《追章》その14:禁忌の秘薬2


 というわけで、不本意ながらも豚を救出することになったあたしは、ナザリィとともに行動を開始していた。


 とはいえ、豚の現状を把握しないことにはどうにもならないので、まずは彼が幽閉中だという牢屋へと赴くことに。


 あたしが聖女ということもあってか、面会許可は結構簡単に下りたのだが、やはり里の禁忌を犯した罪は重いらしく、思った以上に牢の警備は厳重だった。


 と。



「せ、聖女さま~!?」



 ――がしゃんっ。



 あたしの姿を確認するや、豚が泣きながら鉄格子に縋りついてくる。


 心なしかやつれたようにも見えるが、まあこんな環境に身を置かされているのだ。


 それも当然だろう。



「まったく、あんたが捕まったって聞いてびっくりしたわ。なんかちょっと痩せたみたいだけど、ちゃんとご飯は食べてるの?」



「……はい。ですがここで出されるお食事はバランスのみを考えたカロリー控えめなものばかりでして……。恐らくは成人男性が一日に必要な栄養素くらいの量しかないのではないかと……」



 いや、なら十分じゃない。


 めちゃくちゃ健康に気を遣われてるでしょうが。


 むしろあんたが食べ過ぎなのよ。



「というか、逆にこのデブはしばらくここにぶち込んでおいた方が健康体になるんじゃないかのう」



 げっそりしている様子の豚に、ナザリィがそう半眼を向ける。


 うん、正直あたしもそう思うわ。


 だが当然、豚としては堪ったものではなかったらしく、「そ、そんな殺生なぁ~!?」と涙ながらに訴えかけてくる。



「せ、聖女さま~!?」



「と、とにかくあれよ。なんとかあんたが出られるよう長老さんたちを説得してみるから、もうちょっとだけそこで我慢していてちょうだい」



「うぅ、ご迷惑をおかけします……」



「別に気にしなくていいわ。じゃああたしたちは戻るから」



「はい……」



 うるうると瞳を潤ませる豚に背を向け、あたしたちは一度工房へと戻ることにしたのだった。



      ◇



 そうして諸々の準備を整え、あたしたちは里の集会場へと赴く。


 そこには長老さんを含め、数人のドワーフたちの姿があった。


 なのであたしはナザリィとともに一礼し、招集に応じてくれたお礼を告げる。



「この度はお忙しい中お集まりいただき、本当にありがとうございました」



「いえ、構いませぬ。あなたさま方には我らも恩義がありますゆえ。して、そこにいるナザリィより伺いましたが、なんでもパングを免罪してほしいとのこと。相違はありませぬか?」



 言わずもがな、〝パング〟とは豚の本名である。


 長老さんの問いに、あたしは聖女ムーブを全開にして「はい」と頷き、そして事前に打ち合わせていたとおりの芝居を打つ。



「確かに彼がしたことは里の禁忌に触れる行いだったと思います。ですがそれは豚……パング殿より秘薬の存在を聞いた私の指示によるものだったのです」



『――っ!?』



 どういうことかと驚きの表情で固まる長老さんたちに、あたしは厳かな口調で続ける。



「どんな女性も強制的に催淫状態にしてしまう禁忌の秘薬――そのようなものが存在してよいはずがありません。ゆえに私はパング殿にその旨を伝え、渋る彼を説き伏せた後、秘薬を一瓶持ち出すよう告げました。何故なら聖女であるこの身であれば、催淫状態にならずとも件の秘薬を浄化することが出来るからです」



「な、なんとそんなことが……っ!?」



「ええ、事実です」



 こくり、と神妙に頷くあたし。


 まあ実際はマグメルもびっくりのドスケベ女に大変身だったんだけどね……。


 あたしの人生史上最悪の黒歴史だわ……。



「そして私はパング殿の前でそれを証明し、聖者エリュシオンとの戦いが終わった後、残りの秘薬も全て浄化することを約束しました。ゆえに罰するのであれば、聖女にもかかわらずそのような身勝手な振る舞いをした私をまずは罰してください。その上でパング殿にはどうか寛大な措置をお願いいたします」



 そう深く頭を下げるあたしに、長老さんは「そうでしたか……」と小さな息を吐いて告げる。



「どうか頭をお上げください、エルマさま。確かにパングは禁忌を犯しましたが、元はと言えば、あのようなものを作り出してしまった我々の責。ゆえにそれを御身で浄化しようとなさってくださったあなたさまをどうして罰することが出来ましょうか」



「長老さま……」



「――わかりました。パングに関しては即時釈放することにしましょう。それで構いませぬな?」



「はい、ありがとうございます」



 再び深く頭を下げつつ、あたしは内心ぐっと拳を握る。

 

 さっすがあたし!


 久々の聖女ムーブだったけれど、まさに完璧とも言える演技だったわ。


 これで豚も解放されるし、あとはイグザにでも頼んで残りの秘薬をなんとかしてもらえば万事解決ね。


 と、そう思っていたあたしだったのだが、



「ところで、疑うわけではないのですが、一応我らも里を預かる者としてその奇跡の御業を是非拝見させていただけたらと思いまして」



「……えっ?」



 長老さんの言葉にぱちくりと両目を瞬くあたし。


 え、ちょっと待って。


 それって今ここでド淫乱媚薬を飲めってこと?


 は、はあああああああああああああああああああああっ!?


 そ、そんなの聞いてないんですけどおおおおおおおおおおおっ!?


 ばっと助けを乞うようにナザリィを見やるも、



「……」



 ――すっ。



「~~っ!?」



 無言で視線を逸らされ、堪らず卒倒しそうになるあたしなのであった。


 ど、どどどどうすんのよこれええええええええええっ!?


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