第3話 謎美少女と五目ちらし(1)

 夏過ぎし頃、まだ残暑は厳しい。夜とて、クーラー無しでは寝苦しい。そんな時期である。


 部屋には私と美少女(とキノコ)。私は手足を布で縛られ猿轡さるぐつわを噛ませられ、仰向けで横たわっていた。


 その私に馬乗りになっている美少女。


「はあはあはあ……」


 私を押さえつけるのに疲れたせいなのか、それともこのシチュエーションに興奮しているせいなのかは分からないが、美少女の呼吸は荒い。


「やっと大人しくなったね。これでゆっくりお話ができる」


 それは良かったですね、と心の中で相槌を打つ。


「ようやく落ち着いたことだし、とりあえず自己紹介しましょうか。あ、あなたの名前は把握しています。香月カナさん……だよね」


「ふぁふふぁ」


 私の名前は夏奈なつなだ。訂正したいが喋れない。


「あたしの名前は黒兎くろうさぎ。字は分かると思うけど、色の黒に動物の兎ね。ウサギって呼んでね、よろしく」


 って呼んでやろう。


「さて、あたしがここに来た目的だけど。これはお願いだから信じて欲しい。この壁に生えたキノコを駆除するためにやってきたの」


 駆除してくれるのはありがたい。


 でもさっき私に食べさせようとしたよね?


「このキノコはね、とても厄介なの。何が厄介かって、宿主の人間を起点にして、空間を侵略していくという特性ね」


 意味が分からない。私が首を横に振ると、黒兎はちょっと思案顔になって、説明を続けた。


「先にこっちの話をした方が良さそうね。このキノコ、。もう一回言うね? 信じないと思うけどもう一回言うね? 放っておくと世界が滅びるの」


 私は首を横に振った。でも美少女はと笑うだけ。


「だからね、あたしみたいなアドバイザーが派遣されたの。このキノコを監視するための組織からね。実はもういろんな世界を転々としているし、滅びた世界もたくさん見てる。魔法が使えるの見たよね? あたしの生まれた世界には魔法があったの。滅びちゃったけど」


 私はろくに話も聞かず、首をぶんぶん横に振っていた。猿轡を外してくれ。言いたいことがいろいろある。


「で、このキノコね。まず残念ながら、あなたを宿主にしています。そしてあなたを中心に世界をキノコで埋め尽くそうとします。最初はこの部屋、次にこの街、それからこの国、やがては世界中。ある程度広がると、人そのものからもキノコが生えてきます。キノコ人間が大量発生します。もちろんあなたもキノコ人間になっちゃいます」


 誰がそんな話を信じるかー!


 と、心の中で叫んだ……が。


 あれ、待てよ?


 そういえばキノコが侵略者だなんて、分かり切っている事実ではないか。


 椎茸を筆頭に、シメジ、舞茸、ナメコ、その他多数のキノコたち。食卓から人体に侵入を試みる、まさに侵略者。


 私はこれまでずっとキノコと戦ってきた。黒兎の話も対キノコ戦線が新たな局面に突入したと解釈すれば、辻褄が合う。


 信じるべきか?


 魔法は本物みたいだし。


 でも、いくらなんでも世界が滅びるなんて荒唐無稽だよね……。


「こんなこと突然言われても信じられないよね……。でもあたしはこの侵略キノコを滅ぼすためなら何でもします。あたしの故郷みたいに、キノコまみれになって滅びるのは……もう見たくない」


 泣きそうで泣かない、陰のある表情。百合属性のない私でもどきっとするほど美しい。


 この子を泣かせてはいけない。


 これまでの話と、彼女の真剣な眼差しと、キノコという根源的な悪。もう信じるに足る根拠は十分だ。


 よし信じよう。私はゆっくり首を縦に振り、理解をアピールした。早く猿轡を外してくれ。


「あ、もしかして信じてくれましたか? 今の話、実は半分くらい嘘です。てへ」


 は?

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