第12話 謎キノコとお味噌汁(3)

 私は黒兎と向かい合っていた。いや、見つめ合っていた。私も黒兎も正座である。膝がぶつかるほどの距離。


「…………」


 私は無言。黒兎も口に食べ物が入っているせいで無言。


 黒兎の口の中には、ナメコとねばねばが混ざり合った悪夢のような世界が広がっている。それをこれからで私が食べるという話になっているそうな。


 何かを決意したかのように、黒兎が頷く。しかし私は首を横に振った。


「……?」


 黒兎が首を傾げる。私も首を傾げる。


「…………」


 何かを悟ったかのように黒兎が睨む。私は「さて、お風呂に入りますか」と独り言を言いつつ、立ち上がった。


「むー!」


 黒兎が怒った。私は慌てて彼女の口を手で塞ぐ。


「落ち着いてください、ウサギさん。そもそもですよ? どうして口移しなら食べるだなんて話を本気にしたんですか? 無理ですよね? そのまま味噌汁で食べる方が簡単に決まってるじゃないですか? だいたい咀嚼済みって、言い方悪いですけど消化中のものですよね? それを食べさせようとするなんてウサギさんはどういう性癖の持ち主なんですか? 変態? 変態ウサギ?」


 一拍おいて。


 黒兎はごっくんとナメコ汁を。それから私の手を振りほどく。


 ここで嫌な予感がしないのであれば、生物としての生存本能が欠如しているであろう。一刻も早く逃げるのが吉である。


「さて、お風呂に……」


「ええお風呂に入るのは自由よ、夏奈なつな。あたしもお味噌汁持って追いかけます」


「追いかけてきて……どうするのですか?」


「湯船にぶちまけた上で、あたしも入浴します。そしてあなたはお湯に浮かぶナメコをすべて食べ終わるまでお風呂から出ることができません。なお手の使用は禁止することといたします」


「美少女のエキスが染み出したお風呂でゆらゆらと漂うナメコを口だけを使って吸い出すとか、もの凄いエロポテンシャルを秘めていそうで実際は何もないアホ行為ですよね」


「むしろ一人でやった方が楽しそうだね。やってみる?」


「やるかボケ」


「ああん?」


 言い方が良くなかった。黒兎のやつ完全にキレてやがる。


 私は咳払いして、言い直す。


「そのような行為は致しかねます、ボケ」


「さあお風呂に行きましょう夏奈ちゃん。お味噌汁持って」


「あ、聞こえなかったですかね……。もう一度言いますね。やらないですよ、ボケ」


「聞こえとるわ、ボケ」


「じゃあ味噌汁を風呂場を持って行こうとするな」


「あなたが怒らせるからでしょ。あたしは我慢の限界を三度は超えた」


「怒りが人を強くする。頑張れ、黒兎!」


 その一言により、彼女はの限界を超えたらしい。黒兎は、味噌汁を手に取ると、それを私の頭に


「なんて酷いことを……」


「知らないよ。ここまで怒らせた夏奈が悪い」


 私は顔にかかったナメコ汁に恐る恐る手で触れる。


 どろどろである。ねばねばである。


「ウサギにねばねばの汁をぶっかけられた。なんて酷いことを……」


「だから知らないって。ここまで怒らせた夏奈が……待って。言い方は気をつけよう」


「私は何一つ間違ったことは言っていません。ウサギにねばねばの汁を顔射されました」


「だから言い方に悪意を感じるって! でもまあ……知らないよ。夏奈が悪いんだし」


「さて、警察に連絡しますかね。ウサギと名乗る女性が噴射したねばねばの液体により全身を汚されたと伝えますね」


「噴射してないし! あと警察はやめて……。住所不定無職の変質者として報道されちゃう」


「仕方ないですよね。だって、『知らないよ。だって夏奈が悪いんだし』」


「あたしが悪かったです。やり過ぎました」


 黒兎が頭を下げる。私は落ちたナメコを一つ拾うと、その頭に乗せた。


「ナメコを拾います。手伝ってくださいね、黒兎」

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