第170話 バイヤル島

 バイヤル島というのは、ミケニ島の北西にある島だ。その島にはカルサ族という原住民が居るが、島の一部に住んでいるだけで全島のほとんどは無人だった。


 これには理由がある。この島には疫病が蔓延しているからだ。征服しようとした国もあるのだが、疫病で大勢の者が死に逃げ出している。


 チュリ国や桾国も過去にバイヤル島に手を出し、逃げ出している。そんな島にハン王の先祖が財宝を隠したというのは、信じられない話だ。


 ヨリチカはハン王になぜ財宝をバイヤル島に隠したか尋ねた。

「余の曾祖父であるミチャル王は、桾国に対して反感を持っていたようなのだ。桾国がバイヤル島を征服しようとして失敗した後、自分なら征服できるとチュリ国の兵を送り出した」


 その兵たちは迷惑に思ったに違いない。ヨリチカは次の展開が予想できた。

「バイヤル島に到着したチュリ国兵は、瞬く間にカルサ族を掌握し、未開拓の土地に兵を進めようとした。だが、次々に疫病に罹り死んだのだ」


 結局、悪魔の土地だと兵が騒ぎ出し、ミチャル王も兵を撤退させる事にしたようだ。だが、話はそこで終わらない。桾国兵が撤退した後にチュリ国が手を出したので、その時の桾国皇帝である康治帝こうじていが、ミチャル王を不快に思ったようだ。


 領土を広げる余裕が有るのなら、貢物を増やせと言い出したらしい。それを聞いたミチャル王は、逆に貢物を出せないほど困窮しているので領土を増やそうとしたのだ、と言い訳した。


 その言葉を信じられなかった康治帝は、本当に困窮しているか確かめろ、と部下に命じたという。ミチャル王は慌てた。そして、ミチャル王は所有している財宝を、何処かに隠そうと決意した。


「なるほど、その財宝を隠した場所が、バイヤル島なのでございますね」

「そうだ。バイヤル島には膨大な財宝が眠っているはずだ」


 ヨリチカはどうだろうと疑った。その頃のチュリ国も貧しかったはずだ。国王はそれなりに贅沢な暮らしをしていただろうが、その元になっている資金は貧しい国民から少しずつ金銭や穀物を徴収して溜め込んだものである。


 それほど膨大な財宝になるとは思えない。これが桾国ほどの大国になると話が違う。人口が多いので少しずつ徴収しても膨大な金額になるのだ。


「殿下、島が見えてきましたぞ」

 『殿下』と呼んだヨリチカを、ハン王がジロリと睨む。

「ふむ、殿下か、耀紀帝さえ居なければ、余は『陛下』と呼ばれていたはずだ」


 耀紀帝が居なくても、桾国が有る限りチュリ国の国王は『殿下』と呼ばれているはずだ。それに国王でもなくなった今は、『殿下』と呼ぶのも正しくないのだ。


 ヨリチカが手配した船は、カイドウ家が所有する帆船である。キャラベル型の帆船で五十トンほどの小さな船である。アマト国の交易商人は、最初五十トン程度のキャラベル船で交易していた。だが、最近は二百トン程度のキャラック船が人気となっている。


 それだけ交易の規模が大きくなったという事だろう。その結果、極東地域で航海する船は、アマト国の船が急増している。


 船がカルサ族の湊町に到着。カルサ族は温和な民族である。そこを付け込まれて、桾国やチュリ国に支配されたのだが、疫病の御蔭で自由な民族として生活している。


 ただ貧しかった。水田三割、畑が七割というのが、バイヤル島の農業だ。その畑作で栽培されているのは、ジャガイモや甘藷さつまいもである。農地が少ないので、それぐらいしか栽培できないらしい。


 不思議な事に、バイヤル島には馬や牛が居なかった。農耕用の家畜が居ないので全ての農作業を人力で行っている。それほど人口も多くないので、小規模農業だけで十分だったのだろう。


 ヨリチカは、桾国が建設した兵舎に泊まる事にした。その兵舎を見て、ハン王は不機嫌になる。

「この島には宿もないのか?」

「小さな宿は有りますが、庶民が泊まる本当に小さな部屋しかないのでございます」


「仕方ない。余の寝具を持参して幸いだった」

 財宝探しに行くのに、自分の枕や寝具を運べと言われた時、ヨリチカは目眩めまいを覚えた。枕が変わると眠れないというのだが、馬車の中でいびきをかいて寝ているハン王を何度も見ている。


 夜になり食事が終わった後、ハン王の周りにヨリチカを含む側近たちとパク軍長官が集まった。

「殿下、ミチャル王の財宝というのは、どこに隠されているのでしょう?」


「よし、ここまで来たら、話さねばならんだろう。財宝はここから東に一日ほど歩いた所にある洞穴に隠してある」


 ハン王は財宝を手に入れたら、バラペ王国の兵を使ってチュリ国からイングー人を叩き出し、中興の祖となると大風呂敷を広げ始めた。

 ヨリチカは笑顔で聞いていたが、心の中では亡国の王が何を言っているんだ、と考えていた。


 翌日、ハン王は意気揚々と兵舎を出て東に向かう。ハン王の一行には、ハヤテもヨリチカの従者として同行していた。


 この島には蚊が多い。ヨリチカたちが森に分け入ると蚊が寄ってきた。パチンと蚊を叩く音が時々響く。ヨリチカも蚊にはうんざりした。それを見たハヤテが薬が入っているらしい小瓶を取り出した。


「ヨリチカ殿、これを使われよ」

「それは?」

「虫除けの薬でござる。素肌を出している部分に擦り込むのでござる」


 小瓶を受け取ったヨリチカは匂いを嗅いだ。スーッとするような独特の匂いがする。ヨリチカは手や顔、首筋に薬を塗る。そうすると、蚊が寄り付かなくなった。


「これは忍びの小道具なのか?」

「いえ、これは御屋形様から頂いたものでございます」

「何? そんなに貴重なものだったのか?」


「貴重なものではありません。ただ蚊の中には、病気を運んでくるものが居るそうで、疫病の巣と言われるバイヤル島に行くのなら、蚊に刺されないようにせよ、と言われたのです」


 蚊が病気を運んでくるという事を知らなかったヨリチカは感心して頷いた。ハン王を見ると蚊に悩まされているようだ。


「ハン王殿下に、虫除けの薬を差し上げるのですか?」

 ハヤテが尋ねた。ヨリチカが少し考えてから首を振る。

「もう少し蚊に刺されてから、薬を塗って差し上げよう」

 ハヤテが苦笑いする。


 三〇分ほど歩いたところで、ハン王が初めて蚊に悩まされていると知ったような演技をしてから、ヨリチカが薬を塗って差し上げた。大変喜ばれた。


「ハヤテ殿、本当に洞穴があると思うか?」

「さあ、それは探してみない事には、分かりませんな」

 ヨリチカは洞穴の存在すら疑っていたが、その洞穴は本当にあった。


「見ろ、あったぞ。ここに間違いない」

 ハン王が子供のように喜び笑い声を上げる。松明を用意させ勇んで洞穴の中に入ったハン王が青い顔をして飛び出してきた。


「どうしたのでございますか?」

「熊だ。熊が出たのだ」

 ヨリチカは洞穴へ目を向ける。すると、ちょうど熊が洞穴から出てきた。


 熊は大勢の人間が洞穴を取り囲んでいるのを知ると逃げ出した。

「熊の奴め、脅かしおって」

 ハン王が忌々しそうに吐き捨てた。


「よし、今度こそ、財宝を見付けるぞ」

 兵に向かって、洞穴に入って財宝を探すように命じるハン王。自分で探すのは危険だと思ったようだ。


 探しに入った兵の一人が大声を上げた。

「殿下、見付けました」


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