第241話 晨紀帝の病気

「不満はあるが、命令は命令だ。江順省を攻め取らねばならない」

 アルバーン総督がキンケイド少将に言った。

「お任せください」


「桾国とまた戦う事になる。兵力は足りているのか?」

「本国から来た兵力は少なくなりましたが、チュリ国の若者を鍛えた植民地軍は、大きく育っています」


 五万だった植民地軍は、九万に増えていた。優先的に兵士に食料を配給したからだろう。その中の三万を江順省へ派兵すれば、切り取れると少将は考えている。


 その目論見もくろみは成功した。桾国もイングド国を警戒して兵を増やしていたのだが、十分ではなかったのだ。

 江順省を手に入れたキンケイド少将は、植民地軍五万を守備兵として置いた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 それを聞いた桾国の晨紀帝は、激怒した。

「チュリ国の兵が、江順省を攻め取ったというのは、どういう事だ?」

 孝賢大将が皇帝を宥めた。


「お待ちください。チュリ国の兵ではなく、イングド国でございます」

「だが、戦ったのはチュリ国の兵だと聞いたぞ」

「その通りでございますが、イングド国に強制されて、行った事でございます」


 晨紀帝が首を振った。

「違う。チュリ国の兵は、江順省で支配下に置いた領民たちを襲い、金品や食料を奪い取っているという。それはイングー人が命じた事なのか?」


 たぶん違うだろうと、孝賢大将も思っていた。戦いで死んだ兵の数より、チュリ国の兵が行った略奪で死んだ領民の数の方が多いと報告を受けている。


 チュリ国の兵は、江順省の領民を皆殺しにする勢いで殺しまくったそうだ。ハン王の一族がチュリ国を支配していた時代、桾国の民はチュリ人をさげすみ、馬鹿にしていた。


 それを覚えているチュリ国の兵が、昔の怒りを江順省の領民にぶつけたのではないか、と孝賢大将は考えていた。


「取り返す事はできるか?」

 晨紀帝が孝賢大将に尋ねた。

「首都のハイシャンを守っている精鋭の近衛兵を使えば、できるでしょう」


 首都の守りを派兵すると聞いて、晨紀帝が顔をしかめた。

「地方軍から、兵を出せぬのか?」

「残念ながら、反乱を起こした地方へ出しておりますので、難しいかと思われます」


 晨紀帝が考え込んでしまった。しばらく経って、孝賢大将が、

「如何いたしましょうか? 近衛兵を出しますか?」


 晨紀帝が首を振る。

「ダメだ、一時でも首都の守りを弱める事はできん。地方の反乱が収まった後に、江順省を取り戻す」


 皇帝が江順省の領民を救う事を放棄した事により、江順省は地獄と化した。チュリ国の兵は、江順省の全域を荒らし回ったのだ。


 当然、地獄となった江順省から逃げ出す領民が大勢現れ、難民となった人々は首都ハイシャンを目指した。


「陛下、首都で問題が起きております」

 孝賢大将が晨紀帝に報告した。

「何だと……江順省から逃げてきた難民が、ハイシャンに入ろうとしていると言うのか」


「首都の外側に町を造るのではないかという勢いで、次々と難民が逃げて来ております」

 難民をハイシャンへ入れるなと命じてあるので、首都には入って来ていない。だが、難民が増えれば、大きな問題となる事は分かっていた。


 その報告を受けた晨紀帝は、熱を出して寝込んでしまう。驚いた孝賢大将は、宮廷医を呼んだ。呼ばれた宮廷医は、ジョ以豪イゴウという医師だった。皇帝の診療ができる宮廷医を御医と呼ぶが、徐医官も御医の一人である。


 晨紀帝を診察した徐医官は、これは精神的な疲れから来るものだと診断し、それ用の薬を飲ませた。だが、晨紀帝は回復しない。


 三日が経過しても、晨紀帝の熱は下がらなかった。徐医官は宮廷医の中でも三本の指に入る名医だと言われている。その名医が治療して回復しない晨紀帝の病気に周りが慌てた。


 周余という名前で宮廷医になったアマト国の忍びであるゲンサイは、偉い宮廷医たちとは関係ない場所で、いつものように治療をしていた。


「周医官は、陛下を診察に行かないのですか?」

 宮廷女官の一人がゲンサイに尋ねた。

「私は同じ宮廷医でも、下から数えた方が早い下っ端の医官ですよ。そんな医官が陛下の脈を取るなどありません」


「でも、天順殿下の病を治したと聞きました」

「あれは、偶々私が詳しく知っている病に、天順殿下がなられたのですよ。普通は禁じられているのです」


「そうなのですか」

 そんな話をしている時、御医の徐医官がゲンサイの診療室に現れた。ゲンサイは居住いずまいを正して、徐医官に視線を向けた。


「徐様、このようなところへ如何なさったのでございますか?」

「その方も知っているだろうが、陛下の熱が下がらぬ。宮廷医全員で会議を開く事になった。医館二階の会議室に集まるように」


 ゲンサイは頭を下げた。女官の治療を終えたゲンサイは、医館に向かった。この医館は宮廷医の待機場所である。ここで待機していると、女官たちが医官を呼びに来るのだ。


「どうして御医の徐医官が、私を呼びに来たんだ。何か期待されているのか?」


 期待されても困ると思いながら、ゲンサイは会議室に入った。そこには二十人ほどの宮廷医が集まっていた。


 全員が集まると、会議が始まった。徐医官が晨紀帝の症状を説明して、意見を求めた。

 ゲンサイが皇帝の症状の中で気になったのは、唇と口内が荒れている事と全身にじんましんが出ている事だ。


 食物アレルギーという事は有るだろうか? 皇帝の食事はきっちりと管理されているが、アレルギーまでは知らないかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る