《追章》その34:母乳泥棒
それは拠点の中が大分賑やかになってきたある日のこと。
「た、大変です、聖女さま!?」
出先から戻ってきたあたしを豚がけたたましく出迎えたのが始まりだった。
「何よ? そんなに慌てて」
当然、訝しげに眉根を寄せるあたしに、豚はきょろきょろと周囲を警戒した後、耳打ちするようにこう言ってきた。
「そ、それがなんでも〝母乳泥棒〟なる不届き者が現れたそうなのです……っ」
「……」
それを聞いたあたしは二、三度目をぱちくりさせた後、軽蔑の眼差しを豚に向けて言った。
「あんた、ついに一線を越えたわね?」
「いや、私じゃないですよ!? だ、大体私がそのようなことをするように見えますか!?」
その問いに、あたしは即答した。
「ええ。だってあんた大勢の人の中でおならをした時、真っ先に〝誰だおならをしたやつは!?〟って騒ぐタイプでしょ?」
「酷い偏見!?」
がーんっ、とショックを受ける豚に、あたしは一応嘆息しながら問いかける。
「まあでもあんたが犯人ならわざわざバラすような真似をするのはおかしいし、疑惑しかないけど信じてあげるわ。で、誰の母乳が盗まれたのよ? アルカディア? それともマグメル?」
「いえ、それが皆さま被害に遭われているようでして……。気づけばお子さま方が全員お腹いっぱいにされていたそうなのです」
……うん?
「え、どゆこと? 母乳を盗った代わりに何かおもゆでもあげてたってこと?」
「いえ、何者かが勝手に母乳をあげていたようで、皆さまお乳が張って大変らしいのです」
「???」
え、この豚何言ってんの?
「つまり保管しておいた母乳を誰かが勝手にあげてたってことよね?」
「え、そうなのですか!?」
「いや、あんたがそう言ったんでしょ!?」
「えっ?」
「えっ?」
一拍の後。
「「えっ?」」
◇
ちょっと本気で意味がわからなかったので詳しく話を聞いてみれば、なんでも少し目を離した隙に勝手に母乳をあげている〝母乳(の時間)泥棒〟が出没していたらしい。
なんで〝の時間〟の部分を略したのか小一時間くらい問い詰めたいところなのだが、そんな無駄なことでお腹の子にストレスを与えたくはないので今回はスルーしてやろうと思う。
大いに感謝しなさいよね、まったく。
「てか、勝手に母乳をあげてるんでしょ? そんなのもう犯人わかりきったようなものじゃない」
「や、やはりマグメルさまですか!? 何やらさらにお胸が大きくなられたご様子ですし!?」
「いや、なんでそんな興奮してんのよ……。っていうか、顔近いんだけど!?」
鼻息荒くずいっと顔を寄せてくる豚を両手で押し戻し、あたしは言った。
「違うわよ。大体いくらお胸が張ったからって母親の許可も取らずに母乳をあげたりなんてしないでしょ? そしてそんな非常識なことができるのはただ一人……というか、〝一柱〟しかいないでしょうが」
そう肩を竦めるあたしに、豚が「ま、まさか……っ!?」と驚愕の表情で言った。
「テラ、さま……っ!?」
「……あんた、乳のでかさだけで物事決めるのやめた方がいいわよ?」
呆れたように半眼を向けた後、あたしは嘆息して言った。
「フィーニスさまに決まってるでしょ……。あの人、イグザの赤ちゃん全部自分の子だと思ってるんだから……」
たぶんこれから生まれてくるあたしの子も「可愛い子……。私の可愛い子……」って感じで絶対お乳あげるだろうし。
いや、別にお乳あげるのは構わないんだけど、せめて一言断ってからにしてもらえないかしら……。
まあ言っても絶対聞かないでしょうけど……、とあたしが再び嘆息していると、豚が神妙な面持ちでこう問うてきたのだった。
「あの、私もちょっと大きな赤ちゃんということにはならないでしょうか……?」
「そうね、ならないようにここで始末しておくことがあたしの役目なのかもしれないわね」
「ひえっ!?」
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