第406話 終戦
ドノヴァン国防長官は、飛行船部隊にアマト国軍の陣地を偵察するように命じた。飛行船部隊の責任者であるカークランドは、急いで準備を始める。だが、飛行船はすぐに飛ばせるようなものではなかった。
出発地点に飛行船を運び、風向きなどを調査して着陸地点を決めて風の具合が良い時に出発するという事になる。
ユナーツの飛行船が空に浮かびアマト国軍の占領地に向かって飛び始める。本当は夜間偵察が良かったのだが、夜間だと偵察自体が困難で、着陸も難しくなるので昼間の偵察飛行となった。
「あ、あれは何なのだ?」
自ら飛行船を飛ばしたカークランドは、敵陣地の中央に大きな舗装道路が作られているのに気付いた。そして、その舗装道路の片隅に何機もの翼のようなものを持つ機械がある。
「まさか、捕虜奪還艦隊の軍艦を沈めたと聞く爆撃機なのか。まずい、早く着陸しないと」
カークランドがそう言った時、一機の偵察機が滑走路を走り始め、空へと舞い上がる。これはスズラン型水上偵察機を陸上機に改造したものである。
舞い上がった偵察機は、旋回すると飛行船を目指して飛んで来る。
「ダメだ。高度を下げろ!」
飛行船は必死で逃げようとしたが、スピードが圧倒的に違った。追い付かれた飛行船は銃撃を受けて、穴が開く。ヘリウムを使っていたので爆発する事はなかった。
だが、高度が急速に下がり海に着水。カークランドは海に投げ落とされ、半日ほど漂流した後、味方の船に救助された。
救助されたカークランドは、国防長官に報告した。
「アマト国が飛行機を、占領地に運んで来ているというのか?」
「そうです。数える暇はありませんでしたが、かなりの数がありました」
その情報を持って大統領のところへ行った国防長官は、顔を青褪めさせていた。
「そんな顔をして、どうしたのだ?」
大統領が心配そうに声を掛ける。
「一大事です。アマト国軍は、捕虜奪還艦隊を沈めた爆撃機を、占領地に運び込んでいます」
言われた意味が分からなかった大統領が、首を傾げる。
「その爆撃機で、何をしようというのだ?」
「何でもできるのです。我々の都市を攻撃する事も、造船所や製鉄所を攻撃する事も可能です」
大統領の顔が青くなり身体が小刻みに震えた。
「……こ、高射砲がある」
「あれは軍艦に乗せましたので、陸上にはありません」
ユナーツ側が慌てている間に、滑走路が完成して爆撃機の準備が整った。
ユナーツに対する初めての爆撃が始まったのである。最初に爆撃されたのは、造船所や製鉄所がある工業地帯だった。二十機ほどの爆撃機が編隊を組んで飛び、爆弾を雨のように降らした。
造船所にあった燃料タンクが破壊され、その燃料に火が着いて燃え上がる。ユナーツの国民は、戦争がどのようなものか初めて知ったのではないだろうか。
ユナーツの国民にとって、戦争は遠い場所で起きるもので、自分たちが住んでいる場所で起きるものではなかったのだ。だが、初めて自分の目で戦火を見た。今まで戦争に賛成していた者も、心変わりして戦争反対を叫ぶようになるのは時間の問題だろう。
アマト国軍の爆撃機は、軍の基地や都市も攻撃する。それは情け容赦ない攻撃だった。同時に空中からビラも撒かれる。そのビラには、今回の戦争が起きた原因がユナーツ政府にあると書かれていた。
ユナーツで反戦運動が起こり、国民のほとんどがギネス大統領を非難した。なぜアマト国と戦争を始めたのだと、怒り始めたのである。
戦争が始まった時は、国民のほとんどが大統領に賛同していたはずなのに、今では弾劾裁判を求める声も上がり始めた。
御蔭でギネス大統領は体調を崩し、入院する事になった。強烈なストレスで、胃潰瘍になったようだ。
大統領が病気で入院した事により、ユナーツの議会は反戦派が勢いを増しアマト国に停戦を申し出た。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ホクトでユナーツからの停戦案を聞いた俺は、停戦の方向で話し合うように外交奉行のコニシに命じた。その理由は爆弾や食料の輸送が厳しくなったのだ。
「上様、停戦が決まりますと、終戦に繋がるのでしょうか?」
勘定奉行のフナバシが尋ねた。
「ユナーツの国民が、戦争を望んでいない。終戦になるだろう」
俺は爆撃機部隊に十年は消えない傷跡をユナーツの本土に刻めと命令した。ユナーツの国民は、十年間くらい戦争を嫌うようになるのではないかと考えている。
但し、十年間だけだ。その十年間で我が国とユナーツは経済的な結び付きを強くする必要があるだろう。アマト国を味方にした方が利益になると思わせるのだ。
そのためには敵が必要だが、列強諸国が極東同盟のような同盟を組むという話が持ち上がっているらしい。アマト国に負け、ユナーツに負けた列強諸国は、自分たちの利権を守るために同盟を組む事にしたようだ。
特にイングド国とギルマン王国は、熱心に西洋同盟の結成を働き掛けている。その西洋同盟にフラニス国が興味を持ち始めたので、アマト国も警戒しているのだ。
もし西洋同盟が結成され、列強諸国のほとんどが同盟国となったならば、ユナーツ以上の力を持つ集団が生まれる事になる。
列強諸国が秘密裏に動いているので、ユナーツは気付いていないようだ。だが、後数ヶ月もすれば気付くだろう。その時、どう思うか?
アマト国より強力な敵が出現したと考えるのではないだろうか?
停戦交渉が進められ、アマト国とユナーツは停戦した。そして、終戦への交渉が進み、デルマーバ半島の占領地の代わりに、ユナーツの東海岸から二千キロほど東にあるアリベルド島を割譲する事を条件に戦争は終わった。
アリベルド島は、大異変の時に隆起して出来た新しい島である。農業には向かない島だが、広さはバイヤル島ほどもある。
その周辺の海には魚が豊富だという事も分かっているので、漁業を中心に開発する事が可能だろう。そして、俺が注目しているのは気候だ。
雨が少なく年間の気温が摂氏二十二度から三十三度くらいなのだ。観光地として開発したら、ユナーツから大勢の人々が訪れるのではないかと考えている。
またユナーツ人は、二千キロも離れているので空軍基地にしてもユナーツを攻撃する事はできないと考えているようだが、将来は往復できる爆撃機も開発できるだろう。
但し、問題もある。利用できる真水が少ないという点だ。ルブア島のように海水から真水を造り出す大規模な装置を開発しなければならないだろう。
ユナーツとの戦争は、アマト国が満足する形で終結した。
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