130 〝盾〟の陥落
それは突然のことだった。
「――ふふ、見~つけた……♪」
「――はわっ!?」
「「「「「「「「――っ!?」」」」」」」」
今まさに宿を出ようとした瞬間、聞き覚えのある女性の声とともにポルコさんが悲鳴を上げたのだ。
「あ、あの、お胸が背中に当たっているのですが!?」
いや、悲鳴なのかどうかは少々怪しいところなのだが、とにかくフィーニスさまがポルコさんの首元に背後から両腕を回していたのだ。
一体いつの間に現れたのか。
俺たちが唖然と佇む中、フィーニスさまはポルコさんの顔をそのしなやかな指で撫でつつ、耳元で囁くように言った。
「あなた、〝盾〟の聖者ね……?」
「は、はひ!? そ、そうです!?」
何故かぞくぞくしている様子のポルコさんに、当然エルマが声を荒らげる。
「ちょっと豚!? 何普通にバラしちゃってんのよ!?」
「――はっ!?」
そこで正気に戻ったらしいポルコさんだったが、再びフィーニスさまに頬を撫でられると、「あひいっ!?」とM男感を全開に悶えていた。
「「「「「「「「……」」」」」」」」
もうあの人のことは諦めた方がよいのではないか――その場にいた全員がたぶんそう思っていた。
「ふふ、素直な子は好きよ……? だからあなたに〝ご褒美〟をあげる……」
「ご、ご褒美!?」
ポルコさんの鼻息がとっても荒くなる。
めちゃくちゃ期待しているところに申し訳ないんだけど、たぶんそのご褒美はポルコさんの考えているようなご褒美じゃないと思う。
――ずずず。
「……うん? ――ひいっ!? な、なんですかこれは!?」
ポルコさんの身体に黒いもやが絡みついていく。
でしょうねという感じだが、やはりフィーニスさまはポルコさんを黒人形化させるつもりらしい。
出来ればそうなる前に助けてあげたかったのだが、フィーニスさまが直々に力を行使している以上、下手に手を出すわけにもいかず……。
「はい、可愛いお人形の出来上がり……♪」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ポルコさんは為す術なく〝盾〟の黒人形にされてしまったのだった。
◇
ずがんっ! と宿の壁を破壊しながら襲いかかってきたポルコさんの攻撃を避けつつ、俺たちはそれぞれ臨戦態勢をとる。
ポルコさん……いや、〝盾〟の聖者を黒人形化出来たことで、フィーニスさまも満足したらしく、彼女は「じゃあいっぱい遊んであげてね……」と言い残して俺たちの前から姿を消していった。
ずっと捜していた〝盾〟の聖者を手に入れた割には、随分とあっさり引き下がった気がするのだが……果たして俺の気のせいだろうか。
いまいち彼女が何を考えているのかが分からない。
でもなんだろう。
何かを〝急いでいる〟気がする。
何を急いでいるのかは皆目見当もつかないのだが。
「「「「「はあっ!」」」」」
――どがんっ!
「グゲエエエエエエエエエエエエエエエエッ!?」
「……」
まあそれはそれとして、皆容赦なくない……?
ポルコさんが防御特化の聖者じゃなかったら普通に死んでる気がするんだけど……。
「あら、もしかして私の《スペリオルアームズ》は必要ない感じかしら?」
「あの、その前にポルコさんは大丈夫なのでしょうか……?」
最中、攻撃に加わっていなかった二人がそう尋ねてくる。
あのタコ殴り具合を見た感じ、大丈夫かと言われるとちょっと小首を傾げたくなるのだが、彼は腐っても〝盾〟の聖者である。
――がきんっ!
「「「「「ぐっ!?」」」」」
ゆえに本気で防御を固めたポルコさんの盾を砕くことは出来ず、女子たちの攻撃が一斉に弾かれる。
五枚の盾に覆われ、まるで殻にでも閉じこもったかのようにも見えるその姿は、どこかアダマンティアを彷彿とさせていた。
さすがは〝盾〟の聖者と言ったところだろうか。
神器も加わったことで、まさに鉄壁の防御力を誇っていた。
これを崩すには、同じ《宝盾》の力を持つシヴァさんの《スペリオルアームズ》で中和させるしかないだろう。
「シヴァさん」
「ええ、それしかないようね」
彼女も俺と同じ結論に達したらしく、《スペリオルアームズ》を発動させるべく近づいてくる。
と、その時だ。
「……グ、ギギ……ッ。オ、前……オ前……ッ」
「「「「「「「「――っ!?」」」」」」」」
ふいにポルコさんが俺を指差しながら言葉を発し始めたではないか。
まさかこの状況でも理性が残っているのだろうか。
もしそうなら彼が自身を抑えてくれているうちに浄化してあげたい。
そう思い、俺はポルコさんの言葉に耳を傾けていたのだが、
「オ前……嫁イッパイ……ズルイ……。一人……俺ニ……ヨコセ……」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
えっと、これは理性、なのだろうか……。
むしろ本能なのではと首を傾げつつも、女子たちがどん引きしていることだけは確かなのであった。
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