179 再会のダークエルフ


「はあ、はあ……。これは予想外でありんしたなぁ……」



 強がって余裕の笑みを浮かべてはいるが、誰がどう見ても今のリュウグウは満身創痍であった。


 恐らくは限界が近いのだろう。


 立とうとするも膝に力が入らないのか、何度も雪の大地に片膝を突き、先ほどからずっと肩で息をし続けていた。



「だから言った。わたしはあなたに勝てると」



 そんな彼女の前で無傷のまま佇むのは、もちろんティルナである。


 フェニックスシールを通じたイグザの《身代わり》により、カウンター主体のリュウグウを完封することに成功したのだ。


 ただその分イグザへの負担が大きいことだけが常に気がかりだったため、ティルナとしても早く終わらせたいと考えていた。



「まさかぬしらの主さんにそんな力があろうとは……。完全にわっちの見当違いでありんす……」



「ならもう諦めて。これ以上、イグザに負担をかけたくないから」



 ――ばちばちっ!



 そう言って、ティルナが雷を纏わせた右拳を腰まで引く。


 せめて苦しまないよう一撃で眠らせてあげようしたのだが、



「――ティルナ! 上よ!」



「――っ!?」




「グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」



 ――どばああああああああああああんっ!



 突如上空より飛来……いや、落下してきた胴長の飛竜種と思しき魔物が、そのままリュウグウをばくりと丸呑みにする。


 そして唖然としていたティルナたちに向けてこう告げてきたのだった。



「ごめんねー。まだ彼女を殺させるわけにはいかないんだー」



「その声は、パティ……!?」



「そだよー。ってのんびりお喋りしてる時間はないんだった! じゃあまたねー!」



 ――ぼふんっ!



「ぐっ!?」



 雪煙を上げながら再び急上昇していく飛竜種――パティの姿を、ティルナたちは呆然と見送ることしか出来なかったのだった。



      ◇



 その頃。



「……ふう」



 ぱちぱちと消し炭になったキテージの残骸を見やりながら、俺は小さく嘆息する。


 あまりにも多く殺しすぎたせいか、最後の方はもう自我すら保っていなかったが、まあ元々壊れているようなやつだったからな。


 お似合いの最期ってやつだろうさ。



「さて」



 そうしてやつの残骸が風にさらわれていく中、俺は背後の森を振り返って言った。



「そろそろ出てきたらどうだ? カナン」



 と。



「……やっぱり気づいていたんですね」



 俺の呼びかけに応じるように、木陰から褐色肌の男性が姿を現した。


 元〝弓〟の聖者にしてダークエルフのカナンだ。


 一時は黒人形化して里を襲ったりもしたのだが、どうやら今は里のために働いているらしい。



「いつから僕がここに潜んでいると分かったんです?」



「ザナたちを逃がした辺りからだな」



「つまり最初からじゃないですか……」



 はあ……、と肩を落とすカナンに、俺は言う。



「まあでも賢明な判断だったと思うよ。正直、邪魔が入って欲しくはなかったからな」



「でしょうね。自分でも本当に出ていかなくてよかったと心底安堵しています。また強くなられたんじゃないですか? 僕と戦った時よりも凄い気迫でしたし」



「まあ、そりゃな。あいつは絶対にやっちゃいけないことをやった。なら気迫だっていつもの五割増しくらいにはなるさ」



「いや、五割って……。〝五倍〟の間違いでしょう……」



 そう半眼を向けてくるカナンに、俺はふっと口元に笑みを浮かべる。


 すると、カナンが「それで」とこちらに向けて歩を進めながら言った。



「これはエリュシオンさんの差し金ですか? 僕はちょうど森の反対側を見張っていたので、そこら辺の事情を詳しくは知らないのですが」



「ああ、たぶんな。今のあいつは創世の神の力を得た上、人間どころか守ろうとしていた亜人種ですら滅ぼそうとしている。魔物からより強力な〝魔族〟を生み出してな」



「なるほど。つまりさっきの道化師はその〝魔族〟であると。確かに恐ろしい相手でした。まああなたにとっては大したことなかったかもしれませんが……。ともあれ、どうやら事態は思ったよりも深刻なようですね」



「ああ。だから今まで迫害されてきた君にこんなことを頼むのは正直心苦しいんだけど、出来ればその〝弓〟の聖者の力で、この里の皆を守ってあげて欲しい。頼めるかな?」



 俺がそう問いかけると、カナンは小さく嘆息した後、キテージを灰にした場所を親指で差して言った。



「あれを見せられたあとで断れると思います?」



「ははっ、それもそうだな。なら頼むよ」



「まあ、あなたたちのおかげであれから僕への見方も少しですが変わってきましたからね。こんな中途半端なところで終わらされるのは、正直僕としても気持ち悪いですし、協力しますよ」



 そう肩を竦めるカナンに、俺は「ああ、ありがとう」と再び表情を和らげたのだった。

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