第209話 ベク経済特別区

 アマト国はチュリ国のスリョン地方を領有している。イングド国との交渉で得たものだ。しかし、そのチュリ国が桾国に奪われた。正確には取り返されたのだが、アマト国としてはスリョン地方の件がどうなるかで問題となった。


 そこでスリョン地方で炭鉱の経営をしている元メラ家当主ヨリチカが、交渉する事になった。交渉相手はハン王と桾国の莎中将である。


「殿下、お久しぶりでございます」

 ヨリチカはハン王に挨拶してから、莎中将にも挨拶した。


 ヨリチカの顔を見たハン王は、複雑な表情を浮かべる。過去にヨリチカの経営する店から黙って大金を持ち出し穀物相場で文無しになった事を思い出したからだ。


 文無しになった後、ヨリチカの店に戻ると、店主が桾国人に替わっており桾国で捕縛されるという不名誉な事件もあった。


「本日は祖国アマト国の代表として、スリョン地方の件で交渉に参りました」

 莎中将が厳しい顔で告げる。

「チュリ国は桾国が取り戻した。イングド国が約束した事など無効である」


 予想した通りの言葉を聞いて、ヨリチカは溜息が漏れそうになる。ヨリチカは粘り強く交渉したが、莎中将は拒否した。

「そうですか、残念です。これでスリョン地方の炭鉱も終わりですな」


 莎中将がニヤリと笑う。

「その炭鉱は我々が引き継いでやろう」

「それは無理でしょう。あの炭鉱はアマト国でも最新の技術を導入しないと……」


「黙れ。桾国の技術が遅れていると申すのか?」

「そうではありませんが、スリョンの炭鉱は少し特殊なのです」


 スリョン地方にある炭鉱は石炭層の上に川が存在する場所があり、こまめに水の対策をしないと坑内に水が溜まってしまうのだ。


「問題ない。アマト国の者は、すぐにスリョンから出て行け。残っている者を見付けたら容赦なく捕縛するからな」


 ヨリチカはハン王に視線を向けたが、ハン王は目を背けた。やはり何の権限もない飾り物にすぎないようだ。


 アマト国はチュリ国から撤退する事になった。アマト国は初めて領地を失った事になる。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ヨリチカがアマト国に戻り、俺に報告した。

「御屋形様、申し訳ございません」

「スリョンの件は予想していた事だ。問題ない」


 俺はヨリチカを叱責しなかった。明らかに無理だと分かっていたからだ。

「それより、チュリ国をどう思う?」

「もう一度、戦が起きるのではないかと思っております」


 俺は頷いた。このままイングド国が黙って引き下がるとは思えなかった。その時にスリョン地方も戦いに巻き込まれるかもしれない。


「チュリ国は、呪われているという話が出た事が有る。チュリ国がこのような状況になった原因は、何だと思う?」


「支配者であったハン王の一族が無能であった事も原因ですが、民衆もアホなのです」

 民衆が自分で考える事を放棄して、すべてをハン王の一族に任せたのが問題なのだとヨリチカは言った。


 それを聞いた俺は、他人事ではないと考えた。今は俺が判断して国を動かしているが、将来はカイドウ家の下に内閣と議会を作り、国の運営はそれらにゆだねる事を考えねばならないだろう。


「これからどうするつもりだ?」

 俺がヨリチカに尋ねた。

「バラペ王国のベク経済特別区が面白そうなので、行こうと考えております」


 ベク経済特別区は、バラペ王国を経済発展させるためにカイドウ家が協力している場所だ。港湾施設を整備し倉庫や道路も出来上がった。


 毎日のようにコンベル国とアマト国から船が来て、商品と商人を運んでいると聞いている。

「経済特別区で何をするのかは知らぬが、成功する事を願っている。またホクトを訪れて話を聞かせてくれ」


 ヨリチカが頭を下げて出て行った。

「ホシカゲ、ベク経済特別区の報告は上がっているか?」

「はっ、経済特別区は日々大きくなっており、人口が首都のヤナックを抜いたそうでございます」


 ちょっと急激すぎる気がする。貧民街のようなものが出来ているのではないか? それを確かめた。


「経済特別区の内部には、貧民街は出来ておりません。但し、経済特別区を囲む壁の外に、貧民街が出来ているようです」


 その貧民街の者たちは何をして生活費を稼いでいるのだ。そんな疑問が浮かび上がる。もしかして、経済特別区の者が仕事を仲介しているのか?


 ホシカゲに確認した。

「その通りでございます。経済特別区で仕事を請け負った者が、外の者たちに仕事を与えているようです」

「問題になっていないのか?」


「注文通りの商品を作ってくれれば、問題なしとしているようです」

 問題は有るのだが、今言ってもしょうがないだろう。バラペ王国の統治者に任せるしかない。

「ならば良い。それはアマト国が介入する問題ではない」


 経済特別区の話を終えた俺は、造船所の造船技師たちが待っている会議室に向かった。そこでは鉄船についての話し合いが行われているはずだ。


 俺が部屋に入ると、全員が立ち上がり頭を下げた。頭を上げ座るように言う。

「鉄船に対する評価を聞きたい」


 造船技師たちの話を総合すると、性能的には問題ないらしい。ただ建造時間と費用が木造船よりも多くなるという。


「錆止めは何を使っている?」

鉛丹えんたんでございます」

 鉛丹は鉛を酸化させたもので、錆止めとなる。ものが鉛なので鉛中毒になる危険が有るが、錆止めとしての効果は高い。


 しかし、これから先の事も考えると安全な錆止めや塗料の研究も行わなければならない。


「現時点では、木造船の方が建造費が安くなりますので、急いで鉄船を開発する必要はないのでは?」

 造船技師の一人が意見を述べた。


「では、全長二百メートルの船を建造する場合、木造船がいいのか、それとも鉄船がいいのか?」

 俺が質問すると、造船技師たちがガヤガヤと話し始めた。


「船の強度を考えると、とんでもない量の木材が必要になるぞ」

「だが、鉄は錆びる」

「木材だって、腐食する。そのために防水防腐作用のある塗料が必要なのだ」


 木造船はどこまで巨大化できるか、という話に議論が進み、二百メートルの船は無理だという結論になった。


「軍艦はこれから大きくなる。それを考えると、鉄船や鋼鉄船が必要になるのだ」

 俺がそう言うと、造船技師たちは納得した。


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