《聖女パーティー》エルマ視点52:パパじゃないわよ!? ぶっ飛ばされたいの!?


 ほかの聖女たちが危機的状況に陥っている最中、そんなことをまったく知らないあたしもまた現在進行形で危機に瀕していた。


 というのも、



「……ママ?」



「……えっ?」



 いや、あたしママじゃないんですけどー!?


 がーんっ、とすこぶるショックを受けるあたし。


 そう、突如現れた見知らぬ少女にママ呼ばわりされていたのだ。


 年の頃は6歳前後くらいだろうか。


 黒を基調とした衣服に身を包み、うさぎのようなぬいぐるみを抱えている可愛らしい少女である。


 問題は何故そんな少女があたしのことをママ呼ばわりしているのかだが、言わずもがなあたしにそんな覚えはまったくと言っていいほどない。


 イグザや豚があたしの寝込みを襲っていれば可能性の一つもあったかもしれないが、そもそも途中でバレる上、年齢的にも合わないしね。


 ならば一体この子は誰の子なのか。


 まあこんなところにいる以上、普通にミノタウロスの子なんだろうけど、それにしたってあたしをママと間違えるなんてねぇ……。


 もしかしてあたしのお胸、ここに来て急成長を遂げちゃったんじゃないの?


 そう期待を込めて自身の胸元を見下ろすも、そのまま胸元を通り越して足元が真っ先に目に入ってきた。



「……」



 この子、ミノタウロスじゃないわ!?


 侵入者よ、侵入者!? とあたしが一人やけくそになっていると、豚が「せ、聖女さま……がふっ」と覚束ない足どりで顔をぱんぱんに腫らしながら姿を現した。


 どうやら件のマダムの旦那さんにボコボコにされたらしい。


 そりゃおっぱいに飛び込まん勢いで向かっていったしね。


 ミンチにされなかっただけよかったんじゃないの?



「って、いいところに来たわ、豚!? 見てよ、この子!?」



「……はい?」



 どうよと言わんばかりに例の少女に視線を落とすと、彼女はあたしの服の裾をぎゅっと掴みながら「ママ……」と身を隠していた。


 と。


 しゅるしゅるしゅるしゅるぱんっ、と豚の顔から腫れが引き、元の顔へと戻る。


 一体どういう原理なのかとあたしがどん引きしていると、豚は地に片膝を突き、ふっと微笑んで言った。



「――パパですよ」



 ――ばしんっ!



「あぶうっ!?」



「いきなり何言ってんのよ、あんた!? 冗談は顔だけにしときなさいよね!?」



「ず、ずびばぜん……」



 びくんびくんっ、と豚が瀕死のまま謝罪する中、あたしはふんっと鼻息荒く事情を説明する。


 すると、豚が顔に真っ赤なビンタ痕を残したまま、不思議そうに腕を組んで言った。



「しかしおかしな話ですな。母親と見間違うにしても、聖女さまはどう見てもこの里の者ではないように思われるのですが……」



 ――ちらりっ。



「それは種族的な話よね? 断じてお胸の話じゃないわよね?」



 かっと両目を見開いて問うあたしに、豚は「も、もちろんです……」と声を上擦らせながら、まるで操り人形のような動作でカクカクと頷く。


 よし、あとでミンチにするわ、とあたしが内心決意を固めていると、



「――ふむ、ここにいたのだな」



「「!」」



 ふと里の様子を見て回っていたイグニフェルさまが、あたしたちの前にふわりと姿を現した。



「イグニフェルさまー!」



 当然、最近見境のなくなっていた豚がその豊満なお胸に甘えようとするが、



 ――がしっ!



「へぶっ!?」



 すんでのところで顔面を鷲掴みにされていた。


 さすがはイグニフェルさまである。


 豚の巨体が片手で宙に浮いているではないか。



「すまぬな、ドワーフの子よ。この身はすでに我が夫のもの。ゆえにあの者以外に触れさせるわけにはいかぬのだ」



「そ、そうでございましたね……」



 ぎりぎりと豚を締め上げていたイグニフェルさまだったが、彼女はふとあたしの方を向いてこう告げてきた。



「ところで、何故そなたは〝魔の者〟を連れている? それは我らの敵であろう?」



「えっ?」



 魔の者って……。


 こ、この子〝魔族〟だったのー!?


 驚愕の事実にずんむりと両目が飛び出しそうになるあたしだったのだが、



「……ママ?」



 いや、だからママじゃないんですけどー!?


 それよりもその魔族のママになっていることの方がショックで堪らなかったのだった。

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