第39話 天駆教徒の爪痕

 天駆教徒が起こした反逆騒動は、コウリキの采配により最後を迎えた。天駆教徒の信者兵は、狩り出されて皆殺しとなったようだ。


 アガ郡はカラサワ家の支配下となった。俺はちょっとがっかりしている。カイドウ家が大きくなるためには、海が必要だと考えていた。


 カイドウ家の支配地から一番近い海は、北のアガ郡を通過してセブミ郡のホンナイ湾だからだ。アガ郡が天駆教徒のものだったなら、天駆教徒と戦い奪い取る事もできたが、カラサワ家の支配下に組み込まれると、それも難しくなる。


 ミモリ城に戻った俺は、内政に重点を置いて働く事になった。

「殿、今年は豊作のようでございます」

 フナバシは稲刈りの時期が来た水田を見回ってきたようだ。


「コベラ郡からの避難民に、予備の食糧を配ったから心配していたが、良かった。それでイスルギ郷の荒れ地は、どんな様子だ?」


「はい。用水路が完成した二千石ほどの農地は、畑として使えるようです。来年の春になったら、芋類や大豆を栽培しようと計画しております」


「いいだろう。食量に関しては問題ないようだな。後は衣服か」

 ミザフ郡で織物に関係する特産物が有るのは、ドウゲン郷だけだ。ドウゲン郷では蚕を飼い、絹糸を生産しているのである。


 ただ生産した絹糸は、ハシマに運んで全部売っている。領民の衣服になる事はないのだ。俺としては、領民に安い服を与えたい。だが、素材から糸を紡ぎ織り上げるまでの工程には大変な労力が必要であり、人件費の関係でどうしても高価になる。


「麻織物・綿織物・絹織物、どれも高価でございますから」

 俺も布製品が高価である事を理解している。貧しい庶民にとっては、一番供給量が多い麻織物でさえ高価なのだ。その証拠に、継ぎ当てしながらボロボロになるまで使っている。


「待てよ。単純に人件費だけで考えると、綿織物が一番安く作れるのではないか?」

「いえ、肝心の綿が高いのでございます」

 この時代、綿の栽培が始まったばかりで、綿も貴重品なのだ。


「ならば、イスルギ郷の荒れ地を綿花の栽培地とする。綿織物を特産品にするのだ」

 イスルギ郷の荒れ地は面積だけは広く、手間の掛からない綿花栽培なら最適だと思われた。


「キザエ郷の鉄生産はどうだ?」

「やっと、コークスを使っての製鉄が成功し安定して鉄を作れるようになりました。御蔭で鉄製品の出来高が三倍になっております」


 但し、質は元の製法で作った鉄の方が良いようだ。これからも研究を続けないとダメだろう。

「殿、一つおかしな事があります」

「何だ?」


「アビコ郡から、ミザフ郡へ来る者が増えているようなのです」

「ん、アビコ郡に問題が有るのか?」

「そうではありません。ミザフ郡が景気がいいと知って、農家の次男や三男が出稼ぎに来て、住み着いているようです」


 ミザフ郡は俺が様々な産業を立ち上げたので、人手不足になるほど景気が良くなっている。その様子がアビコ郡まで伝わったのだろう。

「まずいな。ホウショウ家が苦情を言ってくるだろうか」


「いえ、苦情はないと思います。苦情が出るとすれば、一家揃ってミザフ郡に引っ越してくるような事態になった時でしょう」


 アビコ郡から次男や三男が出稼ぎに出る事は、昔からあった事のようだ。ただ、出稼ぎ先はアダタラ州などの大きな町が普通だったらしい。


「ホウショウ家から、苦情が来ないというなら問題ない」

「ですが、瑠湖督様は心良く思わないはず」


「そうかも知れぬ。だが、俺は住み良い領地にしているだけだ。住民が俺の領地へ来るのが嫌なら、自分の領地を住み良い場所にすればいい」


「殿、それを瑠湖督様に言ったら、怒り狂いますぞ」

 俺は肩を竦めた。

「分かっている。本人に言うものか。それより、住む場所は有るのか?」


「殿がプレハブ工法と名付けたやり方で、長屋を建てております。当座はそれで我慢してもらうしかありません」

 ミザフ郡で始めたプレハブ長屋だが、後に周囲の地方に広まった。ただ名前が『カイドウ長屋』と変わって広まったために、俺は不本意だと思う事になる。


 稲刈りの時期が来た。作業している農民たちの顔には笑顔がある。豊作を喜んでいるのだ。俺は各郷から集まった報告を纏めた数字を確認した。


「予想以上に、人口の増え方が早い。なぜだ?」

 調べてみると、ナセ郡とアガ郡の住民がカイドウ家の支配地に移動しているらしい。原因はすぐに判明した。ナセ郡とアガ郡の郡監に就任した二人が、農民に課す年貢と商人に課す運上金の比率を上げたのだ。


「馬鹿な事を、住民にとって戦は災害だ。その災害に遭った住民に重い税を課すなど、愚か者の極みだな」

 御蔭で余計な心配が増えてしまった。これは先に手を打たねばならない。


 俺は評議衆を集め評議を開いた。

「殿、何が起きたのでございますか?」

 イサカ城代が尋ねた。


「ミザフ郡に、他領地の住民が移動して来ている事は知っていると思う」

 評議衆が頷いた。

「コベラ郡の各代官からの報告で、ナセ郡やアガ郡の住民もこちらに来ている事が分かった」


 評議衆の顔が引き締まった。

 住民の減少は、そこを管理している郡監にとって重大な問題だ。気付いたら、何らかの対策を取ろうとするはずだ。そして、自分たちの不手際だと思われぬように工作するだろう。


 まず考えられるのは、カイドウ家が住民を引き抜いているとカラサワ家の当主に報告する事である。一番簡単で責任を取らずに済むやり方だった。


「それは……まずいですな。そんな報告が大路守様に届けば、難癖なんくせを付けられるかもしれませんぞ」

 イサカ城代の言葉に皆が同意する。


 豪族・大名などの統治者は、自分の支配地から領民が逃げ出す事を嫌う。統治に不満が有り、他に逃げ出したと思うからだ。そして、逃げ出した先を治める統治者が、領民を引き込んだのではないかと邪推する。

 カラサワ家のヨシモトは、邪推しそうな男なのだ。


「オキタ家と縁を結んだ事で、カイドウ家は目を付けられております」

 モロス家老が嫌な事を思い出させた。

「そこで、早めに手を打っておきたい。俺はハシマへ行こうと思っているのだが、どう思う?」


 クガヌマが反対した。

「殿が行かずとも、誰か名代の者が行けばいいのでは」

「いや、大路守様は扱いが難しい方らしい。ここは、俺が行って先手を打つべきだろう」


 細かい打ち合わせをして、俺がハシマへ行く事になった。同行するのは、トウゴウと護衛兵十人だけである。

 出発する朝、フタバが真剣な顔で告げた。

「ミナヅキ様、必ず御無事でお帰りください」


 フタバの真剣な顔を見て、俺は愛されているのだな、と幸せな気分になった。

「約束する」


 俺たちはトガシに向かい、そこから船でアダタラ州のナガハマに移動した。ナガハマからハシマへ進み、ハシマ城へ向かう。


 ハシマ城の門番に用件を伝えると、奥へ走っていった。しばらくしてから、俺は城の中に案内される。城の二階にある部屋に案内され、そこで待つように言われた。


「殿、大路守様は会ってくださるでしょうか?」

「俺は十二万三千石の大名だぞ。大路守様であっても無視する事はできないはずだ」


 三時間ほど経過した頃、ヨシモトの側用人そばようにんであるフルタ・ヨシチカが呼びに来た。フルタに案内されて、ヨシモトの仕事部屋へ行く。


 初めて入ったヨシモトの仕事部屋は、変わった部屋だった。窓際に大きな机が有り、ヨシモトは机に向かって仕事をしているらしい。


 ヨシモトは大陸製らしい椅子に座って、俺たちの方を見ていた。

「忙しい中、お会いしていただき、ありがとうございます」

「構わぬ。それで何があったのだ?」


 俺はナセ郡とアガ郡から領民が逃げ出し、一部がカイドウ家が支配するコベラ郡へ来ていると訴えた。

「カラサワ家の領民でございますので、無下にする事もできず、困っております」

 ヨシモトが眉をひそめた。


「領民が逃げておると……そんな馬鹿な。何かの間違いではないのか?」

「話を聞くと、ナセ郡とアガ郡に就任した郡監殿が、税を上げたからだそうでございます。天駆教徒により、ナセ郡とアガ郡の民は、困窮しておりました。そこに増税では……」


「フルタ、ナセ郡とアガ郡の郡監は誰だ?」

「オトベ様とクリサワ様でございます」

「税の事、お前はどう思う?」

「郡内の混乱が収まるまでは、税を安くして領民に心を配るべきだったと、愚考するものであります」


「ふむ、こちらに不手際があったようだ。月城督殿、迷惑を掛けた。……フルタ、二つの郡に大目付を派遣しろ」

「畏まりました」


 大目付は、高位の武将や郡監を調べ監督する権限を持っていた。

 ふうっ、これでハシマに来た役目を果たせた。俺が安堵していると、ヨシモトの視線が俺に向けられた。


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