石炭よりはマシだけどね。

「どうすんだ?これ」

「……あ、余った生クリームでも絞って誤魔化しますか?」

深夜さんに、頷く意外の選択肢があっただろうか。



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