第172話 イングー人の動向
ヨリチカが広間を出ると、一緒に行動していたハヤテが現れた。俺は評議衆とホシカゲも呼んで話を聞く。
「ハヤテ、チュリ国はどうなっている?」
「ハッ、イングー人が植民地化を進めています。チュリ国人有力者の中から、地方指導者を選び、その地方指導者に他のチュリ国人を従わせているようです」
上手い掌握方法だ。チュリ国人の間で何か不満があっても、同じチュリ国人の地方指導者に敵意が向くような統治の仕組みを構築しようとしている。
「軍事面はどうだ?」
「チュリ国全土から、十八歳以上三十歳未満の者を集め、五個師団を編成しています」
一個師団が一万人だと仮定すると、五万人の兵力か。イングー人の事だから、火縄銃で武装させるだろうから、かなりの脅威となる。
俺が脅威だと言うと、イサカ城代が腑に落ちないという顔をする。
「イングー人が、火縄銃を与えるほど、チュリ国人を信用するものでございましょうか?」
「信用はしないだろう。火縄銃を与えても、火薬と鉛玉の管理はイングー人が行うに違いない」
「なるほど、火薬と鉛玉がなければ、火縄銃も単なる棒ですからな」
トウゴウが俺に目を向けた。
「御屋形様、チュリ国を掌握したイングー人は、次はどこを狙うと思われますか?」
「そうだな。チュリ国の北にある桾国の
コンベル国は人口二百五十万人の国、桾国の黒虎省は人口三百万人の地方である。人口はコンベル国が少ないが、海を渡らないと攻め込めない。
一方、黒虎省は桾国の地方なので、攻め込めば桾国の軍隊を相手にする事になる。黒虎省に配置されている桾国の軍は、三万ほどだ。
「某なら、黒虎省を攻めますな」
そう言ったクガヌマに、イサカ城代が視線を向けた。
「桾国軍を相手にする事になる黒虎省を、選ぶ理由はなんだ?」
クガヌマがニヤリと笑う。
「桾国軍が古い体質の軍だからでござる。アマト国軍は、兵の一人ひとりに銃を持たせる事にしました。これは時代の流れでございます。しかし、桾国軍の主力は槍兵でござる」
イサカ城代は納得しない。
「待て、それはコンベル国軍も同じではないか。あの国の軍も槍や弓が主力だったはずだ」
「正確には、弓が主力でござる。彼らは隊列を組んで戦うような事はせず、
「なるほど、隊列を組む桾国軍ならば、戦いやすいという事か。だが、圧倒的な数で押し寄せ敵を押し潰すのが、桾国軍の戦い方である。圧倒的な数で押し寄せたならば、どうする?」
「その場合は、敵の兵糧集積所を襲い、兵糧を焼きます。そうなれば、大勢の兵力を黒虎省に留めて置く事はできぬはず」
俺も基本的にはクガヌマに賛成する。ただ桾国には、何をするか分からないという怖さがある。以前には、督戦隊を編成して、味方の後から監視させ自軍兵が命令なしに退却するような行動をとれば攻撃し、強制的に戦いを続けさせるというような事をしている。
俺はホシカゲに顔を向ける。
「桾国での動きはどうなっている?」
「黒虎省に五千ほどの増援を送りました。それで国境付近の守りを固める、という事のようです」
俺は溜息を吐いた。
「桾国は分かっておらぬな。五千ほどでは足りぬだろう」
イサカ城代が俺に視線を向けた
「御屋形様は、イングド国が黒虎省に攻め込むと考えておられるのですか?」
「黒虎省は、チュリ国とコンベル国に隣接している。それに桾国の東側とは、山脈によって遮られている。黒虎省を取れば、戦いの主導権を握れる」
その山脈は黒虎省と西にある江順省の境界線となっており、その山脈を通り抜けられる道は二つしかない。黒虎省を占領すれば、山脈が天然の要塞となってチュリ国の安全性が増す。
トウゴウが頷き尋ねた。
「御屋形様が、耀紀帝ならば、どういたしますか?」
「そうだな。その山脈の通り道である山南街道と山北街道の黒虎省側出口に、大きな要塞を築いて交通路を確保するか、兵員輸送船を多数建造して、海から黒虎省やチュリ国へ行けるようにしただろう」
「ふむ、兵員輸送船の建造でございますか。要塞を築くよりは安く済みますな」
アマト国の財政を預かるフナバシは、兵員輸送船に賛成らしい。
「これから先、船と海軍が重要になるだろう。船奉行のツツイと海軍のソウマを評議衆に加えたいと思っている。どう思う?」
俺の提案に、評議衆の全員が賛成した。
話が長くなったので、休憩を挟む事にする。小姓のサコン・マサシゲ・ドウセツの三人が飲み物を用意して持って来た。俺とトウゴウは珈琲を選び、イサカ城代とコウリキはほうじ茶、フナバシとクガヌマは紅茶を選んだ。
「そう言えば、紅茶が列強人相手に売れておるそうですな」
イサカ城代が世間話を始める。
「元々列強人は紅茶が好きなのだ。今までは紅茶の生産量が少なかったので、取引額はそれほどでもなかったが、生産量を増やしたら、思った通り売上が激増した」
「列強国からは、何を購入しているのですか?」
「ワイン・ラム酒・ウィスキーなどの酒類、綿織物や絹織物などの布、革製品、金などが多いようだ」
列強国では金鉱山が多いらしい。極東地域では銀鉱山が多いので、ちょうど良い。
サコンが何か言いたそうな顔をしている。
「サコン、どうした?」
「チュリ国の国民が可哀想でございます。何とか助けてやれないものでしょうか?」
俺はチュリ国を助けてやろうという気持ちにはなれなかった。正直に言うと、その余裕がないのだ。イングド国の野望は、大陸だけでなくミケニ島やハジリ島の島々にも向けられるかもしれない。
他国を助ける余裕が有れば、自国の軍備を増強したいと考えていた。それにチュリ国の国民性も、助けようと思えない理由の一つだ。
チュリ国の支配階級は、働く事を嫌う。ハン王が代表的な人物なのだが、偉そうにふんぞり返って部下に命令するだけというのが、チュリ国人の理想の人物像らしい。
チュリ国人は、職人や農民を階級的に下だと思っている。誰もが職人や農民をやめて、役人や商人になりたいと思っているという。
役人や商人が悪いという訳ではないが、職人や農民も重要な存在だ。俺の感性とは合わない民族なのである。
「助けるというのは、俺にチュリ国からイングー人を追い払って、征服しろと言っているのか? それだとイングー人と同じ事をアマト国がする事になるぞ」
「そうなのですが、イングー人より、カイドウ家に治められている方がいいと思うのです」
俺は優しく微笑んだ。
「サコン、それは分からんぞ。チュリ国人は島蛮と呼ばれる我々に征服されるより、列強人に征服された方がマシだと思うかもしれない」
「そんな事はないはずです」
イサカ城代が口を挟んだ。
「サコン、勝手な思い込みを口にするでない。チュリ国人の一人にでも聞いた事があるのか?」
サコンが首を振る。
「それはありません」
俺は良い事を思い付いた。
「ハヤテ、サコンをチュリ国に連れて行ってくれ。言葉を教えて、チュリ国の内情を勉強させるのだ」
イサカ城代が困ったという顔をする。孫であるサコンを、危険なチュリ国へ行かせたくはなかったのだ。
「御屋形様、サコンはまだ未熟です。他所の国へ出すのは早いかと思いますが」
「『可愛い子には旅をさせよ』と言うではないか。チュリ国から戻ってきたら、成長していると思うぞ」
俺はサコンをチュリ国へ行かせ学ばせる事にした。
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