第194話 オトベ家のナイキ

 俺はホウジョウ家の動きを注視していた。ハンゾウに命じて、新しく当主となったツナヨシの評判などを集めさせる。それによると、新当主の評判はかんばしいものではなかった。


「フラニス国の商人から、大量の火縄銃と硝石を購入したのか?」

「はい、火縄銃五百丁と大量の硝石を手に入れたようでございます」

 今までの蓄積と合わせると相当な数の火縄銃を、ホウジョウ家は保有している事になる。


「戦に備える事は、当然の事だ。そんな事では評判が悪くなるはずがない。何が原因で評判が悪い?」

「領内の橋や堤を修理する費用まで、軍備費に回しているそうなのです」


 ツナヨシは領地を広げようと懸命であり、ヒオキ家の領地だったトヨコロ府の南西にあるモロト郡のコウサイ家に脅しを掛けているらしい。


 ホウジョウ家に臣従しなければ潰すと脅したようだ。ツナヨシは何のために領地を広げようとしているのだろう。アマト国と戦うためなのか?


「伊和守殿は、列強諸国をどう扱っている?」

「武器を手に入れたいからでしょう。優遇しているようでございます」

 ツナヨシは列強諸国の恐ろしさを分かっていないようだ。イングド国のように獲物と定めた後進国に食い込み、情報を集めて制圧できると思ったら、戦力を投入して植民地化する。


 それが列強諸国の常套手段なのだ。ホウジョウ家がそういう事になれば、厄介な存在となる。

「モロト郡のコウサイ家は、脅しに屈すると思うか?」

「西にあるヤグモ府のオトベ家に助けを求めております。オトベ家が援軍を出すものと思われます」


「援軍を出す条件は、どうなった?」

「モロト郡の銅鉱山を渡す約束を交わしたようですが、中途半端な援軍では約束を守れぬでしょう」


 オトベ家の総兵力は一万四千ほど、その中から四千の兵を援軍としてモロト郡に出すとして、総兵力七万を超えるホウジョウ家なら、軽々と一万ほどの兵を出すだろう。オトベ家とコウサイ家が勝てる訳がない。


 どうするのだろうと考えていると、オトベ家から使者がホクト城に現れた。俺は会う事にして、使者を大広間に招き入れる。


 その使者はオトベ家の重臣タカトリ・ソウシロウという男だった。挨拶を交わした俺は用件を尋ねる。

「聞き及びとは思いますが、ホウジョウ家がモロト郡に攻め込もうとしております。そこでオトベ家は三千の兵を援軍に出しました。ですが、ホウジョウ家はハジリ島の半分ほどを領地とする太守でございます」


 用件というのは、ホウジョウ家の兵力には勝てそうにないので、アマト国に支援して欲しいという事だった。


「話は分かった。このままでは、オトベ家のヤグモ府もホウジョウ家に攻め取られてしまうので、加勢して欲しいという事だな」


 身も蓋もない俺の言葉に、聞いていたイサカ城代が苦笑した。

「御屋形様、途中を飛ばしております。今はヤグモ府の話ではなく、モロト郡の話ですぞ」


 ホウジョウ家はモロト郡を攻め取ったら、タナクラ郡・イナ郡を攻め、最終的にはヤグモ府を攻めるだろう。俺は途中を飛ばして結末を言ったのだ。


 話を聞いていたオトベ家のタカトリが額に汗を浮かべている。

「将来の話はともかく、まずはモロト郡に援軍を送って頂きたいのでございます」

「なるほど、モロト郡に兵を送る事は可能だが、ずっと他家の領地に兵を配置しておく事はできぬ。そこはどう考えている?」


「カイドウ家が援軍を送ったと分かれば、ホウジョウ家も手出しを控えるのでは、と考えております」

 ツナヨシが、それほど物分りの良い人物だとは思えないのだが、どうだろう?


 小姓のマサシゲが傍に来て、小さな紙を渡す。そこにはホウジョウ軍がモロト郡に攻め込んだ事が書かれていた。


「タカトリ殿、少し遅かったようだ。ホウジョウ軍が動いた」

「な、なんですと!」

 タカトリが顔に驚きの表情を浮かべる。オトベ家はこれほど早くホウジョウ軍が攻撃を開始するとは思っていなかったらしい。


 ハンゾウから情報を聞いたトウゴウが、その詳細を報告した。ホウジョウ軍は兵五千だけで攻め込み、オトベ軍三千を蹂躙しているという。


「タカトリ殿、大変な事になったようだ。ここは一刻も早く戻られて、対策を講じねばなりませんぞ」

 イサカ城代が忠告した。それを聞いたタカトリが深々と頭を下げる。


「そのためには、カイドウ家の加勢が必要でございます。何卒、援軍をお願いいたします」

「今から出しても、間に合わぬと思うが?」

「いえ、援軍を出したという事実だけでも、ホウジョウ家はためらうでしょう」


 そうだろうか? 一度検証してみよう。

「分かった。兵五千をモロト郡を移動させよう。オトベ家の協力が必要になるが、そこは協力して頂けるのでしょうな」


「もちろんでございます」

 タカトリは喜んで、大広間を出ていった。これから急いで国元に帰るのだろう。


 トウゴウが何か言いたそうに俺に視線を向ける。

「俺が承知した事が不満か?」

「そうではございませんが、何故かと思ったのでございます」


「メムロ府に駐留しているアマト国軍の兵を、モロト郡に送るにはオトベ家の領地を通過せねばならない。ヤグモ府を調べる良い機会だ」


「なるほど、オトベ家の内情を調べようというのですな」

「オトベ家の御堂督殿は、気性の激しい人物だと聞いているが、本当のところはどうなのか、調べたいものだ」


「それには、直に御堂督様に会わねば、分からぬでしょう」

「そうだな。コニシをヤグモ府のアガツマ城に向かわせよう」


 俺から命じられた外交奉行のコニシ・カズモリは、部下のロクゴウ・アキムネを連れてハジリ島のヤグモ府へ向かった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カイドウ家はいつでも使える小型動力船を五隻保有している。その中には星型哨戒艇を改造して外輪のパドル推進からスクリュープロペラ推進に替えた船があり、それに乗ったコニシたちはハジリ島のヤグモ府へ移動した。


 アガツマ城へ先触れを出し、当主のナイキに会うために向かう。

 登城したコニシたちを迎えたオトベ・御堂督・ナイキは、意外にも小柄な人物だった。


「御堂督様、お会いできて光栄に存じます。カイドウ家の外交奉行コニシ・カズモリでございます」

 ナイキが鷹揚おうように頷いた。


「ほう、カイドウ家には外交奉行というものが有るのか?」

「アマト国は、海外諸国と広く交友しておりますので、そのような部署が必要になるのでございます」


「なるほど、そうか。それでアマト国から援軍を送ってくれるという話で良いのだな」

「はい、五千の兵を送る事になりました」


 コニシはナイキを注意深く観察した。


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