第126話 シタラ城の炎上
船から降りたカイドウ兵は、町の中心を目指して移動を開始した。カイドウ兵の全員が新型単発銃を装備しており、銃剣を装着した状態で進む。
シタラの人々は家の中に逃げ込み、通りからカイドウ兵以外の人の姿が消えた。
「そろそろ出迎えがあっても良さそうだが?」
トウゴウが呟いた時、クジョウ兵の集団が現れた。
現れたクジョウ兵は、カイドウ兵の新型単発銃で、呆気ないほど簡単に倒された。出会い頭に遭遇し、無防備なまま銃弾を浴びたのである。
「散開、敵兵を撃破し、シタラ城を目指せ!」
市街戦が始まった。多くの建物や路地などが複雑な地形を形成している町の中では、大きな集団で一斉射撃する機会も少ない。なので、トウゴウは散開して敵兵を倒しながら、シタラ城へ進むように命じた。
カイドウ兵は十人ほどの分隊に分かれて、路地を進む。彼らの頭の中にはシタラの地図が入っていた。トガシで待機している間に覚えさせられたのだ。
トウゴウは味方兵が倒した敵兵を確認して、鉄砲兵が少ない事に気付いた。
「そうか、鉄砲兵はコヅカ城へ送ったのだな」
クジョウ家の指揮官は、シタラ城に籠城する事を選んだようだ。遭遇する敵兵が少なくなり、ほとんどのカイドウ兵は無傷でシタラ城に辿り着いた。
シタラ城は湊町であるシタラを管理するために建設された城である。堅城ではなく、籠城するには不適当な城なのだ。
トウゴウはシタラ城を包囲させ、輸送船から野戦砲を運ぶように命じる。
城の周囲にある家から、カイドウ軍を見ている者たちが居る。シタラの住人たちだ。彼らはカイドウ軍が略奪を行うのではないかと恐れたが、それはなさそうだと分かりシタラ城の様子が気になりだした。
「トウゴウ殿、運んできましたぞ」
クゼが野戦砲を運んできた。トウゴウは野戦砲をどこに設置するか、指示を出す。
「降伏を促す使者を出したのでございますか?」
「まだだ、野戦砲の一斉射撃を行ってから、出そうかと思っている」
トウゴウの答えを聞いて、クゼは納得して頷いた。そのクゼにトウゴウが問う。
「シタラの水運業が止まったら、カムロカ州はどうなるのだ?」
「カムロカ州は、海を使った海運とタビール湖を使った水運で、多くのものが運ばれております。海運が六割、水運が四割というところでしょう。その水運の
「水運四割のうち、半分の二割でも止まったら、クジョウ家は慌てるだろうな。まずはクマニ湊から兵を出すか」
クゼが首を傾げる。
「それはどうでしょう? クマニ湊は海運の要でございます。逆に防備を固めるかもしれませんぞ」
クゼの意見を聞いたトウゴウは頷いた。
「なるほど、そういう事も考えられるか」
野戦砲二十門の配置が終わり、野戦砲に通常砲弾が装填された。榴弾でないのは、一斉射撃後に降伏を促す使者を出そうと思っているからだ。榴弾で火事になったら、使者を受け入れる余裕がなくなる。
「放て!」
トウゴウの号令で、野戦砲から一斉に砲弾が撃ち出された。ほとんどの砲弾は城を外したが、三発が城に命中し建物全体を揺さぶる。
その砲撃は城に籠もっているクジョウ家の家臣たちに恐怖を与えた。それと同時に、シタラの町に住む人々にも恐怖を覚えさせる。カイドウ家に逆らえば、とんでもない事になるという恐怖だ。
「外した砲は、調整しろ」
そう言ったトウゴウは、降伏の使者を出した。
だが、シタラ城に籠もっているクジョウ家の家臣は拒否した。カイドウ家の使者は最後に、
「気が変わり、降伏しようと思ったならば、外から見えるように白い布を出してくだされ。もう一度、某が来ます」
カイドウ家の使者は、突き刺すような視線に見送られてトウゴウの元に戻ってきた。
「降伏する気はない、との事でございました」
「そうか、榴弾を喰らえば、気が変わるだろう」
トウゴウは野戦砲に榴弾を使う準備をさせた。
「放て!」
一斉に榴弾が飛び、五発が城の内部に飛び込んだ。そして、数秒後に大きな爆発が起こる。
シタラの人々は震え上がった。城の近くにある一軒の商家では、主人と家族が少しだけ開けた雨戸の隙間から城の様子を見ていた。
「あれは何なの?」
震える子供を抱き締めた主人は、
「噂に聞くカイドウ家の『城崩し』だろう。カイドウ家は、あれでモウリ家のヒュウガ城を崩壊させたのだ」
と主人が教えた。
アマト州以外の人々は、野戦砲と榴弾の組み合わせを『城崩し』と呼んでいる。船から大砲の弾を撃ち込んだだけで、ヒュウガ城を崩壊させたカイドウ家の戦術は、大きな衝撃を戦国の世に暮らす人々に与えていたのだ。
住人たちが怯えている間にも、砲撃は続けられシタラ城のあちこちから煙があがり始める。城の中は右往左往するクジョウ家の家臣たちと悲鳴を上げる兵たちで混沌としていた。
そして、限界に達したシタラ城の武将は、白旗を
それを見たトウゴウは、大きく息を吐き出す。
「ふうっ、終わったか。もう少し早く降伏すれば、良いものを……あの城は使えそうにないな」
クジョウ兵は武装解除され捕虜となった。シタラ城が空になると、城は本格的に炎を上げ燃え始める。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
甲魔の頭領ツゲはクルタ城の通路を不機嫌な顔で歩き、主人であるツネオキが居る部屋に入った。その部屋では、武将のナイトウが主と話をしていた。
「どうした?」
「大変でございます。シタラがカイドウ軍により制圧されました」
「……」
ツネオキとナイトウは、声も出ないほどの衝撃を受けた。
ナイトウが、詳しい情報をツゲに求めた。
「カイドウ軍は、ノヅ郡に上陸した時に使った輸送船で、今度はシタラを襲ったようでございます」
「シタラ城はどうなったのだ?」
ツネオキが不機嫌な顔で尋ねた。
「カイドウ軍の砲撃により、落城いたしました。シタラ城は炎に包まれ、灰になったようでございます」
ツゲは戦いの様子を細かく説明した。それを聞いたツネオキとナイトウは厳しい顔になる。
「剣が付いている鉄砲に、城崩しか。クジョウ家はカイドウ家に勝てるのか?」
ツネオキの問いに、ナイトウとツゲは即答できなかった。
「御屋形様、弱気になっている場合ではありませんぞ。シタラを放っておく事はできません。何か手を打たねば」
「分かっておる。だが、どうする? クマニ湊の兵をシタラに向かわせるか?」
ナイトウが厳しい顔をツネオキに向けた。
「私に一つだけ策があります」
ツネオキが期待するようにナイトウを見た。
「西アダタラ州だった土地のほとんどを放棄して、そこを守っている兵をイセヤ湾とタビール湖を繋ぐノジリ川まで後退させるのです」
ツゲが頷いた。
「なるほど、後退させた兵でシタラを奪還するのですな」
黙って聞いていたツネオキは、苦々しい表情を浮かべた。その策が気に入らないのだ。ツネオキには多くの長所があるが、短所も有る。その短所の一つがケチだという事だ。
一旦手に入れたものを手放したくない。そういう気持ちが強いのである。
「しかし、苦労して手に入れた領地を手放すなどできぬ」
「ですが、このままシタラを掌握されれば、クマニ湊も危なくなりますぞ」
そう言って迫るナイトウを、ツネオキが睨み返す。
「だが、西アダタラ州を手放せば、カイドウ家が手に入れるだろう。そうなると、カイドウ家は石高が二百万石を軽く超える。クジョウ家の倍になるのだぞ。そのようなカイドウ家に勝てるのか?」
ナイトウは言い返せなかった。
ツネオキは重臣たちを評定の間に集め、シタラに関する対応策を話し合った。
そこでナイトウの策も出されたのだが、重臣たちの中にも賛成する者は少ない。武人にとって領地は、仲間が血を流して勝ち取ったものなのだ。
簡単に手放せないというのが、重臣たちの意見だった。その結果、元西アダタラ州の各郡に守りに必要なぎりぎりの兵を残し、それ以外の兵を纏めてシタラ奪還部隊を編成するという決論になった。
クジョウ軍は六千の兵を纏め上げ、シタラ奪還部隊をシタラへと向かわせた。
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