不死姫

秋水 終那

第一章 不死の姫と傭兵兄弟

第1話

 兄貴から簡単な仕事だと聞いた。

 貴族が住むような立派な屋敷に、後の人生を遊んで暮らせるほど莫大な金。

 内容は人攫い。生死は問わず。


 武装して関所の前に行けば一人の女が現れる。

 そいつを攫ってくればいい。


 いくら腕っぷしだけの俺だってわかるぜ。

 そんなうまい話しなんてありゃしない。

 だが兄貴はこの儲け話を簡単に請けちまった。


「奴ら、嘘は言ってねえ。傭兵としての勘がそう言ってんだよ」


 獲物を見つけた獣の目で兄貴は言った。

 そして、馬鹿なお前は俺について来ればいいと付け加えた。


 傭兵って仕事は案外と頭を使う仕事だ。

 それが旨い仕事なのか、いつ見切りをつけるのか。

 馬鹿な俺にはそんなことは全然わかんねえ。

 だから俺は頭のいい兄貴を信じてついてきた。


 言われた通り間所に来てみると門から一人の女が現れた。

 白い髪、白い肌、赤い目。

 なるほど希少種か。

 これは高く売れる。


 しかも生死を問わずと来てる。

 とんだもの好きもいたもんだが、それなら連れ帰るときにつまみ食いしたって文句はないだろう。

 ま、もう少し熟れてるほうが俺好みではあるがな。

 そうとなれば早いこと仕事を終わらせちまおう。


 だが兄貴は動かない。


「どうしたんだ兄貴、簡単な仕事じゃねーか。さっさと片づけちまおうぜ」


「だからお前は馬鹿なんだよ。あれはダメだ」


 何がダメなんだ。丸腰の女にびびってんのかよ。

 だがそこまで言うならきっと何かある。

 生き残るためにはまずは観察。兄貴に口を酸っぱくしてよく言われることだ。


「お前には見えないのか。あいつの右手に持つもんがよ」


 幼さを残しながらも整った顔と外套を羽織って見えない体を想像していて見ていなかった。

 兄貴に言われて初めて注目する。


「なんだ、ありゃあ」


 それは一本の槍だ。

 穂先から石突が黒い、いや暗い。

 闇が槍の形をしてやがる。ああ、一番しっくりくるぜ。


 それに、臭い。

 簡単な仕事にいい女で浮ついちまって気づかなかったが、あの女のほうから嗅ぎなれた臭いがする。

 俺たちの仕事場の臭いだ。


 絶望の臭い。

 狂気の臭い。

 血の臭い。


 戦場の臭いだ。

 人の皮を被った何か。英雄なんて呼ばれる悪魔。

 幾度の戦場を越えた古強者ふるつわものだけが放つ、強烈ないくさの臭い。


「すまねぇ兄貴……」


「お前は馬鹿だが勘は悪くない、ここは引くぞ」

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