167 黄泉返り


「ぬがーっ!」



 ――ずばんっ!



「うわあっ!?」



『……えっ?』



 突如弾き飛ばされたパティの姿に、俺たちは揃って目をぱちくりと瞬く。


 てっきりやられたものだとばかり思っていたのが、どうやらエルマは無事だったらしい。


 確かに咄嗟に発動させた《身代わり》のスキルでも、俺へのダメージは感知されなかったからな。


 恐らくは直前で何かしらの防御をしたのだろうが、一体どうやってあの一撃を防いだのだろうか。


 見た感じ、パティの手刀ががっつりと手首くらいまで突き刺さっていたように思えるんだけど……。



「ふむ、聖女どももなかなかやるようだな。恐らくは即座に胸筋を固めたことで致命傷を避けたのだろう。もちろん乳房による衝撃の緩和も一つの要因であろうが、激痛に苛まれつつよく反応出来たものだ」



「まあな。それが〝聖女〟ってもんだ」



 と、どや顔で言い放ちはしたものの……ごめん、それたぶん大いなる見当違いだわ……。


 だってあの子、衝撃が緩和出来るほどお胸ないですし……、と俺は一人驚愕の事実に気づいて卒倒しそうになる。


 そうなのである。


 エルマの体躯から考えて、あれだけ手刀が深々と突き刺さっていれば、むしろ背中に貫通していない方がおかしいのである。


 にもかかわらず、パティの手刀はエルマの〝胸元〟で止まっていた。


 何故それを不自然に思わなかったのかという感じだが、たぶん〝エルマがやられた〟という事実の方が衝撃的すぎて、彼女が一瞬巨乳になっていたことに気づかなかったのだろう。


 事実、俺たちはおろか、パティやヨミのやつも全然気づいていないみたいだしな。


 ならばまあエルマの名誉のためにも、ここは鍛え上げられた胸筋説で押し通そうと思う。



「むがーっ!」



 向こうで若干自棄になってるエルマも、恐らくは今そんな気持ちだろうし。



「さて、そろそろ我らも始めるとしようか、救世主」



「そうだな。言っておくが、俺はそこそこやる男だぞ」



 ともあれ、俺は長剣を顕現させ、抜剣術の構えをとる。


 しかしヨミはなんの構えもとらず、両手をポケットに突っ込んだまま言った。



「ああ、知っているとも。我らの主がこの世で唯一〝敵〟と認識する者――それがお前だからな」



「その割には随分と余裕そうじゃないか。そんな状態で俺の一撃が防げるとでも思うのか?」



「どうだろうな? 試してみろ」



 そう淡々と告げてくるヨミに、「そうかい」と俺は現状最速の抜剣術をお見舞いする。



「グランドレイ――ゼロ」



 ――がきんっ!



「がっ!?」



 俺の放った光の抜剣術が周囲の木々ごとヨミを真っ二つに分断する。


 分断されたヨミの身体は血飛沫を上げながらどちゃりとその場に崩れ落ちたのだが、



「!」



 即座に周囲の〝汚れ〟がそれを取り囲み、ずずずとやつの身体を再生させていった。



「やっぱり何か裏があるとは思ってたけど、あんたも不死身だってのか?」



「いや……。俺は不死身……ではない……」



 べきごき、と身体を軋ませながらヨミが元の姿を取り戻す。


 そしてやつは相変わらず無表情のまま言った。



「俺はただこの世に〝汚れ〟が存在する限り、受けた傷を糧としてより強靱に再生するだけだ」



「つまりほぼ不死身じゃねえか……。しかも受けたダメージが強ければ強いほどあんたも強くなると?」



「ああ、そうだ。ゆえに今の一撃はとてもよかった。恐らくは俺が今まで受けた中で最高の一撃だろう。感謝するぞ、救世主。これで俺はまた一つ高みへと近づくことが出来た」



「そりゃよかったな」



 肩を竦めながら言う俺の言葉に、「ほう?」とヨミは意外そうに首を傾げる。



「思ったよりも冷静だな。今のやり取りで俺が倒せないことは伝わったはずだが?」



「そうだな。この世に〝汚れ〟が存在する以上、あんたを倒すことは出来ない。しかも攻撃を加えれば加えるほど強くなり、いずれ俺たちを超える。そしてあんたを倒すには〝汚れ〟のもと――つまりは人間と亜人が絶滅するしかない。つまりは〝詰み〟だ」



「ああ、そうだとも。それが分かっていながら、何故そこまで冷静でいられる? お前たちの敗北は俺が造り出された時点ですでに決まっていたのだぞ?」



 そうヨミに問われた俺は、「そんなの決まってんだろ?」と鼻で笑いながら返したのだった。



「そんなあんたを――俺たちは倒すことが出来るからだよ」

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