第15話:『恩恵』の隠された“力”と危険性
「………………え~と、抽出ってことは何か大本の存在から力を奪うってことだよね?」
「そうです。ただ、その抽出する大本が何者なのかは、まだ解明されていません」
だから危険なのです、と説明してくれた。
「ん~何者だか分からないけど、力をくれるのは事実なんでしょ。なら、別に正体を調べなくてもよくない? 貰えるだけ、力を貰っちゃえばいいじゃん」
「ダメです‼」
今度は考えなし発言をする俺を、強い語気でたしなめる。
「アキラは本当に『恩恵』の恐ろしさを理解してないのですね!」
「は、はい。すみません……」
「いいですか? 先ほども言いましたが、『恩恵』は人を侵食するのです。そして、その侵食が起こるのは決まって“力の抽出”を使った時なのです!」
「…………」
ただで力が手に入る便利な能力だと思ったら。
『無料(タダ)ほど怖いものはない』という諺(ことわざ)通り、恐ろしい追加オプションがついてくるのか。
『恩恵』自体、所有者が非常に少ない特殊能力なのに、力を使うとマジでいらない副作用も一緒に起こるとか。……これでは、全く特別感がないのだが!
「ちなみに、侵食されると何が起こるの? どうせ、ヤバいことだろうけど」
「多少の抽出ではほとんど影響はありません。また、一定期間インターバルを取れば、何度使っても、侵食された脳と心は回復しますので、あまり影響はありません」
「……まぁ、そこまで鬼畜仕様ではないとことか」
インターバルと言うのが、どれくらいだが知らんが。
考え方的には“力の抽出”は奥の手。毎日のように使うことはないだろう。
――というか、毎日使っていたら、そもそも奥の手ではない。
と、その時。
アーリアが、机に手を置き上半身をグイっとこちらに近づけ。
ここまでの説明で、弛緩しかけた緊張感を思い出させるような、真摯な口調で。
「で・す・が! 本当に危険なのはここから!」
「……(ごくり)」
「膨大な力を一気に抽出すると、一度で完全に侵食され。また短い間に何度も“力の抽出”を繰り返すと、侵された脳と心の回復が追い付かず、徐々に飲み込まれていきます」
と、目端に涙を溜めた顔で教えてくれた。
本当はこんな顔させたくない、すぐにでも面白可笑しい話題に変えたい。
が、そんな気持ちとは裏腹に、もっと知らなければと口が動いてしまう。
「完全に侵食されたら、どうなるの?」
アーリアは忘れたい過去を無理矢理、呼び起こすような後悔と苦痛の表情を浮かべ。
「『恩恵』の種類によって千差万別ですが、サオリ様の例で考えますと――
――嗤いながら魔物を殺し続ける狂人になります」
苦しそうに胸を押さえながらも、言葉を続ける。
「そこには、強敵を屠った達成感も数多の命を摘んでしまった罪悪感もない。ただただ、剣を振るい続けるだけの人形に成り下がります」
「…………でも、魔物を倒すのは良いことじゃない?」
「それ自体は良いこと。ですが、完全に侵食が進むと己の体が傷ついていることにすら気付かなくなる。疲労困憊、満身創痍にも関わらず剣を振り続け、最終的には――死ぬ」
「…………」
言葉が出てこなかった。
アーリアは先ほど『サオリ様の例』と言った。
つまり今は違うとはいえ、一時期サオリ先生は、こんな状態に陥っていたということだ。
「狂人と化した本人も辛いでしょうが、それを傍から見ていることしか出来ない力なき者も……辛いものです」
「そうですよね」
一致するとまで言えないが、ユズハが病気で苦しそうにしている時、優しく手を握ってあげることしか出来なかったのはやはり、辛かった。
だが、アーリアはそれ以上だろう。
助けたい人に触れることすらできなかったのだから。
「ありがとう、話してくれて」
俺には、この暗い過去を消すことも楽しい記憶に書き換えてあげることも出来ない。
今、出来ることと言えば、めいっぱい虚勢を張ることだけ。
未来に悲しみはないと希望を持たせてあげるために。
「俺は絶対、侵食なんてされない。そんな得体のしれない力なんて借りなくても大丈夫なぐらい強くなるから。だから――」
行きの馬車で教わったことをフル活用しよう。
付け焼刃でもいい。今、この一瞬だけ武器になってくれれば、それでいい。
「――俺はこれからもずっと、俺のままだ!」
ただでさえ大きな瞳を見開き、プルプルと全身を震わせるアーリア。
そんな彼女に向け、俺は優しげに微笑みかける。
と、彼女の瞳に薄っすらと水の膜ができ、そこから透明な液体が溢れ出してきた。
「ありがどうございまず…………」
「おう、任せろ!」
今はまだ、頼りなく見えるだろう。
寄りかかったら倒れてしまいそうなほど、弱く見えるだろう。
でも、必ず強くなろう。
『任せろ』の一言で悲しんでいる人に希望を与えられるようになろう。
と、その時。不意に首筋に水滴が降ってきた。
「雨?」
見上げるが、それ以降水滴は落ちてこず、雨の音も聞こえない。
もしかしたら、このドームが俺たちを雨から守ってくれたのかもしれないな。
「どうしたです? アキラ」
見ると、泣き止んではいたが、まだ瞳の端にうっすらと涙が残っている。
「やっぱりこの庭園は凄いな、と思ってね」
「そうでしょ。私の宝箱なの!」
と、お姫様ではなく、年相応の子供っぽい笑みを浮かべた――
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