127 竜の夫婦
「お、落ち着け、ラマ!? 俺は今死にかけてるんだぞ!?」
「だからなんだと言うのだ!? 愛する妻を放って里を飛び出したかと思えば、〝汚れ〟に取り込まれてその妻ごと同胞を襲うなどと……っ! 恥を知れ、この馬鹿者っ!」
――ばちんっ!
「あぶうっ!?」
「「「……」」」
再度強烈なビンタがアガルタの頬に振り下ろされ、俺たちは堪らず顔を顰める。
話を聞く限り、どうやらあの女性はアガルタの奥さんらしい。
しかもその様相と傷の具合を見るに、恐らくは彼女が〝白銀の飛竜〟であろう。
まさか女性だったとは思わなかった。
そうとは知らず、思いっきり顔面をランスで何度もぶん殴ってしまったわけだが……あとで謝っておいた方がいいのだろうか……。
俺が一人そんなことを考えていると、件の女性がこちらを振り向いて言った。
ちなみに、アガルタは彼女のビンタがよほど効いたらしく、ぴくぴくと素で死にかけていた。
「我らを止めてくれたのはお前たちだな? ――礼を言う。私は竜人族白竜種のラマ。この馬鹿者の妻……いや、〝元〟妻だ」
「何!? 俺は別れたつもりはないぞ!?」
あ、復活した。
「黙れ、この恥さらしがっ! 私が一体どんな気持ちで貴様を待っていたと思っている!?」
「い、いや、しかし俺はお前のために亜人だけの世界をだな……」
「そんなことを望んだ覚えは一度もない! 私はただ貴様に側にいて欲しかっただけだ! だが貴様はいなかった! ゆえに離婚だ!」
「そ、そんな……」
さあっと顔から血の気が引くアガルタに、ラマさんは「ふんっ」と腕を組みながらそっぽを向く。
一応左肩に重傷を負っているはずなのだが、さっきも普通に胸ぐらを掴んだりしていたので、たぶん怒りで痛みを忘れているのだろう。
最中、シヴァさんが「気をつけなさい」と俺にこう忠告してきた。
「たとえ強い絆で結ばれていたとしても、扱いがぞんざいだとああいうことになりかねないから」
「き、肝に銘じておきます……」
俺は顔を引き攣らせつつ、そう頷いたのだった。
◇
その後、アガルタ夫妻(元)を含めた竜人たち全員に範囲治癒を施し、俺たちは竜人の里をあとにした。
ラマさんには〝礼がしたい〟と言われたのだが、アガルタの処遇やらなんやらで里も忙しいだろうし、俺たちもまだ〝斧〟の聖者――ボレイオスの浄化が残っていたからな。
申し訳ないとは思いつつも、丁重にお断りして里を発ったというわけだ。
「しかしあれだな。聖者の中にも結婚してるやつとかいるんだな」
エストナへの帰還中、俺はふと疑問に思ったことを口にする。
ポルコさんは言わずもがな、淫魔のヘスペリオスには結婚なんて概念はないだろうし、シャンガルラやカナンも独身っぽかったからな。
というより、〝人類滅亡〟なんて大それた野望を掲げている以上、万が一の際に大切な人が人質にされないよう、そういうのは作らないものだと勝手に思い込んでいたのだが。
エリュシオンとかそういうタイプだろうし。
「まあ救世主サイドである我々も、こうして一夫多妻のような感じになっているのだ。別段おかしなことでもあるまい」
「そうだな。とはいっても、俺たちの場合は少々事情が特殊だし、結婚……というか、フェニックスシールがなければ乗り越えられなかった場面もあるからな」
へスペリオス戦とか、今だったら《スペリオルアームズ》もそうだ。
「ふむ。ならばやはり我らはなるべくして
ふふっと不敵に笑うアルカに、シヴァさんも「そうね」と同意していたのだが、
「ならそろそろ対フィーニス戦用に、〝七人目の聖女〟についてもきちんと考えないといけないわね」
「七人目の聖女……? あっ……」
そこで俺は気づく。
未だにフェニックスシールを持たない聖女が一人いたことを。
そう、〝剣〟の聖女――エルマである。
ポルコさんのせいですっかり忘れていたが、彼女に壁ドンするとかしないとかいう話が出ていたのだ。
いや、でもエルマだしなぁ……。
どうしたものかと頭を悩ませていた俺だったが、ダメもとで二人にこう提案してみることにした。
「なあ、同じ聖女ということならここはもうアイリスに――」
「「……」」
――じとーっ。
「お任せは、出来ないですよね……はい」
知ってた……、と俺は一人消沈していたのだった。
まあ許可されてもそれはそれで困るんだけどな……。
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