第13話:お姫様と神秘の庭園
「綺麗なところですね」
俺たちは、喧噪に包まれる会場から抜け出し、少し歩いた先にある庭園へと足を運んだ。
ちなみに、会場を出る時、アーリア姫目当ての貴族たちの「は? お前誰だよ?」という視線がこれでもかというほど突き刺さった。
王族ってやべえ。
小学生ぐらいの頃、よく「俺、大人になったら皇族の人と結婚して天皇になるんだぁー」とか自分をぶん殴ってやりたい!
「ふふ、ありがとうございます。この庭園は、私のお気に入りなのです」
ただ無言で歩いていることに若干の気まずさを覚え、雑談程度の話題を振ってみると。
俺が話しかけるのを待っていたのか、それはもう嬉しそうな顔で話し始める。
「お父様とお母様、花には全く関心が無いみたいなので、この庭園は私がアレンジして、私の好きな物をこれでもかってほど詰め込んだ場所なのです」
私の宝箱みたいなところ、と恥ずかしいのか顔を紅潮させながら続ける。
「だから、アキラ様が気に入ってくれてよかった」
手をモジモジさせながらも、まっすぐ笑顔を向けるアーリア姫。
話のきっかけとして、大して庭園を見ずに「綺麗」と言ったことに罪悪感を覚え、自分を囲う様々な植物に目を向ける。
「うん、やっぱり綺麗ですね」
今度は本心からの言葉だった。
「夜なのに花の瑞々しさが伝わってくる。イルミネーションのように光を見せるのではなく、あくまでも花を見せるために光があるって感じ。次は昼に来てみたいですね」
「あ、ありがとうございます」
またもや恥ずかしように答える。
もしかしたら、この庭園を褒めてくれる人、今までほとんどいなかったのかもしれない。
お父さんとお母さん、つまりは王様と王妃様は興味ないと言っていたし、場所が場所だけに気軽に人を呼ぶことは出来ないだろう。
王族の人も大変そうだな。
「アキラ様、こっちに私がいつもお茶をする場所があるの」
「へぇ~、お茶ね」
自分ちの庭でティータイムを楽しむとか別次元すぎる。
「えぇ、ですので、そこでお話ししませんか」
「いいですよ。椅子に座って話したいですもんね」
もうすでにパーティが始まってから結構な時間が経っている。
アーリア姫はその間ずっと立ちっぱなしだったのだから、立ち話などご免だろう。
と、勝手に気を使ってみたが、本音は俺の足が限界に近いから早く座りたい。
「ふふ、あそこは特に力を入れて飾ったの。きっとアキラ様も気に入ってくださるわ」
「それは、楽しみですね」
その後、歩を進め、薔薇を主とした花々で彩られたアーチの中をくぐり終えると。
「わ、……美しい」
そこには幻想的な光景が広がっていた。
「すごいですね。ここだけ時間が止まっているんじゃないかって感じますよ」
「そうでしょう。ここは来ると嫌なしがらみを一時だけ忘れられる。そんな場所なのです」
時間を、しがらみを忘れられる、まさにその通りだった。
異世界に転移した俺が言うのは若干引っかかるが、別の世界にいるような錯覚に陥る。
「空間を完全に囲うのって結構難しいのですよ」
俺の目を奪っているその場所は。
花と木でつくられたドーム状の空間、その中央にポツンと小さな机と椅子が置いてある。
「入り口で立ち止まらず、ささ、早くなかへ」
と、促されるままに、その神秘的な空間に足を踏み入れる。
一歩、二歩、と生い茂る芝を傷つけないよう慎重に歩く。
そして、三歩目を踏み出したところで足を止める。
「この光も、計算してるんですか?」
天井に顔を向け、問いかける。
「えぇ、夜は人工的に太陽光を再現してますの」
この空間で俺が何より目を引かれたのは『光』だった。
光が天井の花を透過することにより、カラフルな色を呈する。
それが均等でなく、絶妙な不均一さで差し込むことで織り成される、花と光の共演。
これこそが幻想的な雰囲気の正体というやつであろう。
「ふふ、アキラ様。美しいものはどれだけ考えを巡らそうが最終的には必ず『美しい』という一つの答えに収束してしまうものですよ」
「確かに、その通りですね。原因を理解しても『美しい』という感動しか湧きません」
再び歩を進め、彼女が座っている中心を目指す。
彼女は待ち遠しそうに足をプランプランと揺らしている。
――意外と子供っぽいな
会場内ではお姫様の模範のような礼儀正しさだったので、少し違和感を覚える。
おそらく、こっちが本当のアーリア姫なのだろう。
彼女の対面の椅子に座る。
「さて、どんな話をしましょうか」
アーリア姫はご機嫌なのかニコニコ顔である。
う~ん、ここは定跡、先人たちが築いてきたもの通りに行くのがベストだろう。
「ご趣味は?」
「へ? ……趣味ですか」
しまった。
なんか間違ったか!
「み、見知らぬ男女が二人。こういう場合は趣味を聞いてから話を広げるのかなと思ったのですが……へ、変でしたか?」
あたふた取り乱す俺とは異なり、アーリア姫は可愛らしくフフッと微笑を浮かべる。
「いえ、おかしくはありませんよ。ただ――」
「ただ?」
「アキラ様は自慢をなさらないのですね」
「自慢?」
「はい、私に声をかけてくる人は全員と言っていいほど、自分の活躍を鼻高らかに話してくるだけなので、何かを質問されるのは久しぶりです」
いつもは一方的に話してくるだけですから、と困った表情を浮かべる。
そういえば、と俺たちがこの人に声をかけようとした時のことを思い出す。
確かに、アーリア姫は「えぇ」や「ありがとうございます」しか言ってなかった。
これは流石に会話とは呼べないよな。
「すみません、話が逸れてしまいましたね。私の趣味は見ての通り、ガーデニングです」
「ただの趣味にしてはレベルが高いですね。プロ顔負けってやつじゃないですか」
「あ、ありがとうございます。でも、私がつくったこの庭園はプロの方々のものと比べるなんておこがましい代物ですよ」
「そうですか? あまり詳しくないですが、俺ならお金払ってでも来たいと思いますけど」
「あ、ありがとうございます」
でも、と顔に影を落としながら、続ける。
「この庭園をつくったのは誰のためでもない、私のためなんです」
「それは、……好きでやっているんですもんね」
「ええ。水を与え、新しい花が咲いたとき、世界が私色に染まっていくのを感じました。だから私は居場所が無い孤独から逃げるために、この庭園をつくったんです」
「孤独?」
「幼いころから両親は忙しくて私はいつも大きなお城に独りぼっち。正確には両親も使用人もいましたけど、心は独り、でした」
「この城の外に出たりはしないの? 学校とかでさ」
「専属の家庭教師がいますので、外にはいきません。私が城の外に行くのは他国に行く時だけ、それ以外はずっと城の中で過ごしてきました」
「…………」
これはアレだな。
――『ひきこもり』ってやつだな。
スケールはだいぶ違うが、要約するとほとんど毎日、外出せず家の中に籠っているということか。庭には出られるようだが。
「そ、そうなんですか。まぁお姫様に何かあったら大変ですもんね」
「はい、皆さん、とても優しいんです。でも……」
何というか、俺の手には余りそうだ。
元々、人助けはあんまり得意でなし。
しかも相手はお姫様。俺に出来ることなど、無いに等しいだろう。
まぁ、俺は柚葉を探すために違う世界から来た、言わば異物だ。
可愛い女の子にはいつも笑っていて欲しいが、仕方ない。
ここは適度にフォローを入れつつ、話題を逸ら――
「す、すみません。未来の妻がこんなに暗い女で……嫌になりましたよね」
…………………………
………………
……
「も、もう一度、言ってもらってもよろしいでしょうか」
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