第190話 ミヤモト家の犯罪

 ホウジョウ家の当主が暗殺された事により、ハジリ島の未来が混沌と化したようだ。俺はハンゾウに命じて、どうやって暗殺されたのか調べさせた。


 その結果がもたらされたのは、五日後だった。評議衆と各奉行を大広間に集め、ハンゾウからの報告を聞く。


「下手人は、やはりミヤモト家の忍び『暗摩』でございました」

「ホウジョウ家の当主は、厳重に警護されていたはず。暗摩はどうやって伊和守殿を殺したのだ?」


 ハンゾウの説明によれば、暗殺者は正室が可愛がっていた奥女中だったらしい。五年前から奥御殿に入り込み、正室に気に入られた女性だったようだ。


 暗殺が行われた日、仕事を終えた当主シゲヒロが奥御殿に戻り食事の用意をさせた。その食事の用意をしていた中に、暗殺者だった奥女中が居たらしい。


 毒味が終わり、シゲヒロが食べようとした時、その奥女中が髪飾りで刺殺したという。

「その奥女中はどうなった?」

「逃げようとしたのですが、警護の者に斬り殺されたようです」


 その奥女中は五年前に奥御殿に入ったという事なので、ミヤモト家の忍びは五年以上前からホウジョウ家の当主を狙っていたという可能性がある。


「恐ろしい事だ。ホクトの警備も厳重にせねばなりませんな」

 イサカ城代が真剣な顔で言った。ホクト城の警備は、イサカ城代が任されているのだ。


「伊和守殿の跡継ぎは誰になる?」

「御長男のイエシゲ様、御次男のツナヨシのどちらかになると言われております」


「長男ではないのか?」

「はい、イエシゲ様は少々問題の有る人物なのでございます」

「詳しく話せ」


 イエシゲは病弱であり、そのせいなのか偏狭な性格をしていた。そのために家臣たちからは期待されていないという。次男のツナヨシは狩りや武術が好きで武に優れた才能を示すが、内政などには全く興味を示さない人物らしい。


「どちらが当主になっても、ホウジョウ家の将来は暗いな。他に子供は居ないのか?」

「御三男のイエヨシ様が居りますが、まだ五歳でございます」


 五歳の幼児にホウジョウ家を任せる事などできない。病弱なイエシゲか、内政音痴のツナヨシになるだろう。ホウジョウ家の家臣たちは、今頃悩んでいる事だろう。


 トウゴウがハンゾウへ顔を向けた。

「ホウジョウ家では、暗殺したのがミヤモト家の手の者だと分かっているのか?」

「疑っているでしょうが、確証は持っていないはずでございます」


 ハンゾウの部下は、暗殺者であった奥女中とミヤモト家の者が連絡を取り合っているのを確認しているので、確証を得たのだ。


 俺は様子を見る事にした。


 ホウジョウ家は混乱した。そこを最大限に活用したのがミヤモト家だった。ナンゴウ郡に攻め込んできたホウジョウ軍を、ツシマ郡に追い返したのである。


 そればかりではない。もう一度シバ郡に攻め入り、ホウジョウ軍からシバ郡を取り返したのだ。それらの報告を聞いた俺は、一つ疑問に思った。


 ミヤモト家では、火薬と火縄銃を列強諸国から購入しているようだが、その資金をどこから手に入れたかである。


 それを調べるようにハンゾウに命じた。十日ほど経過した頃、ハンゾウが苦虫を噛み潰したような顔で現れ報告した。


「ミヤモト家の資金源ですが、人身売買でございました」

 俺は耳を疑った。

「何だと……どういう事だ?」


「ミヤモト家とイングー人の商人が繋がっていたのでございます。支配下に置いたナンゴウ郡とシバ郡の領民を捕らえ、その商人たちに売り払っていたのでございます」


 俺は立ち上がり、ハンゾウを睨み付けた。

「それは間違いないのか!?」

「間違いございません」


「評議衆と主だった武将を呼べ」

「ハッ」

 ハンゾウが出て行くと、俺は目を吊り上げて部屋の中をうろうろする。それを見ている小姓のマサシゲとドウセツの顔が強張っていた。


 このような主君の様子を見るのは初めてだったからだ。

 評議衆と武将たちが集まると、ハンゾウからもう一度報告させた。


 家臣たちの間から、驚きと怒りの声が上がる。

「何という非道な事を……」

 イサカ城代も目を吊り上げて、吐き捨てるように言った。


「御屋形様、どういたしますか?」

 トウゴウが尋ねた。

「ミヤモト家は潰す。まずは、この事実をアマト国とハジリ島の各地に広げよ」


 その言葉に、承知したとハンゾウが頭を下げた。

「その事が広まり次第、アマト国はミヤモト家に宣戦布告する」


「人身売買にくみしている列強諸国の商人は、どういたしますか?」

 トウゴウが尋ねた。俺はハンゾウに目を向けた。

「その商人の素性は、分かっているのか?」


「桾国の沖合にある海翁島を根城にしている商人たちでございます」

 それを聞いたトウゴウが顔をしかめた。海翁島を根城にしている商人となるとイングー人だ。イングド国とは停戦したばかりである。


「イングー人め、碌でもない事ばかりする」

 クガヌマが怒気を込めて言う。

 その商人たちに罰を与えようにも、イングド国の水軍に守られた島に居るのでは手が出せない。


「イングー人の商人については、後回しだ。まずは供給元であるミヤモト家を滅ぼす。トウゴウ、ミヤモト家から奪ったホロベツ半島の兵は、どれほどだ?」

「一万ほどでございます」


「もう一万増やす。そして、野戦砲を配置しろ」

 海軍の将から、海上からルソツ湊を攻撃する案が出された。

「そうだな。宣戦布告する前に、ルソツ湊からアマト国の国民に戻るように指示を出せ」


 トウゴウが確認した。

「そうしますと、ミヤモト家に我々が攻める気だと気付かれてしまいます」

「構わない。この戦いで一般人の犠牲者を出したくない」


 アマト国では急いで戦いの準備が始まった。

 その間にハンゾウの部下たちが、ミヤモト家とイングー人商人たちの人身売買の事実を広めた。その情報が広まると、アマト国内部からミヤモト家は非道だという声が高くなった。


 ホウジョウ家の混乱を利用して領地を拡大していたミヤモト家では、アマト国の動きに気付くのが遅くなった。その動きに気付いた直後、ミヤモト家に対する宣戦布告がなされた。


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