《追章》その25:とある聖者同士の出会い
それは今よりずっと昔のお話。
――ずずんっ!
「……あー、つまんねえ……」
今し方仕留めた大型竜種になど目もくれず、その男――〝拳〟の聖者シャンガルラは気怠そうに踵を返す。
シャンガルラは毎日が退屈で堪らなかった。
《皇拳》のレアスキルを得たというのもさることながら、人狼種の中でも類い希な戦闘センスを持っていた彼にとって、目に映る者全てが弱者にすぎなかったからだ。
それが血の気の多い人狼種であればなおのこと、全力を出す前にほとんどの相手が死ぬか降伏するため、満足に戦うことすら出来ない苛立ちに日々苛まれていたのである。
だから里を抜け出し、こうして大型竜種が出没するという場所までわざわざ足を運んではみたものの、動きがとろすぎてあくびが出る始末だ。
これからもこんなクソみたいな日々が続くと思うと反吐が出る――そう唾を吐き捨て、里へと戻ろうとしていた時のことだ。
「――お前がシャンガルラだな?」
「!」
突如襲いきた威圧感に、シャンガルラは驚きと、そして高揚感を覚えていた。
あのシャンガルラが反射的に距離を取ったほどだ。
恐らくは相当の手練れ。
間違いなく今まで出会った中で最強の相手だろう。
そしてこの気配は――。
「クックックッ、いいねえ。同じ〝聖者〟とやるのははじめてだぜ」
「そうか。では存分に力を振るうがいい。そのためにわざわざこの刻限を選んでやったのだからな」
そう言って月明かりのもと姿を現したのは、厳かな顔つきの男だった。
額から二本の角を生やし、右手に握るのはどこか禍々しさを感じさせる太刀。
――鬼人種。
かつて人間たちの大虐殺により絶滅したとも言われている種族だ。
「はっ、そいつは随分と舐めてくれるじゃねえか、鬼人種。月下の人狼を……いや、この俺を相手にただで済むとでも思ってんのか? ああ?」
「済むかどうかはお前の実力次第だ。いいから全力でかかってこい。でなければ俺がお前を殺す」
淡々とそう告げ、構えを取った男に、シャンガルラはククッと笑み交じりに吼えた。
「上等だ、クソ角野郎ッ! あとで吠え面かくんじゃねえぞッ!」
べきばきっ! と身体を一回り以上肥大化させ、シャンガルラの容貌が完全な獣人へと変異する。
一部の亜人種のみに許された戦闘形態――〝獣化〟だ。
この形態になった亜人種の戦闘力は通常の数倍にも膨れ上がるはずなのだが、
――ざんっ!
「ぐがあっ!?」
それをこの男は生身で斬り伏せた。
〝拳〟の聖者であり、月の加護のもと獣化まで使ったシャンガルラを一撃で行動不能に陥らせたのである。
一体何故……っ!? と状況の理解出来ないシャンガルラに、男は刀身にこびりついた血をさっと振り落とし、赤く染まった自身の頬に手を添えて言った。
「ふむ、さすがと言ったところか。もう半歩踏み込んでいたなら首を持っていかれたことだろう。噂に違わぬ実力だ」
「てめえ、何しやがった……っ!?」
血溜まりの中、未だ起き上がれずにいたシャンガルラが歯噛みしながらそう問うと、男は相変わらず淡々と彼を見下ろして告げた。
「お前の疑問は至極当然のものだ。本来であれば月下の人狼――しかも獣化形態に抗うなど、同じ獣化形態であったとしても不可能に近いだろう。ゆえにその答えは一つだ」
ざんっ、と男が自身の太刀を地面に突き立てる。
太刀は先ほどよりもより禍々しさを増しており、男の手から放れても黒いオーラに包まれ続けていた。
「――〝神器〟。創世神の片割れ――女神フィーニスより賜った神の武具だ」
「神の武具、だと……っ!?」
「ああ、そうだ。聖具と対をなす我ら亜人種のための武装。だがその力は聖具など比べものにならぬほど強大だ。無論、聖具と対をなす以上、《皇拳》を持つお前の神器も存在している」
「俺の、神器……」
「確かお前は今の世が退屈で仕方なかったのだったな? ならば俺とともに来い。お前に力と、そしてそれを存分に活かせる環境を与えてやる」
「……だからてめえに従えってか?」
「必要な時だけ力を貸せばあとは好きにして構わん。ただしここで頷かないのであればお前に待っているのは〝死〟だ」
「けっ、どのみち拒否権はねえじゃねえか……っ」
苛立たしげに舌打ちするシャンガルラだったが、やがて彼は「……一つだけ条件がある」と男にこう告げた。
「今すぐその神器だかを俺に渡せ。そしてもう一度俺と戦え。このままじゃ納得がいかねえ」
男は即答した。
「いいだろう。神器の力を使えばその程度の傷など瞬く間に治るからな。だが神器を纏ったお前と戦うのは少々骨の折れる作業だ。こちらも一切手加減は出来ぬ。よいな?」
「はっ、当然だ。ぶっ殺してやるから覚悟しやがれ、鬼人種」
「――〝エリュシオン〟だ。よく覚えておけ、シャンガルラ」
その後、周囲の地形が変わるほどの殺し合いが朝方まで続くことになるのだが、それはまた別のお話である。
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