第119話 ホンナイ湾の防備

 タビール湖の湖畔にある町トガシには、カイドウ家の造船所がある。普段はスループ型帆船や小さな漁船を造っているのだが、現在はスループ軍船を建造している。


 クジョウ家がタビール湖水軍を創設したので、それに対抗するための軍船だった。もちろん、三百人乗りの輸送船を建造するという計画もあるのだが、部材を各地で製作してからというものなので、スループ軍船二隻を先に建造しようと事に決まったである。


 同時にミザフ河から分かれタビール湖に流れ込むイクノ川の近くの森の中に溜池のようなものが掘られ始めた。これは建造した輸送船を隠しておく場所である。イクノ川から幅八メートルほどの用水路のようなものが掘られ、その溜池に繋がる予定になっている。


 船奉行のツツイはトガシの造船所で進捗状況を確認していた。この造船所の責任者であるホンジョウ・フサモトに話を聞く。


「二隻のスループ軍船は、いつ完成するのだ?」

「来月の中頃には完成する予定でございます」

「早いな。人を増やした効果が出たな」


 カイドウ家はトガシの造船所に大金を注入し人を増やした。労働者を二倍に増やす事で、造船能力を高めたのである。但し、増やした人員の中に船大工や大工などの職人が少なかったので、職人たちの負担が増えてしまうという結果になった。


 職人を増やしてくれという要望が数多く集まり、カイドウ家としては職業訓練学校のようなものを作ろうかという話が出たほどだ。


 トガシでの状況を確認したツツイはホクトに戻り、ホクト城の造船・運用方で会議を開いた。

「装甲砲艦は、一番艦が完成いたしました」

「舷側砲の設置も終わったのか?」

「終わっております。これから、実際に海に出て試す事になります」


 装甲砲艦が海に出て試運転を開始したのは、近隣の住人たちも目撃した。その事は交易区の列強人にも知られ話題となる。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 交易区の商館長であるファルハーレンのところに、列強商人であるハロルド・デイビスが来た。

「商館長殿、カイドウ家の新しい軍船について聞きましたか?」

「聞きましたよ。装甲砲艦という艦種だそうです」


「どのような船なのです?」

「二十六門艦という事なので、大した事はありませんよ」

 アムス王国の軍艦の中には百二十門艦という戦列艦もある。それに比べれば、二十六門艦など大した事はないとファルハーレンが答えた。


 デイビスは納得したふりをして、交易区にある商人たちの住居兼仕事場である建物に戻った。これは商業棟と呼ばれている集合住宅の一種である。交易区に住んでいる列強諸国や桾国の者は、基本的に商業棟に住んでいる。


 但し、列強諸国と桾国の商業棟では建物の構造が違う。これは各国の建築様式を取り入れたのが原因である。列強諸国は煉瓦れんが造りで、桾国のものは木造だった。


 自分の部屋に戻ったデイビスは、待っていた仲間のダウエルにファルハーレンから聞き出した情報を伝えた。

「装甲砲艦……二十六門艦ですか。まずいですね。そういう軍艦が増えれば、ミケニ島を植民地にするという事が難しくなります」


 それを聞いたデイビスは、納得できないという顔をする。

「そんなに深刻になるほどじゃないだろう。小さな砲艦を一隻所有しているくらいなら、どうにでもなる」


 ダウエルは首を振った。

「それは思慮が浅いというものです。今は一隻かもしれませんが、十隻、二十隻となったらどうするのです?」

「カイドウ家の財力は、イングド国の百分の一だ。そんなに軍艦を造れるはずがない」


 ダウエルは溜息を漏らした。

「カイドウ家には、正腹丸・紅茶・灯油という特産物があります。それらの特産物がどれほどの利益をもたらしているか、知っているのですか?」


 デイビスが顔をしかめた。

「さあな、詳しい事は知らんよ」

「このまま取引が増加すれば、装甲砲艦の十隻や二十隻なら建造できるだけの利益は出るはずです」


 この情報にデイビスも驚いた顔をする。島蛮と呼ばれるミケニ島の住民が、そこまでの利益を上げているとは思ってもみなかったのだ。


「そこまで利益を上げられるという事は、その特産物をもっと安値で買い叩けるという事なんじゃないか?」

 デイビスはミケニ島の商人を脅してでも、安値で商品を手に入れ儲けようと思ったようだ。


「馬鹿な事を考えるな。アマト州の商人たちの背後には、カイドウ家が居るんだ。詐欺や脅しで不当な利益を得れば、カイドウ家の武人たちが乗り込んできて身ぐるみ剥いで放り出されるぞ」


 実際に詐欺を働いたアムス人が、捕縛されて追放になっている。カイドウ家の対応は、列強諸国の人間だからといって甘くないのだ。


「本国の連中に、軍艦を数隻送るように手配できないのか?」

 この二人は、イングド国の人間だった。デイビスはアムス人とイングー人のハーフであり、イングド国とアムス王国の国籍を持っていた。


「本国からチュリ国へ艦隊を送るそうだ。但し、まだ準備の段階らしい」

 デイビスにはイングド国からチュリ国へ艦隊を送るために必要な準備期間というのが、どれほどなのか見当もつかなかった。ただ長い時間が掛かりそうなのは理解できる。


「その中の二、三隻をミケニ島に回す事ができるんじゃないか?」

「本国はチュリ国を植民地化した後、西にあるコンベル国とバラペ王国を攻めるつもりらしい。ミケニ島はずっと後だ」


「それでいいのか? その間にカイドウ家が軍艦を増やすかもしれんぞ」

「ミケニ島の問題は、軍艦だけではない。この島の武人が火縄銃を使っているというのが問題なのだ。同じ火縄銃で武装した兵同士が戦えば、数が多い方が勝つ」


「島蛮が火縄銃をちゃんと扱えるのか?」

「カイドウ家は、火縄のない銃を開発したという噂もある。列強諸国が全て進んでいるとは限らんのだ」


「そんな馬鹿な。島蛮が新しい銃を開発したなどあり得ない」

「実物が手に入らないので、確実な事ではないが、そういう噂だ。ミケニ島の住民、特にカイドウ家を侮ったら、痛い目を見るぞ」


「信じられんな」

「そんな事より、装甲砲艦という軍艦を確かめたい。その艦が訓練をしている海域に船を出すぞ」


 ダウエルの所有船に乗った二人は、ホンナイ湾の東側に向かった。ダウエルの船は小型のキャラック船である。このキャラック船は、訓練をしているらしい装甲砲艦に近付き一分ほど並走した。


「何だ、あの装甲は? 鉄板を打ち付けているのか」

 ダウエルは装甲砲艦と呼ばれている理由を知った。

「思っていたより、まともな軍艦じゃないか」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺がホクト城で仕事をしていると、船奉行のツツイが相談に来た。

「どうした?」

「装甲砲艦が訓練をしております海域に、列強諸国の船が近付いてくるのでございます」


 俺は苦笑した。

「列強諸国としても、カイドウ家の装甲砲艦が気になるのだろう。仕方のない事だ。まさか大砲を持ち出して追い払う事もできない」


 そんな事をしたら、国際問題になり戦という事も考えられる。

「ワキサカ郷の海軍造船所が完成すれば、そちらに引っ越すのだが、訓練海域だけでもチガラ湾に替えるか?」


 ツツイが同意するように頷いた。

「やはり、造船所をチガラ湾に建設するという御屋形様の案は、正しかったようです」

「ホンナイ湾は、列強諸国や桾国の船が入って来るからな。秘密を保てない」


「思ったのですが、ホクトの街は海からの攻撃に無防備です。何か考えねばならないのではないですか?」

 俺は頷いた。その件に関しては考えていた。ホンナイ湾の出入り口に砲台を築き、多くの長距離砲を海に向けるというのも一案だと思っている。


 そのためには長距離砲を開発しなければならない。大砲もそうだが、測距儀も開発しなければならないだろう。長距離砲には目標までの正確な距離を知る必要があるからだ。


「望遠鏡や双眼鏡も必要になるな」

「列強人の船乗りが使っているものですな。作れるものなのでございますか?」

「それほど難しくはない。ガラス工房に依頼して、試作してもらおう」


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