第9話 五目ちらしと謎キノコ
私はテーブルの前に座らされていたが、黒兎の許可を得て、小皿を台所から持ってきた。
何に使うのかを聞かれたが、私は答えない。
「それではいただきます」
「ええどうぞ」
私は早速、箸でキノコらしきものを掴んで小皿に避ける作業を始めた。
「…………」
ものすごく冷たい視線を感じる。だが雑念があっては集中できない。私は心を無にして、ひたすらキノコを取り除く作業を続ける。
一本分のキノコが入っているわけである。いかな細かく切ろうとも、この五目ちらしの大部分はキノコなのである。
この料理はキノコちらしと呼んだ方が正しいだろう。
そんなものは食べられない。確かに他の具材もたくさん入っていて、キノコを意識させない配慮を感じる。しかし無理なものは無理だ。
小皿にキノコが積み上がってゆく。やがてそれは山のようになる。
「えい」
「あ!」
これは所謂、『振り出しに戻る』。
しかしこの程度の障害に屈する私ではない。再び作業に戻ると、小皿にキノコを積み上げ始める。
そろそろ山になるというところで、また黒兎が小皿をひっくり返した。
「…………」
屈しない。また一つ一つキノコを小皿に避ける作業をやり直す。やがて小皿にはこんもりとキノコが積み上がる。
それを黒兎がひっくり返す。
そして二人同時に叫んだ。
「お前は賽の河原で石を積む子供か!?」
「お前は賽の河原で石を壊す鬼か!?」
耳たぶを掴まれる。私は黒兎の髪を掴んだ。
耳たぶを引っ張られる。私は髪を引っ張る。
「は、や、く、た、べ、な、さ、い!」
「お、こ、と、わ、り、し、ま、す!」
ぎゅうううううう……。
「うぐぐ……」
耳が千切れそうだ。しかしそれならば髪を引き抜いてやる。
ん?
でも待てよ。
耳=二つしかない、再生しない。
髪=たくさんある、再生する。
しまった! 負ける!
「どうするの? 早く負けを認めないと耳取れちゃうよ?」
「負けは認めませんが時間の無駄なので止めることにします」
私は彼女の髪を放す。彼女は私の耳を放す。
すぐに私は席を立った。彼女は私の腕をがっちりと掴む。
「この期に及んでまだ逃げるつもりなのね」
「え、いや。ちょっとラジオ体操を第二までやろうと思いまして」
「分かった。その後、ちゃんと食べるのよ」
了解されてしまった。
「あ、やっぱりラジオ体操第九までやろうかな……」
「そんなに
私は黒兎の表情を見て、もうこれ以上の抵抗は不可能と判断した。進むもキノコ、退くもキノコ。まさに地獄である。
私は座り直すと、キノコをちょいちょいと避けながら五目ちらしを食べ始めた。
「ごはんと一緒に食べた方がマシだと思うけど」
その通りでございます。でも生半可な覚悟でそれはできない。
私はエネルギーを摂取するためだけに生きる昆虫になることにした。感情を捨て、キノコを口に含める。
なにも感じない。これで良いのだ。
そのまま食べ進める。
***
「わあ、全部食べてくれた! ありがとう!」
そして食べ終えると、美少女が満面の笑みで祝福してくれた。ぎゅっと抱き締められる。でも私は感情のない昆虫なので、なにも感じない。
「キノコ死ねキノコ死ねキノコ死ねキノコ死ねキノコ死ねキノコ死ねキノコ死ね」
虫っぽく鳴いてみた。キノコシネムシの誕生である。黒兎はそんな私の様子を気にしてないのか、まだぎゅっと抱き締めたままである。
「良かった。これであなたは助かるの。乖離性拡大性群生寄生キノコは治るの。本当に良かった……。これであたしは安心して次の現場に行ける」
そうか、これで任務完了なのか。本来なら感慨深いところだが、私は感情がないのでキノコ死ねとしか言えない。
そしてキノコが生えていたはずの壁を見る。そこにはあの立派なキノコの姿はない。
代わりに小さなキノコがたくさん生えているだけである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます