第129話 旧西アダタラ州

 元折式単発銃の図面を故国に送ったコリンズは、カイドウ家についてもっと知りたいと思うようになった。

「しかし、ホクトはアムス人の連中が牛耳ぎゅうじっているからな。どうするか?」


 コリンズはアムス人の商人を経由して、正腹丸を購入しているフラニー人からアムス人の商人を紹介してもらった。その商人の伝手つてでホクトの交易区にある商館の責任者と会う約束を取り付ける。


 コリンズはアムス人の船でホンナイ湾へ行き交易区を訪れた。そこの商館長はファルハーレンという商人だった。

「ようこそ、ホクトの交易区へ」


 にこやかなファルハーレンと握手したコリンズは、交易区での商売の様子を尋ねた。

「アマト州の商人との取引は順調です。最近では上質な紅茶の取引が増えていますよ」

「ほう、紅茶ですか。羨ましいですな」


「いやいや、あなた方は硝石を高値で売り捌いていると聞きましたよ。相当儲けているのではないですか?」

 クジョウ家は金鉱山を二つ持っている。そこから採掘した金で大量の火縄銃と硝石を購入していた。フラニー人の最終的な狙いは、クジョウ家の金鉱山だった。


「今回の訪問は、何が目的なのですかな?」

 ファルハーレンが警戒しながら確認した。フラニー人たちがホクトの交易区に進出して来ようとしているのではないかと考えたのだ。


「クジョウ家から聞いたのですが、カイドウ家では新型の銃を開発したそうですな」

 ファルハーレンは、その事かと納得した。

「調べれば分かる事ですので、お話します。カイドウ家は列強諸国にも存在しない新型銃を開発したようです。実物を見た訳ではないのですが、驚くべき性能であるようですな」


 コリンズが不機嫌そうな顔をする。

「そんな悠長な事を言って、良いのですか? 島蛮どもに強力な武器を持たせれば、何かとやり難くなるのでは?」


「フラニス国は、ミケニ島を植民地にしようと考えているのですかな?」

 コリンズが変な事を聞く、というような顔をする。列強諸国は、極東地域にある国々を植民地にするという目的で活動している事は、公然の秘密だったからだ。


「本国はどう考えているか分かりませんが、私自身はミケニ島を植民地にするのは無理だと考えています。それより、交易を拡大して利益をあげる事に注力した方がいい」


「ほう、カイドウ家に丸め込まれたのですか?」

 そう言われたファルハーレンが苦笑した。カイドウ家の当主とは数回しか会った事はないが、その見識の高さから尊敬するようになっていた。それにミケニ島の住民を島蛮だと呼ぶような連中は痛い目に遭うとも考えている。


「サド島で、イングー人が痛い目に遭った事を忘れたのですか?」

「あれはイングー人が油断したからだ」

 ファルハーレンはどうしようもないというように肩を竦めた。


「忠告をしておきましょう。カイドウ家には逆らわない事です。当主の月城守様は、甘い方ではありません。列強人だろうと、容赦しませんよ」


「ふん、島蛮が何ができると言うのです。アムス王国がミケニ島を諦めるというのなら、我国がもらいますよ」


「コリンズ殿、もうすでにクジョウ家とカイドウ家の戦いが始まっております。その結果がどうなると考えておられる?」


「残念だが、カイドウ家が勝つだろうと我々は思っている」

 フラニー人のコリンズとしては、クジョウ家が勝って欲しいのだろうが、新型銃や大砲の事を考えるとカイドウ家が有利だと推測しているらしい。


「カイドウ家がクジョウ家に勝ったならば、ミケニ島はカイドウ家によって、いずれ統一されるでしょう。そうなった時、コリンズ殿、いや、フラニー人はどうするのです?」


 フラニス国は太守や大名を相手に、硝石を中心に取引をしている。ところが、カイドウ家はあまり硝石を購入しない。他人事では有るが、ファルハーレンは気になったのだ。


「ふん、カイドウ家がクマニ湊を掌握したら、紅茶や灯油、それに正腹丸を購入し、南東諸島で収穫された砂糖や香辛料を売ればいい」


 南東諸島というのは、ミケニ島を中心に考えれば南西にあるのだが、列強諸国からは南東にある島々だった。熱帯に所属する島々で、サトウキビや胡椒のプランテーションと呼ばれる大規模農園などがある。


 その時、ファルハーレンの使用人が部屋に入ってきた。慌てた様子をしている。

「何事だ?」

「カイドウ軍が西アダタラ州のハシマとナガハマに攻め込みました」


 ファルハーレンはコリンズの顔を見た。驚いた顔をしている。

「どうやら、カイドウ家が統一に動き出したようですな」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カイドウ軍が同時にナガハマとハシマに攻め込んだ。ナガハマはシタラと同じで、守り難い町だ。ナガハマを守っていたクジョウ軍は壊滅。トウゴウ率いるナガハマ攻略部隊は短時間で制圧した。


 クガヌマ率いるハシマ攻略部隊は、ハシマに攻め込み町を制圧した。生き残ったクジョウ兵はハシマ城に籠城したので、カイドウ兵は城を取り囲む。


「町を守れるほどのクジョウ兵が駐留していると聞いていたが、嘘だったのか?」

 クガヌマはあまりにも簡単に町が制圧できたので、拍子抜けしていた。


 副将として従っているノセ・キミヒロは、クジョウ兵の武器について指摘した。

「クジョウ兵のほとんどは、槍兵でございました。鉄砲兵の多くがシタラへ行ったのではありませんか」

「なるほど、クジョウ軍が弱体化していたのは、鉄砲兵を引き抜いたためか」


 ハシマ城を包囲させたクガヌマは、運んで来た野戦砲を城の周りに並べた。この状態で降伏を促す使者を送る。ハシマ城から外を覗いていたクジョウ兵や武将たちは、降伏を拒否した。


 籠城した武将たちは、クジョウ家の家臣だという強い誇りを持つ者が多かった。誇りを持つ武将というのは、長年クジョウ家が広大な地域を支配していた原動力となった者たちである。


 だが、今回だけは悲惨な結果へと導いた。野戦砲に装填された榴弾が、ハシマ城を破壊し多くの死傷者を発生させたからだ。野戦砲の攻撃が始まって、一時間ほどでクジョウ軍は降伏した。籠城していたクジョウ兵の半数が死に、降伏した時には気が狂ったように泣き叫んでいる兵も居た。


 ハシマ城は城としての機能を失い、修理するより建て直す方が簡単そうだった。

 ナガハマとハシマを手に入れたカイドウ軍は、タビール湖とイセヤ湾を結ぶノジリ川まで攻め上がった。途中の郷や郡を守っていたクジョウ兵は、ハシマ城の結末を知っているので無駄な抵抗はしなかった。


 西アダタラ州の大部分を掌握するのに、カイドウ家は一万五千の兵を動員した。シタラに駐留しているクロダ率いる部隊が戻ってくるかと、カイドウ家は予想していたが、なぜか戻らなかった。


 大きな成果を出したカイドウ軍だったが、将兵は疲れていた。そればかりではなく銃弾や榴弾の消耗も激しく、これ以上進むには弾薬が足りなくなっていた。


 ノジリ川沿いに八千の兵を配置したトウゴウは、カイドウ軍をクガヌマに任せ報告のためにホクトへ戻った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「もう少し強い抵抗が有るかと思っていたのだが、拍子抜けだな」

 俺がトウゴウに言うと笑われた。

「クガヌマが同じような事を言っておりました」


「クジョウ家は、西アダタラ州を手放すつもりだったのだろうか?」

「それならば、シタラ奪還部隊を編成した時に手放したはずでございます」


 俺は納得できないと思いながらも頷いた。

「クジョウ家内部で何か起こったのだろうか? ホシカゲ?」

 トウゴウの後ろで控えていたホシカゲに問う。


「そのような報告は受けておりません。たぶん大海守様自身が迷うているのではないでしょうか」

「何を迷っていると言うのだ?」

「カイドウ家に勝てるのだろうか、という事でございます」


「迷っているか……そんな迷いも追い詰められれば、決意に変わるだろう。我軍がノジリ川まで迫ったのだ。これ以上カイドウ軍が侵攻すれば、クジョウ家は瓦解する」


「そうですな。カイドウ軍がクマニ湊に迫るような事が有れば、商人たちが逃げ出します。それだけは避けたいはず」


 俺が予想した通り、クジョウ軍から迷いが消えた。クジョウ軍は全力でノジリ川沿いに兵力を集中させた。カイドウ軍が八千なら、クジョウ軍は一万の兵を集めるというように、本気だった。


 その様子を聞いた俺は、溜息を漏らす。

「本格的な弾薬工場を建設せねば、ならんな」

 それを聞いたサコンが確認した。

「ホクト城の敷地に有る鉄砲工房を拡張するのでは、ダメなのですか?」


「十倍ほどにしようと考えている。敷地内に入ると思うか?」

「入らない事もありませんが、庭園や花壇を潰す事になります」


 俺は頷いた。火薬を大量に扱う工場をホクト城の内部に置いておく事は危険だった。新しい弾薬工場は、特別な産業が少ないアガ郡が良いかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る